宝塚の衝撃! 倍率400倍

宝塚の衝撃! 倍率400倍
「宝塚で400倍」ーー
競馬の宝塚記念ではない。
宝塚歌劇団の入試倍率でもない。
市役所の職員採用の倍率だ。
全国に先駆けて、「就職氷河期世代」に限定した正規職員の採用を始めた兵庫県宝塚市。

何のために? どんな人が?

「ゆとり世代」の私が担当を命じられ、4か月にわたる採用活動の舞台裏を追った。(神戸放送局記者 藤江莉沙)

“400倍”を突破したのは

1月6日。全国各地で仕事始めが行われる中、宝塚市では、4人の「新入職員」が肩を並べた。
年齢は40歳から45歳。全員「就職氷河期世代」だ。仕事を転々とし、苦労も多かった4人は、400倍の倍率を突破し、正規職員として新たな人生のスタートを切った。

41歳の「新入職員」吉川朋さんは、こう抱負を述べた。
「これまで非正規で働くことが多く、長く勤めた経験もなかったので定年まで働ける場所ができてうれしいです。市民が前向きに、笑顔になれるような仕事をしていきたい」

取材を始めてから半年余り。私が、受験者として、そして内定者として出会った時よりも、表情には落ち着きと自信が感じられた。

「濁った川」を泳ぐ1816人

「就職氷河期世代の採用をやろうと思ってるからね」
宝塚市の中川智子市長が廊下で私の腕を引き、ささやいたのは6月。

「氷河期?マンモス?」
最初はまったくピンとこなかった。

記者としてはなんとも恥ずかしい話だが、ゆとり世代の私は、“先輩世代”にあたる就職氷河期世代についてほとんど知らなかった。

インターネットで調べてみると、「就職氷河期=30代半ばから40代半ばの就職難を経験した世代の総称。“ロスジェネ”」

中川市長は会見で、採用に乗り出した理由をこう説明した。
「氷河期世代の人たちは、努力しても採用枠がとても少なかった。その後、どんどん正社員になる道が遠のいた。最初から“濁った川”を泳がされ、前が見えず苦労しながら生きてきた。いまも不安定な雇用状況の中でもがき苦しんでいる」
市長の思いはよく分かった。でも自治体で採用出来る人数は限られている。宝塚市の募集は当初“3人程度”だった。いったいどんな人が応募するのだろう。
募集が締め切られた8月30日の午後5時半。申込者数は1816人に膨れ上がっていた。
市役所の人事課の担当課長は「最後の数日で一気に届いたんです!」と驚きを隠さなかった。
期日ぎりぎりまでエントリーシートとにらみ合う、「氷河期世代」の人たちの真剣な顔が思い浮かんだ。
さらに興奮を隠さなかったのは上司のデスクだ。
「徹底的に取材しろ!できるだけたくさんの声を拾え!」
氷河期世代と向き合う日々が始まった。

100社以上応募したのに

9月の筆記試験には、北海道から沖縄まで全国から受験者が殺到。
1次試験に集まったのは、およそ1600人。応募者総数のおよそ9割に迫った。欠席者の少なさも今回の採用の特徴だ。
想定外の応募者数に、市は急遽1次試験の会場を10か所に増やした。
最も大きい関西学院大学の会場には、およそ600人の受験者が駆け付けた。
出入り口付近に陣取り、受験者を片っ端から捕まえて話を聞くことにした。
「100社以上応募したが、面接にもたどり着けなかった」
「内定をもらえず、非正規の職を転々とした」

ダメだったけど希望もらった

1次試験の会場で出会った吉田洋子さんは、41歳。
とにかく明るく、人なつっこい性格のようだ。少し早口で冗談を交えながら答えてくれた。
大学時代、200に応募したが内定をもらえなかった。

でも諦めなかった。
スキルアップのためにカナダに留学し、ビジネスを学ぶことを決意。
期待を胸に帰国したが、日本では就職氷河期が続いていて、「正規職員」になることはできなかった。
吉田さんは、非正規として旅行代理店など実務経験を積んだ。
「非正規はいつ切られるかわからないから必死でした。指示された以上に仕事をしていた気がします。“頑張らなければ終わり”という気持ちがあった」

現在、70代の父親と弟との3人暮らし。買い物と食事の支度は主に吉田さんがこなす。将来への不安は消えない。
今の生活を脱したいともがいていた時に、宝塚市の採用試験を知った。
結局、吉田さんは高倍率に阻まれ、1次試験を通過できなかった。

それでも吉田さんは、前を向いている様子だった。
「非正規から抜け出せないのは、自分だけじゃないと言うことが分かった。自分を責めることをやめて、前向きに『頑張ろう』と思えるようになった」

就職難だった学生時代を「あなたの責任ではない」と認めてくれた宝塚市。吉田さんの笑顔から、それだけで多くの人が勇気づけられ、前向きになれることを知った気がした。

苦労した経験が“強み”に

10月の2次試験、面接に進んだのはわずか180人。10人に1人に絞られた。
スーツを着た受験者たちは早足で、心なしか、表情も引き締まって見えた。

ここでは、6人1組で取り組むグループワークが行われ、一風変わった課題が与えられた。
「与えられた予算内で色紙や割り箸を購入して、安全な橋を作ってください」

行政の事業に見立てて、「コミュニケーション能力」、「合意形成能力」を見る。宝塚市独自の試験だという。

その様子を真剣なまなざしで採点するのが、試験官を務める職員たち。
新卒の学生とは違い、様々な職場経験や複雑な生活背景を背負う受験者を評価するのは至難の業だ。

試験官たちが驚いたことがあるという。
それは「座っていない人が多い」ということ。
立ち上がって身を乗り出し、まるで本物の橋を作るような真剣さで議論する。
「こんな積極性は新卒にはない」
ある試験官はそうつぶやいた。

