“ニッチ”な政策が大統領を決める

“ニッチ”な政策が大統領を決める
“再選ファースト”のトランプ大統領が、ある問題をめぐり右往左往する姿を見せました。

それは経済でもなく、国境沿いの「壁」でもなく、大きな争点の隙間にあるような細かい、つまり“ニッチ”な政策、「電子タバコの規制」です。
なぜなのか…。その背景を探ってみました。(ワシントン支局記者 栗原岳史)

「手遅れになる前になんとかして!」

きっかけは、このメラニア夫人のひとことでした。

去年9月。トランプ大統領は、13歳の息子が電子タバコに興味を持ち始めたことを心配したメラニア夫人の意向を受けて、若者に特に人気の高い電子タバコの販売を禁止する方針を打ち出しました。

電子たばこが原因と疑われる健康被害が相次いで報告されていたこともあり、年頃の子を持つ親を中心に歓迎されました。

骨抜きの規制

しかし、トランプ大統領はこの直後に方針を撤回。

もっとじっくりと国民の声を聞きたいと、11月には「若者への健康被害が深刻だ」と主張する規制の賛成派と、「規制をすれば、違法商品がまん延する。雇用も失われる」とする反対派の双方をホワイトハウスに招いて意見を聞きました。
そして、ことし1月。
トランプ政権は、電子たばこのうち、フルーツなどの香り付きのカートリッジの販売を禁止する措置を発表しました。

ただ、メンソールなどのカートリッジは、引き続きコンビニエンスストアで購入できるほか、利用者が成分を加える充填(じゅうてん)式の商品は規制の対象にしませんでした。このため、医学界などは「骨抜きの規制だ」と厳しく批判しています。

大統領の誤算

トランプ大統領は、なぜいったん打ち出した方針を見直したのか。

電子たばこの規制を厳しくすることで、11月の大統領選挙で、電子たばこの愛好家がトランプ離れしてしまうのではないか、そう判断したためです。

民間の世論調査会社が去年9月に行った調査によりますと、「1週間以内に電子たばこを利用した」と回答した18歳以上のアメリカ人は8%にのぼっています。
一方で、前回の大統領選挙で、民主党のクリントン候補との票差が10ポイント以内だった17の州で、電子たばこ愛好家を対象にした別の世論調査では、83%の有権者が「電子たばこへの規制をめぐる立ち位置」の一点のみで投票先を判断すると回答しています。

いわゆる“シングルイシュー投票者”だというのです。

共和党の選挙戦略に大きな影響力を持つアメリカの保守系ロビー団体ATR=全米税制改革協議会は、こうした電子たばこの規制をめぐる政策のゆくえは、特に接戦州では選挙の勝敗を決める決定打になりかねないと分析します。
前回の大統領選挙で、トランプ大統領はミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアの3州を制したことで勝利しました。その3州での票差は、いずれも1ポイント以内の僅差です。

そうした中、もし「電子たばこの規制」という、大きな争点の隙間にあるような細かい、ニッチな政策をめぐる“シングルイシュー投票者”が、少しでも投票行動を変えれば、3つの州の選挙結果、ひいてはアメリカ全体の選挙結果をも変えてしまう可能性があるのです。

接戦の地で

去年12月18日。
折しもアメリカ議会下院が、アメリカ史上3人目の大統領としてトランプ氏を弾劾訴追したその日、トランプ大統領は、ことしの選挙でもっとも重視している州の1つミシガン州で支持者向けの集会を開いていました。

この集会には、電子たばこの規制反対派が集まると聞き、私も州南部の街、バトルクリークを訪ねました。
会場の外は氷点下10度。滴る鼻水も凍る寒さで、“WE VAPE WE VOTE”(=電子たばこのために投票する)という看板を掲げて抗議をする人たちの姿がありました。
その1人、州内で電子たばこの販売店を営むマーク・スリスさん。
自身を電子たばこの規制をめぐるシングルイシュー投票者だと主張します。
マーク・スリスさん
「電子たばこのおかげで、紙巻きたばこをやめられた人が周りに何人もいる。トランプ大統領は前回の選挙で1万人余りの差でミシガンを取った。でも電子たばこの愛好家は州内に何十万人もいる。私たちを甘く見ないほうがいい」
前回の選挙ではトランプ氏に投票したものの、大統領の電子たばこをめぐる対応次第では、民主党候補に投票することも検討していると話していました。

ニッチな政策がカギ

ところで、シングルイシューでの投票は、決して新しい投票行動ではありません。アメリカには人工妊娠中絶や銃規制の是非など、“古典”とも言えるシングルイシューがいくつかあります。

しかし、そうした以前からある社会問題は、アメリカ社会で議論が尽くされ、共和党・民主党の双方ともに政党の立ち位置が定まっていて、候補者の訴え方で、支持政党を替えるには難しい状況になっています。

関心を持っている人が国民の数%で、国論を2分するような問題でもない「電子たばこの規制の是非」がアメリカ大統領選挙の結果をも左右しかねないこの状況について、ATRのポール・ブレア氏はこう指摘します。
ポール・ブレア氏
「アメリカ社会で政治的分断が進んだ結果、ニッチな政策課題の重要性が増している。5000~1万票で勝敗が決まる接戦州では、勝敗のカギにすらなっている」
ブレア氏は電子たばこのほかにも、学校に行かず家庭で教育を行う「ホームスクール支援」の是非や、個人事業主なのか従業員なのかの扱いが難しいスマホの配車サービスなど、インターネットを通じて仕事を請け負う「ギグ・ワーカー」への規制などもシングルイシューになりうると話しました。

社会が分断され、双方がきっ抗した状態で固定化されていった結果、この数年で社会で顕在化したニッチなシングルイシューの存在感と重要性が増しています。

そして、場合によっては、選挙でのキャスティング・ボートにもなりえるのです。

民主主義の皮肉

アメリカの大統領選挙は、50の州で獲得した得票数をそのまま足し上げた、いわゆる人気投票ではなく、基本的に、各州で得票数が多かった候補者が、その州に割り当てられた「選挙人」を争奪していく方式です。

このため、一部の接戦州でのニッチなシングルイシューが全米の大統領選挙の結果を左右しかねないということは、アメリカ民主主義の皮肉としか言いようがありません。

これはアメリカが直面する分断社会の行く末なのかーー。

伝統あるアメリカ大統領選挙の仕組み、ひいては民主主義の在り方自体にも一石を投じる議論になるかもしれません。
ワシントン支局記者
栗原岳史