障害者殺傷事件 被告 殺害など認めるも法廷で暴れる

障害者殺傷事件 被告 殺害など認めるも法廷で暴れる
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相模原市の知的障害者施設で入所者19人が殺害されるなどした事件の裁判が始まり、被告は殺害などについて認めましたが、直後に暴れだし、午後は被告がいないまま審理が進められました。検察が被告には完全に責任能力があったと主張したのに対して、被告の弁護士は無罪を主張しました。
平成28年7月、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者が次々と刃物で刺され19人が殺害されたほか、職員を含む26人がけがをするなどした事件では、施設の元職員、植松聖被告(29)が殺人などの罪に問われています。事件からまもなく3年半となる中、8日から横浜地方裁判所で裁判員裁判が始まりました。
植松聖被告(29)は101号法廷に入ると軽く一礼をして弁護士側の席に座りました。

髪は背中の中ほどまで伸びていて、黒のスーツに紺色のネクタイをしています。
裁判の「冒頭手続」で、植松被告は裁判長から証言台の前に立つように指示され、はじめに名前や職業などを尋ねられました。

これに対し、被告は「植松聖です」と小さいもののはっきりとした声で答え、職業については「無職です」と答えました。
裁判長は冒頭、被害者や遺族のプライバシーに配慮して傍聴席の一部を高さ1.8メートルほどの遮蔽板で見えないようにしていることを説明しました。
法廷では検察官が起訴状を読み上げるのを前に、裁判長が被害者の要望に応じて個人が特定される情報は伏せて、匿名で審理を行うことを説明しました。
裁判では、検察官が起訴状の読み上げを始めました。

検察官は被害者については氏名を出さず、漢字の「甲」「乙」「丙」という文字とアルファベットを組み合わせて「甲A」「乙A」などと読み上げました。

検察官は朗読が終わったあと、起訴状と被害者の名前が示された一覧表を被告に示しました。

植松被告 起訴内容認める

植松被告は裁判長から起訴された内容について、まちがっているところがないか尋ねられると、「ありません」と述べ、殺害などについて認めました。

弁護側 無罪主張

被告の弁護士は「被告は事件当時、精神障害があり、障害の影響で刑事責任能力が失われていたか、著しく弱っていた」などと述べ、無罪を主張しました。

被告暴れ出し休廷に

弁護士が起訴内容に対する意見を述べたあとで、弁護士が被告に発言を促したところ、被告は「皆様に深くおわびします」と述べました。

その直後、被告は突然、手を口のほうにやり、暴れ出したため、係官に制止されました。

この際、傍聴席にいた人たちは何があったのか確認しようと身を前に乗り出すなどして騒然となり、裁判長が休廷を告げて、傍聴していた人たちは法廷から出されました。
休廷した状況について法廷内で傍聴していて様子を目撃した71歳の女性は「被告は謝罪をしたあと、急に傍聴席から見て右にパタっと倒れ込んだように見えました。係官が慌てて寄っていき、『やめなさい』という声が聞こえたので、被告が何かをしたのだろうと思いました。傍聴席がざわつき、皆が立ち上がったため『座ってください』と呼びかけられていました」と話していました。

被告不在で再開

午後の裁判が午後1時20分ごろ再開されましたが、法廷に被告の姿はなく、被告がいないまま裁判が進められました。

裁判長は冒頭「刑事訴訟法にもとづいて本人が不在のままでも審理が進められるので、このまま進めます」と説明しました。

検察が冒頭陳述「完全に責任能力があったと主張する」

法廷では検察官が証明しようとする内容を明らかにする「冒頭陳述」が始まり、検察官は最初に事件前までのいきさつを述べました。

この中で検察官は「平成24年に『やまゆり園』で働き始め、勤務するうちに『意思疎通ができない障害者は不幸を生み出すのでいらない』と考えるようになった」と述べました。

そして「被告は平成27年の夏に世界情勢に興味を持つようになり、障害者にかかる金をほかに回したほうがよいと考えるようになった。平成28年2月に衆議院議長に手紙を渡し、その後、措置入院となり1か月後に退院した」と説明しました。

