“漂着木造船”に乗ってみた

“漂着木造船”に乗ってみた
海岸に打ち上げられた、1隻の木造船。中に乗り込むと、「朝鮮人民軍」とハングルで書かれていました。いったい誰が、何のために乗っていたんだろう。乗っていた人はどうなったんだろうか…。実は、知っているようで知らない“漂着木造船”。取材してみることにしました。(青森局記者 牧野大輝)

冬の風物詩!?漂着木造船

冬になると、日本海の沿岸には木造船の漂着が相次ぎます。海上保安庁によりますと去年(2019年)は全国で144件。去年までの5年間では484件にのぼっています。都道府県別にみてみると、最も多かったのは石川県の92件、新潟県の88件、青森県の85件。私が勤務する青森県は全国で3番目でした。

木造船はどこから?

木造船はいったいどこから来たのだろうか?そう思っていたある日、青森海上保安部から“漂着木造船”の広報文がFAXで送られてきました。いい機会だと思い、疑問をぶつけてみました。
さすが海保、口が固い。ほとんど手がかりが得られませんでした…。

現場に行ってみた

そこで、実際に現場に行ってみることにしました。訪ねたのは、津軽半島の付け根にあるつがる市。車を降り、海岸に向かって歩くこと30分。現場に到着すると打ち上げられた“漂着木造船”が見えました。
木造船という名前から小型の船を想像していましたが、実際はかなり大きく感じます。船は高さ1メートル70センチ、長さ14メートル、幅3メートル30センチありました。
近づいてみると、船首部分に白地に赤で「598-67321」と書かれた数字が見えます。船の識別番号でしょうか。船の側面は木の板がくぎで打ちつけられているだけで、非常に粗末な作りです。ほかに何か手がかりはないか船の周りを歩きますが、めぼしいものは見当たりません。
何とか船の中に入れないものだろうか。船を管理するつがる市に聞いてみるとー「安全に気をつけてもらえれば大丈夫です」なんと、あっさり許可が。念のため海上保安部にも問い合わせ、問題ないことを確認しました。

“漂着木造船”に入ってみた

デスクに報告し、安全に配慮したうえで木造船に入ってみることにしました。しかしなんといっても船の高さは1.7メートル。はしごも無く、身長1メートル67センチの私にはとうてい1人で乗り込むことはできません。そこで船の側面にしがみつき、同行していたカメラマンにおしりを押してもらって何とか乗り込むことができました。
甲板に降り立つと、ところどころに藻のようなものがこびりついていて、どこか不気味な感じがします。船のすぐ下には何度も波が打ち寄せ、ゴーという風の音が鳴り響きます。操だ室のようなものはなく、流れ着く間に風や波にさらわれたのか、目立ったものは見当たりません。一方、目線を下に向けると、数十センチ四方ほどの四角い穴がいくつか開いているのが目に入りました。
そのうち1つをのぞき込むと、なにやら発電機のような機械が置かれています。
目をこらすと中国語のような文字が書かれているのが見えました。
さらに船内を見渡すと、船首部分の左舷内側にハングルが書かれているのが目に入りました。早速、スマートフォンで撮影してハングルが分かるデスクに送信すると…。
「朝鮮人民軍第5133軍部隊と書かれている」との返答が!ほかに、管理者の名前も書かれているとのことでした。木造船には軍人が乗っていたのでしょうか…。
別の“漂着木造船”も取材してみると、船内からポップなデザインをした袋が見つかりました。袋にはハングルで「チョコレート」と書かれ、犬のような、熊のような動物のキャラクターがサッカーボールを蹴る姿が印刷されていました。
袋にはバーコードも表示されていて最初の3桁の数字は「867」と書かれています。確認すると北朝鮮を示す数字でした。この袋は、北朝鮮で販売されたチョコレートの包装のようでした。

専門家に聞いてみた

船内で見つけた手がかりを持って、専門家に見解を聞くことにしました。訪ねたのは、北朝鮮情勢に詳しい聖学院大学の宮本悟教授です。現場で撮影した写真を見せると-
宮本教授
「これは間違いなく北朝鮮から来ている船ですね。書かれているのは確かに軍の部隊名です」

