香港 分断を象徴する「壁」

香港 分断を象徴する「壁」
香港の街は去年6月以降、一変しました。街なかの店舗や大学など、至る所に「壁」が出現したのです。中国や香港政府、警察に対する一連の抗議活動が始まって7か月余り。催涙弾や火炎瓶が飛び交う激しい衝突は減りつつありますが、民主的な直接選挙の実現などを求め、抗議活動が続いています。街を歩くと、さまざまな「壁」が生まれ、社会の分断が進んでいる現実を目の当たりにしました。(広州支局記者 馬場健夫)

「先が見えない」ホテル経営者の嘆き

ショッピングモールやホテルが集まる、香港の代表的な観光地、尖沙咀(チムシャーツイ)。先月、華やかなクリスマスのイルミネーションで彩られましたが、行き交う観光客の姿は、まばらでした。

香港では、抗議活動の影響で中国本土や海外からの観光客が大幅に減少し、小売りや飲食業などの売り上げも落ち込んでいます。去年のGDPの伸び率は、10年ぶりにマイナス成長に転じる見通しです。

尖沙咀でホテルを経営する劉延銘さん(77)。例年、クリスマスや年末年始は、観光客でほぼ満室ですが、宿泊料を3分の1に下げても、部屋は2割しか埋まっていません。諦め気味に、こう話しました。
ホテル経営 劉延銘さん
「この40年余りで、いちばんひどい。香港などで、2003年に新型肺炎の『SARS』が流行した時も、観光客が減ったけれど、香港の社会は団結していた。しかし、今は社会が分断され、いつ平穏が戻るのか先が見えない」

社会現象になっている「黄色経済」

劉さんが懸念する社会の「分断」。象徴的だと感じたのが、若者を中心に人気になっているスマートフォンのアプリです。一見するとグルメアプリのようですが、地図上の企業や飲食店を、抗議活動を支持する店は「黄色」、政府や警察寄りとされる店は「青色」に色分けしています。
アプリを使って、黄色の店に分類された麺食堂を訪ねると、開店前から若者の列ができていました。デモ行進以外に、日常生活でも抗議の意志を示したいという人々が集まるのだといいます。取材中も、若い男性客が「香港を取り戻せ!(光復香港)」と抗議活動のスローガンを叫ぶと、居合わせたほかの客たちが「革命の時だ!(時代革命)」と応じる場面を目にしました。

店主の李志良さん(45)。もともとは政治に無関心でしたが、今は学生に食事を無料で提供したり、売上の一部を抗議活動に寄付したりしています。レシートには、「Fight for Freedom(自由のために戦う)」というスローガンが印字されていました。
麺食堂の店主 李志良さん
「警察は過剰な暴力を振るっています。流血や負傷者は見たくありません。店としてできることはないか、声を上げなければと思いました」
李さんの店は、アプリで黄色と紹介されたあと、訪れる客が8割増加。こうした動きは「黄色経済」と呼ばれて、社会現象になっています。

逆風にさらされる「青色」

一方、政府や警察を支持する「青色」とされた店は、逆風にさらされています。過激な行動に出たデモ隊と見られる若者に、破壊される被害が相次ぎました。

中国本土の資本に加え、外国のブランドでも、香港で店舗展開を行う地元企業が青色と見なされれば標的となり、日本の牛丼やすしチェーン、アメリカのコーヒーチェーンでも被害が出ました。
こうした店舗では、さらなる被害を防ごうと、木や鉄の板で作った「壁」で店を覆うところが相次ぎ、香港の町並みは一変しました。青色に色分けされた喫茶店を訪ねました。
店主の李凱瑚さん(51)。香港では、もともと、警察官が主人公となる映画が数多く作られるほど警察は人気があり、李さんも好感を抱いていました。生まれ育った香港で、これ以上混乱が広がるのは見たくないと、警察を支持しています。

しかし、アプリで青色とされてからは、訪れる客は、一時、激減。友人や常連客も離れていきました。嫌がらせの電話に加え、ネット上では「ゴキブリ」、「売国奴」といった誹謗中傷の書き込みも相次ぎました。李さんは、なぜこんな状態になってしまったのかと、自問自答しています。
喫茶店の店主 李凱瑚さん
「治安を守るのは警察だけなので、警察を支持します。ただ、ネット上の書き込みは攻撃的で、店が壊されるのではないかと思うと怖い。香港が元の状態に戻ってほしい」

危機にさらされる香港社会の寛容さ

急速に進む社会の分断には、抗議活動を支持する人からも、警鐘を鳴らす声が上がり始めています。異なる意見にも寛容であるべきだと呼びかける意見を、香港の新聞などに寄稿した有識者を訪ねました。
香港中文大学で公共政策が専門の、黄偉豪 准教授(49)。31年前、この大学の学生だった黄さんは、北京で起きた天安門事件を受けて、香港で中国政府への抗議集会に参加した経験があります。

今の若者たちの抗議活動についても、去年6月の開始直後から、一貫して支持しています。去年11月に学生たちが大学に立てこもった際には、警察が多くの催涙弾を発射するなか、学内にとどまり最後まで事態を見守りました。黄さんと焼け跡の残る学内を歩いていた際、案内されたのが、大きなコンクリートの「壁」です。
香港政府が、大学に通じる道を再び占拠されないように、設置したものだといいます。黄さんは政府や警察の対応こそが分断を生み出していると、批判しています。
香港中文大学 黄偉豪准教授
「まるで『新たなベルリンの壁』ができたようです。社会の混乱の責任を負うべきは、デモ隊ではなく、政府です。今後、学内でも政府や警察の影響力が強まり、学問や言論の自由が脅かされてしまうのではないかと心配しています」
その一方、黄さんは、一部の若者が、ときに排他的な手段に出ることに懸念を抱いていました。
「意見が違うからといって、店を壊したりすれば、香港の自由や民主的な価値観が損なわれてしまう。黄色経済は、寛容であるべきだ」

抗議活動と分断の行方は

香港では、抗議活動の前から、中国政府の政策に歩調を合わせる「親中派」と、これに批判的で、自由や民主主義を求める「民主派」などの間で、立場の違いがありました。

中国への警戒感が高まる中、いま、その違いは、社会の分断として深まっています。去年11月に民主派が圧勝した区議会議員選挙の際には、「親中派」と「民主派」、それぞれの候補者が、何者かに襲撃される事件も起きました。こうした分断が「壁」となり、社会の至るところに現れてきているように感じます。

中国政府が強硬な姿勢を示し、香港政府が市民の要求を受け入れない中、抗議活動に収束の兆しは見えません。議会にあたる立法会の議員選挙が、ことし9月に行われることも見据えて、さらに長期化することも予想されます。

香港の自由や民主主義を求めて続く抗議活動が、逆に香港社会の多様性や寛容さを損なう結果にならないことを願い、今後もその行方に注目したいと思います。
広州支局記者
馬場健夫
平成19年入局
秋田局、名古屋局を経て国際部
2017年7月から広州駐在