また「退院後に殺害する計画を立てるようになった。夜間に実行するとか、職員に確認しながら意思疎通できない障害者を殺害することなどを考えていた」と述べました。
そして検察官は事案の概要を説明し、当日の行動については「被告は当日の未明に大麻を使用した。刃物5本、ガムテープ、結束バンドなどを持って車で園に向かい午前1時27分ごろに到着した。民家の近くに車を止めて、その時、民家の住民と会話をしたが、そのとき会話はかみ合っていた。その後、刃物が入ったバッグを持って園に侵入し、職員を脅して5人を拘束した。入所者が意思疎通できるか職員に確認したうえで被告ができないと判断した入所者を刺した。心臓を刺そうと思って、胸を刺したが、骨に当たり包丁が曲がったり、折れたりしたので、以降は首を刺すようにした。6人目の職員の拘束に失敗したので、手当たりしだいに入所者を刺し、そのまま逃走した。その後、午前3時35分に出頭して逮捕された」と述べました。
検察官は被告の責任能力について「弁護士は被告の責任能力が大麻精神病や妄想性障害などの強度の影響下にあって、心神喪失か心神耗弱だと主張しているが、検察は完全に責任能力があったと主張する」と述べました。

そのうえで、「パーソナリティー障害と大麻使用による精神障害があったことは認めるが、パーソナリティー障害は人格に偏りがあるにすぎないことで、大麻使用については病的妄想を生じさせるものではない」と述べました。

そして「被告は障害者施設の勤務経験や世界情勢から特異な考えを持ち、『意思疎通できない障害者は不幸を生み出す』『最終的に殺す』という考えに至った。大麻使用障害は犯行の決意が強まったり、早まったにすぎず大麻使用の影響は大きくない」と述べました。
検察官は「責任能力の有無を判断するポイントとして(ア)動機が理解できるか、(イ)計画性、(ウ)目的にかなう犯行か、(エ)違法性の認識、(オ)人格との親和性、(ア)から(オ)の5つが正常であれば責任能力があったといえる。また犯行が一貫していれば正常な精神作用だったと説明できる」と述べました。
検察官は量刑・刑の重さにいて判断するポイントとして5点を挙げ、「(1)19人が死亡し、24人が重軽傷を負い、さらに5人が拘束されてこのうち2人がけがをした結果が重大なこと。(2)就寝中の被害者の首を狙うなどした強い殺意による卑劣な行為であること。(3)反人道的で社会的にも反響が大きいこと。(4)遺族の処罰感情が大きいこと。(5)被告が反省していないこと」と述べました。

これで検察官の冒頭陳述は終わりました。

弁護士が冒頭陳述「客観的事実は争わない」

被告の弁護士は冒頭陳述で「起訴された行為をしたことについて客観的事実は争わない。事件が誠に痛ましい事案であることも否定しない。ただ被告がなぜこうした行為をしたのかについてはふに落ちないので、責任能力について明らかにしていく」と述べました。
被告の弁護士は「被告は危険ドラッグや大麻を乱用するようになった。被告は本来とは違う、別の人になってしまい事件が起きた。裁判員には何らかの精神障害があったかどうかを判断してもらうとともに、その影響の程度も判断してもらうが、それはとても難しい判断で、道筋を明らかにする」と述べました。

そして「大麻乱用でいかに人が変わったかを判断するには本来の被告を知る必要がある」として、「幼稚園の頃は素直で手のかからない子で、集団行動でも問題はなく明るく優しい性格だった。小学校では成績は中の下だった。多少、目立ちたがりの面はあるが、明るい子だった」などと被告の生育歴を述べました。
被告の弁護士は幼少期から大学にかけての被告について「小学校の同じクラスに知的障害者の子どもがいたが、差別的な言動はなかった。むしろ被告は優しくしていた。中学校は明るく目立ちたがりで性格は変わらず、3年生で飲酒や喫煙をした。高校は私立に行ったが、性格は明るく空気も読め、部活にも熱心に取り組んだ。高校で喫煙して退学処分になったが、非行や補導歴はない。大学は文学部の教育学科に入り、教師になりたいと思っていた。しばらくして脱法ハーブを使用するようになり、大学3年のときには入れ墨をした。大学の1、2年のときには学童でバイトをして、障害児の世話などをした」と述べました。
被告の弁護士は「被告は運送会社に就職し、特にトラブルはなく、8か月で辞めた。平成24年12月に津久井やまゆり園に入り、その後、常勤職員になった。働きはじめた当初は『障害者はかわいい』と述べていた。身ぶり手ぶりで障害者にかわいいと伝えていた」と述べました。