記者
「誰が何のために乗っているんですか?」

宮本教授
「農繁期が終わって、冬場にすることのない農民たちが現金収入のために漁業に出ている可能性が高いです」

なぜ軍の船に農民が?北朝鮮では農民が軍人なの?頭が混乱するなか、さらに質問するとからくりを説明してくれました。

宮本教授
「北朝鮮の場合には自分で勝手に会社を作って漁業などの事業をしてはいけませんので、軍部隊でも国営企業でも場合によっては学校でもいいんです。そこの所属にしてもらって初めて事業をする許可が出ます。そのときに一定の金額または成果をその所属機関に支払います」
宮本教授によりますと、“漂着木造船”は、北朝鮮から流れ着いている可能性が高いということ。農繁期を終えた農民が、現金収入を得るために、木造船で漁に出ていること。その際、軍に所属することがあるということでした。

確かに、漁に不慣れな農民があの木造船に乗ってエンジンでも故障すれば、そのまま日本に流されてしまうのも分かる気がします。

乗っていた人はどうなった?

そこで1つの疑問が湧いてきました。「乗っていた人はどこにいってしまったのか?」“漂着木造船”には、人が乗っていることもあります。2017年には、北海道の松前町沖に人が乗ったまま木造船が流れ着きその後、無人島の小屋から家電製品などを盗んだとして警察に逮捕されました。
青森県でも去年(2019年)1月、流れ着いた木造船から男性2人が見つかり、北朝鮮に引き渡されました。しかし、このような例は極めてまれで、大半は無人です。
宮本教授に疑問をぶつけてみるとー
宮本教授
「漂流しているうちに波をかぶって海に投げ出されてしまうケースもあれば、近くで漁をしているほかの船に救助されるケースもあるとみられます」

流れ着いた遺体はどこに?

では、流れ着いた木造船から遺体で見つかった人たちはどうなっているのでしょうか。実は“漂着木造船”から遺体が見つかるケースはよくあります。先月(12月)27日にも、新潟県佐渡市の海岸に漂着した木造船の中から遺体が見つかりました。

海上保安庁に問い合わせたところ去年(2019年)までの3年間で、合わせて54人が遺体で見つかっているということです。
青森県でも2015年と2017年に、下北半島の最北端にある佐井村に漂着した木造船から、それぞれ4人が遺体で見つかっていました。この人たちについての情報を得ようと村に問い合わせてみると、官報に詳細が記載されていると回答がありました。
そこで官報を確認すると、8人は身元不明で遺体の引き取り手がない「行旅死亡人」として掲載されていました。

このうち、2015年の官報には、「ジャンパーのタグにDPR KOREA (北朝鮮)の表記あり」などの記載が。2017年の官報には「胸バッジ」という文字がありました。「胸バッジ」はいまも村に保管されているといいます。早速、訪ねて見せてもらいました。
バッジには、キム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長の祖父、キム・イルソン(金日成)主席がほほえむ顔がありました。官報には「村が火葬に付し、遺骨を保管しているので、心当たりのある方はお申し出ください」と書かれていました。村に確認すると、確かに無縁仏として遺骨を保管していたといいます。

このうち2015年の4人については、朝鮮総連=在日本朝鮮人総連合会から申し出があったため、日本赤十字社を通じて翌年に遺骨を引き渡したということです。北朝鮮側からそのような要望があったとは正直、意外でした。
一方、2017年の4人の遺骨は、いまも村内の寺にありました。住職の吉田眞一さんに話を聞くと年に1回、お盆の時期に村の職員などが寺に集まり、ほかの身元がわからない遺骨も含めて、皆でお経をあげていると言います。
吉田さんにお願いして、遺骨を安置している小屋に連れて行ってもらいました。一帯に積もった雪と同じ、真っ白な色をした小屋は、海を見渡せる小高い場所にありました。

「この海の先には北朝鮮があるのか」雪がしんしんと降る中、亡くなった人たちのことを思うと家族のもとに帰りたいだろうなと悲しい気持ちになりました。
いまや“漂着木造船”は大きなニュースになることはほとんどなく、当たり前のものとして受け止めている自分がいました。しかし今回の取材を通じて、木造船について知らないことがいろいろと見え、さまざまな人たちが関わっている実態が分かりました。起きている現象に慣れるのではなく、丹念に現場を取材してその背後にあるものに迫っていきたいと、改めて思いました。
青森放送局 記者
牧野 大輝
平成25年入局
前橋局・八戸支局などを経て
現在は事件取材を担当