令和初の「歌会始」披露したのは誰?

令和初の「歌会始」披露したのは誰?
令和となって初めての新春恒例の「歌会始」が、16日皇居で行われました。「歌会始」では独特の節回しで入選した人や天皇皇后両陛下の歌などが披露されました。なぜこのように歌うのか、いったい誰が担っているのか、疑問に思い取材をはじめると、そこには伝統を引き継ぐ人たちの姿がありました。(報道局映像センター カメラマン 石山哲郎)

令和初の「歌会始」

令和となって初めての「歌会始」は16日、皇居・宮殿の「松の間」で行われ、入選した10人や天皇陛下や皇后陛下が詠まれた短歌などが披露されました。

歌会始の歴史は

そもそも「歌会始」はいつから始まったのか。歌会始にも参加し、その歴史に詳しい早稲田大学の園池公毅教授に聞きました。天皇陛下が主催する年の始めの歌会は「歌御会始」として(うたごかいはじめ)鎌倉時代中期の文献に残されていて、その歴史は750年を超え、大正時代には名称が『歌会始』と呼ばれるようになったということです。

伝統の所作と独特の節回し

「歌会始」では、松の間の中央に設置されたテーブルに7人が座っています。このメンバーが歌を読み上げたあとに独特の節回しを付けて歌います。なぜこのように歌うのでしょうか。

こうした一連の所作は「披講」(ひこう)と呼ばれています。「披講」には4つの役割があります。
1つが「読師(どくじ)」です。歌が書かれた和紙を広げる、いわば司会進行役でことばを発することはありません。

次に「講師(こうじ)」です。歌を声に出して読み上げます。

そして「発声(はっせい)」は「講師」が読み上げた和歌を伝統の節回しで歌い始めます。

和歌は「5・7・5・7・7」という5句で構成され「講頌(こうしょう)」が「発声」に続き2句目から合唱します。この一連の所作が「披講」です。
披講の作法は、現在、綾小路流と冷泉流の2つの流派が存在し、「歌会始」は綾小路流で行われています。

そして「節回し」には3通りあります。厳かに歌い上げる「甲調(こうちょう)」、細かく節を回し華やかに歌い上げる「乙調(おつちょう)」、甲調の音を高くした「上甲調(じょうこうちょう)」です。どの「節回し」で歌い上げるのかは歌ごとに事前に決められるということです。

「歌会始」では1度、歌を読み上げたあと節を付けて披露します。その理由について園池教授は、「披講」が新しく作られた和歌をその場で披露し、集まった人たちに「伝える」ことが最も大切だからだと指摘しました。
まず読み上げてその内容をしっかりと伝えたうえで、節を付けて鑑賞してもらうことができるという理由でした。

担うのは旧華族

では、こうした「披講」はどういった人たちが担っているのか。「読師」は毎年変わっていますが、「講師」「発声」「講頌」を担っているのが「披講会」というグループのメンバーです。メンバーは、近衛忠大さん(49)、坊城俊在さん(48)、櫛笥隆亮さん(44)など、23歳から69歳までの10人です。

近衛さんの曽祖父は総理大臣だった近衛文麿さんで、櫛笥さんの曾祖父は貴族院の議員だったなど、旧華族の子孫の人たちが参加していました。大正15年に「講習会」という形で発足し、その後、「披講会」という名前にかわって続いています。

どんな人たち?

披講会のメンバーの職業はさまざまです。会社員や大学教授、生け花の師範やクリエイティブディレクターなどそれぞれ仕事をしながら、毎月集まってその技術を磨いています。「披講会」には過去に家族から引き継いだり知人からの誘いで加わったりする人もいるということです。
メンバーのひとり櫛笥隆亮さん(44)です。26歳で当時の披講会の会長からの誘いで会に入り、歌会始には13年にわたって携わってきました。ふだんは外資系コンサルティング会社に勤めています。

櫛笥さんによりますと歌を披露する際には声を張り過ぎない一方で会場中に声が届くようにするために、口やのどで声を出すのではなく、「背中を震わせる」ことを意識して体全体で声を出す発声方法で歌うということです。
このため外資系の企業で働く櫛笥さんは、ふだんは英語で話すことも多いということですが声の出し方に気を付け、仕事のミーティングの時は日本語でも英語でもはっきりと丁寧に話すことを心がけているといいます。

そして、空き時間には和笛で吹いてもらった節回しの最初の音を録音し、その音を聞きながら会議室などで声を出す練習をしていました。

練習に潜入

去年から「披講会」のメンバーは「歌会始」に向けて練習を重ねていました。1月10日に都内のホールで行われた練習を取材することができました。メンバーたちは本番と同じような会場をつくり、練習にのぞみます。
取材をしていると話し合いが始まりました。内容は、歌を披露する際の発音について。ことしのお題は『望』で、歌には「希望」や「望遠鏡」といったことばが使われていました。このことばを歌い上げる際「きぼう」と歌うのか、「きぼお」と歌うのか話し合っていたのです。その理由を聞くと、どちらの発音がよいのかというものでした。

取材をしていても、その場でははっきりとした違いは分かりませんでしたが、櫛笥さんは「発音1つ、区切り1つで伝わる歌のイメージが大きく変わるのでみんなで納得いくまで話し合います」と説明していました。この日の練習は2時間近くに及びました。

令和初の歌会始「披講会」メンバーは

そして「歌会始」当日。モーニング姿の「披講会」のメンバーの姿がありました。次々に歌を披露。そして練習の際、話し合っていた歌の1つも披露しました。

その歌は「息を止め望遠鏡で本物の土星の環を見た夏の校庭」です。「息を止め」と歌ったあと、2句目は「望遠鏡」を「ぼうえんきょう」と「う」とはっきりと歌い、そして「校庭」は「こおてい」と歌い「お」と表現していました。お題が「望」だったため「前向きでよい方向に向かう」というイメージが伝わるように「望遠鏡」は「う」と歌っていました。

本番で披露された歌い方では、練習の時に聞いた時よりもはっきりと伝わったように感じました。
櫛笥さん
「今までと雰囲気が異なり、圧倒されそうでしたがほっとしました。新しい時代にさらに技を磨いて精進したいです」
今回の取材を通じて厳粛な雰囲気の中で行われる「歌会始」を支えるために多くの人たちが日頃から努力を続け、伝統を守る姿がありました。なかなか、わかりにくいと感じるところもありますが、歌や歌会に触れてみるよい機会になると感じました。
報道局 映像センター
カメラマン
石山哲郎
平成11年入局 宮崎局 和歌山局 松山局を経て報道局
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