あるグループの議論が印象に残った。

与えられたものは予算と材料だけだが、この班では、「この橋を誰が通るか」という点を時間をかけて議論した。子どもが通るときに安全な橋。お年寄りも歩きやすい橋。車も通行しやすい橋。それでいてまちのシンボルとなる橋とは何か。

「歩道と車道の色を分けたらどうだろう」

結局、道路となる色紙を、青と黄色の2種類使い、歩道と車道を別々の色に分けることになった。
こんな人たちが市役所にいたらいいな、と思った。

試験官たちの会議に特別に密着を許された。
選考基準は「熱意」「忍耐力」「積極性」の3つがポイント。
試験官たちが口にしたキーワードは、「現状を変えようという熱意」と「苦労した経験を生かした粘り強さ」だ。
もともとは、就職氷河期を支援する目的で始まった採用活動。
実は、この世代ならではの「強み」があるのではないか。そんなことに採用する側も、気付き始めたように見えた。

7回転職 非正規抜け出したい

そして迎えた11月の最終面接。
残暑の厳しかった1次試験から2か月が経ち、だいぶ肌寒くなっていた頃だった。

「面接の実感はどうでしたか?」
高倍率で注目が高まっていた宝塚市の採用試験。
報道陣の数もこれまでよりも多かった。

会場から出て来る受験者を報道陣が一斉に囲む。話を聞くのも一苦労だ。

ただ、ここで手ぶらで帰る訳にはいかない。
狭き門を突破し、採用を勝ち取るのは一体どんな人なのか。

出待ちを始めてから、3時間ほどたったころ、物腰の柔らかなメガネの男性が面接を終えて出てきた。

「非正規から抜け出すチャンスだと思ったんです」
神戸市に住む木村直亮さん(45)、丁寧に、言葉をつむぐように話すのが印象的だった。
後日、改めて話を聞いた。

木村さんは、関西の有名私立大学の出身。
在学中100社以上に応募したが、内定はもらえなかった。
アルバイトや非正規の販売員などを繰り返し、7つの職場を転々とした。結婚を考えた女性もいたが、収入が不安定で踏み切れなかった。
ワンルームで独身生活を続けている。夕食は近くの弁当屋で買って済ますことが多いという。

木村さんは、30代半ばに、「人の役に立つような知識を身につけたい」と思い、「社会保険労務士」の資格を取得した。
取得に3年以上かかる人も多くいる中、土日を全て勉強に費やして、合格率7%の試験に見事、1年で合格した。
しかし、資格を持っていても、経験が足りないと、なかなか思うような正規の職には就けず、受験当時は、非正規の公務員として労務サポートの仕事をしていた。
「人の役には立っているしやりがいはあります。ただ、暮らしに不安を抱える人生を変えたかった」

仕事は1年ごとの更新。
貯金がないうえに、退職金も期待できない。
そんなとき、家族が宝塚市の採用を見つけ、挑戦することにした。木村さんは、さまざまな業界での実務経験と資格を身につけた努力をアピールし、最終面接に残った。

11月半ば、私は、仕事帰りの木村さんと合流し、図々しいとは思ったが、合否の通知を一緒に待たせてもらった。
「届いてますね」
ぼそりとつぶやいた木村さんに、何と声をかけていいか戸惑った。

自宅に入り、荷物を置くと、静かに封を開けた。倍率は400倍。
「合格でした」
つい、「え?!」と聞き返してしまった。
笑顔がこぼれる木村さん。

「ほっとしました」
氷河期世代の再出発。
その瞬間に立ち会うことができた。
私も目頭が熱くなった。

苦労したからこそ、寄り添える

11月下旬、内定者が記者会見に臨んだ。その中に木村さんもいた。
木村さんは、健康福祉部で生活に困っている人たちのサポートにあたる部署に配属されることになった。

「これからの自分の仕事が認められることが氷河期世代の代表というのはあれだけど、私たちの責任だと思います」
内定者の中には、アルバイト生活をしながらシングルマザーとして2人の子どもを育てている女性もいた。同世代へのメッセージを問われ、こう語った。
「しんどい立場ではあるが、ちょっと勇気を出して1歩を踏み出してほしいと伝えたい。私もしんどい思いをしてきたので市民に寄り添いながらまちづくりができると思う」

多くの就職氷河期世代の“先輩”たちと向き合ってきた4か月。
ひとりひとりを思い浮かべると、最初思っていたような「つらい世代」「苦労した世代」というイメージは、いつしか「たくましい世代」「前向きな世代」というイメージに変わっていた。
いま、宝塚市の取り組みは全国に広がりつつある。
関西だけでも、兵庫県、和歌山県などが就職氷河期の採用を始めた。
民間企業でも氷河期世代を採用する取り組みを始めている。
さらに、11月27日、安倍総理大臣は、「就職氷河期世代への支援は喫緊の課題で、社会全体で取り組みを進めていくことが重要だ」と発言。今年度から国家公務員の中途採用に取り組むよう指示した。
これから多くの自治体や、民間企業が、就職氷河期の人たちと向き合うことになる。
私は、氷河期世代の人たちを身近で取材してきたからこそ、自信を持って言える。
氷河期世代は、苦労を力に変えられる、人の弱さに寄り添える、そんな可能性を秘めた人たちなのだと。
神戸放送局記者
藤江 莉沙
2016年入局の「ゆとり世代」。神戸局に赴任後、警察担当を経て、宝塚市や尼崎市などの「阪神地域」を取材。好きな元タカラジェンヌは天海祐希。