そのうえで「こうした身上経歴から、就職当初は明るく優しいながら、目立ちたがりで、問題行動もあったが、ただ若気の至りにすぎないものであり、現在の被告とは全く違うものである」と述べ、友人の供述調書や就職時の作文などからこうしたことを明らかにするとしました。

さらに「平成27年12月ごろ、『意思疎通ができない重度の障害者は不幸を作るから殺すべきだ。安楽死すべきだ』と友人に繰り返し話すようになった。さらに、『自分は選ばれた人間で、障害者を殺したほうがよいという総理大臣あての手紙を書くつもりだ』と友人に言っていた」などと述べました。

そして「平成28年2月に実際に衆議院議長の公邸に手紙を持参した。手紙の中には『470人を抹殺できる』とか『UFOを2回見た』という内容だった」などと述べました。
弁護士は被告の精神状態について、「被告は平成28年2月19日から措置入院し、3人の医師から診断を受けた。1人目の医師はそう病、2人目の医師は大麻精神病、3人目の医師が妄想性精神障害と診断した。3月2日に退院すると周りの友人たちに、『障害者を抹殺すれば100億円もらえる』『宇宙人が関与している』などと言い始めて、友人たちが『植松はやばい。関わらないようにしよう』と話し合うようになった。7月16日の友人たちとのバーベキューでも友人から『植松やばくない?』と言われていた。それらについては友人たちの供述で説明する。被告は退院したあとも大麻の使用を繰り返していて、11月にトランプ氏が大統領選で選ばれるので、10月に事件を決行しようと考えていた。7月24日深夜、大麻を一緒に使用している友人に、『ヤクザに命を狙われている、尾行されている、車に発信器がつけられている』と言った」と述べました。
被告の弁護士は被告の事件前の行動について「GPSについてファーストフード店で検索し都内に車で向かって、駐車場に停車してタクシーに乗り換えた。タクシーでは後ろのシートで横になり、身を隠すようにしていた。その後、駐車場に戻ると、見つからないように急いで発進して、歩道のガードパイプに衝突事故をおこしている」と述べ、駐車場付近の防犯カメラの映像でこの状況を明らかにするとしました。

そして「都内では友人女性と食事をしていて、その後、女性が別の友人に『さと君、もう手遅れ。頭おかしい。障害者を殺すとか、女を守るとか、法律変えるとか言っていて、こっちの言うことに耳を持たない』と連絡していた」と述べました。

続いて「被告は自宅で一人暮らしをしていて、周囲から見られているとか盗聴されていると思うようになり、被害的な幻聴が聞こえるようになった」と述べました。
被告の弁護士は大麻の影響について、「被告は大学時代に脱法ハーブ、卒業後は大麻を使用していた。平成25年から28年まで長期にわたり、週に4、5回、多いときには1日数回、高い頻度で使用していた。大麻使用は急性中毒とめいてい状態になるが、長期に依存している状態だと幻覚や妄想などの精神障害が起きる。学術的には大麻精神病と言うが、被害妄想があり、統合失調症に似た症状になる。被告には大麻精神病やほかの精神疾患もあった。精神疾患が今回の犯行に影響を与えたので、行為の善悪の判断や自身をコントロールする能力がなかったことを今後、立証する」と述べ、冒頭陳述を終えました。

2月19日に結審 3月16日に判決の予定

8日は検察が提出した証拠について審理する予定でしたが、変更して午後2時半前に閉廷しました。

裁判は証人尋問や被告人質問などが行われ、来月19日に結審して3月16日に判決が言い渡される予定です。

植松被告 横浜拘置支所に戻る

午前中の法廷で突然暴れ、午後、姿を見せなかった植松被告はすでに横浜拘置支所に戻っているということです。

8日夕方、NHKの記者が接見を求めたのに対し、対応する職員が「きょうは遠慮するとのことです」と述べました。