「税調」熱き冬の攻防(後編) もつれた「△」

「税調」熱き冬の攻防(後編) もつれた「△」
「税調」ー熱き冬の攻防。前編では、この冬の税制改正で焦点となった、大企業に投資を促す「オープン・イノベーション」税制や、未婚のひとり親に対する「寡婦控除」の適用をめぐる議論を振り返った。ただ、今年の「税調」では、もう1つ、もめにもめた案件があった。次世代の通信規格「5G」の導入を促進するための優遇税制の創設だ。総理大臣官邸も巻き込んで、最後まで続いた駆け引きに迫る。(政治部記者 後藤匡/経済部記者 田尻大湖)

もつれた「△」

各省が上げてきた要望を認めるか、否か。税制調査会の審議は、「電話帳」とも呼ばれる膨大な要望リストの1つ1つに「○」や「×」などを付けながら進められる。

最終的に税制として認められるものも、多くは、この「マルバツ処理」で、「△」(=検討し、後日報告する)とされ、財務省が関係府省庁と協議のうえ、最終案を報告し、党の了承を得るというプロセスをたどる。つまり、「△」は、各省との協議さえ整えば認める方向にあることを意味し、「税調」終盤の取材で焦点になることは、基本的に、ない。

むしろ、私たちが取材に注力するのは、政治判断が求められる案件として、政治家どうしの議論に持ち込まれるもの。すなわち、「○政」(マルセイ=政策的問題として検討する)案件だ。私たちは、「○政」として絞り込まれた大型案件の結論の行方を、どの社よりも早くつかもうと、しのぎを削る。
ところが、この冬の税制改正で、最後の最後までもつれ込んだのは、「○政」にもならなかった、「△」の1つ。次世代の通信規格「5G」の導入を促進するための優遇税制の創設だった。

破格の要望

優遇税制の創設を求めたのは、総務省と経済産業省。両省は、高速・大容量の「5G」基地局を整備する携帯電話会社などに対し、設備に投資した費用の一定割合を法人税から差し引く「税額控除」などの減税措置を講じるよう求めていた。

問題となったのは、特定の業界・企業を優遇する理由と、「税額控除」の割合だった。両省は、中国製品を念頭に、安全保障上のリスクを考慮に入れる措置の必要性で一致していた。

ただ、「税額控除」の割合については、両省の考えに開きがあった。総務省は「5%」、これに対し、経産省は「30%」だ。経産省は、中国製品との価格差を埋め、日本企業の国際競争力を強化するためには、投資額の「30%」の控除が必要だと主張していた。

しかし、東日本大震災からの復興を支援するための復興特区や、沖縄振興のための特例措置でも、控除割合は「15%」。経産省が求める「30%」という税額控除は、その倍。破格の減税規模だった。

税調での議論が本格化する前、財務省は、突き放していた。
「そもそも、税制で設備の調達先を線引きして規制するようなことは無理だ」
「『30%の価格差』というが、根拠がよく分からない。なぜ、特定の携帯電話会社だけ、法外な規模で税金をまけてやるようなことをしなければならないのか」
実際、与党内からも、問題視する声が相次いでいた。
「消費税率を引き上げたのに、特定の企業を大幅に優遇するなんて、国民の理解を得られない」
「大規模な減税に必要となる多額の財源を、どこから持ってくるのか」
税調幹部も、「30%の大幅控除なんて、認められない」と言い切っていた。

局面打開に向けて

大幅な控除を求めて譲らない経産省。一方、目的を明確化し、他の制度とのバランスも保った現実的な減税規模を導こうとする財務省。

膠着状態が続く中、12月初旬、局面打開に向けた動きが見え始めた。総務・経産両省が、携帯電話会社などの導入計画を政府が審査し、安全保障上のリスクがある部品が使われていないことなどを認定する、新たな法律をつくる案を提示したのだ。
安全性やシステムの性能など、必要な要件が認定できた場合に限って支援の対象とすることを法律で位置付けるというものだ。安全保障上のリスク回避と国際競争力の強化。法律に基づいて、個別に認定する仕組みを設けることで、優遇を行う理屈は立つ。財務省幹部は言った。
「骨格は見えてきた。あとは控除割合だ。ただ、いずれにしても、20%だとか30%などという話では、べらぼうな額になってしまう」
別の幹部も、現実的な規模で合意に持ち込みたいという意向を示した。
「財源を考えても、ふた桁は無理だ。ギリギリの水準で、関係者と手を打つプロセスに入る」

決戦は日曜日

12月8日(日)午後。
与党での税制改正大綱の決定を4日後に控えた日曜日だった。財務省幹部の部屋が続く廊下で待ち構えていると、目の前に、ある人物が現れた。「5G」の一件を預かる経産省幹部だ。

たった1人、税制を取りしきる財務省幹部の部屋へ。協議の先頭に立つトップ同士が、日曜の午後にわざわざ行う会談。これで決着か…。15分ほどして部屋を出てきた経産省幹部を直撃した。
「着地点は見いだせましたか?」

「いやいや、全然。いったい、どうするつもりなんだろうね。規模もなにも、全然、お話にならないよ」
ここで方向性すら見いだせなければ、大綱決定のスケジュールにも影響を与えかねない。この時点で、「お話にならない」とは、想定外の反応だった。
一方の財務省幹部は、その夜、トップ会談で経産省幹部に示したであろう結論に、自信を見せていた。

旗を振ってきた経産省幹部としては、省内をはじめ、関係者の説得に回る立場。容易に旗を降ろしたようには見えてはならないはずで、外向きのポーズだったということか。ポーズか、本音か。結論は見えたのか。どうにも、すっきりしない思いを抱きながら、翌日を迎えた。

結論のはずが

甘利氏
「残されていた『5G』の税制について、9%の税額控除という考え方をまとめた。党内には、ふた桁の税額控除をしっかり確保すべきだという意見もあるが、取りまとめたこの方向で収れんさせたい」
12月9日(月)。
税調幹部の会合のあと、甘利氏は記者団に自民党としての案をまとめたことを明らかにした。来年度から3年間、投資額の9%を法人税から差し引くというものだった。

やはり、経産省幹部は、外向きのポーズを取っていただけだったのか…。ところが、事態は急展開する。甘利氏が9%の税額控除を表明したことを知った官邸のある関係者は、憤りを隠さなかったという。
「9%?こんな話、聞いていない。いったい、どうなっているんだ!」
安倍総理大臣は経済安全保障の観点から、この「5G」の案件には、こだわっていた。甘利氏は幹部会合が終わったあと、電話で安倍総理大臣に報告した。

すると、安倍総理大臣は、こういった。
「甘利さん、申し訳ないけど、もう一汗、かいてください」
そもそも、大幅な税額控除には税調幹部からも批判が強く、「せいぜい、5%」というのが、ひとつの相場観だった。9%でさえ、火を噴くおそれがあった。充てられる財源からしても、要望と折り合えるギリギリの線が、この9%だった。

それゆえ甘利氏は、この日の幹部会合で、「夜を徹して政府としてまとめた案だから、税調会長として、これを了承したい。よろしくお願いしたい」と頭を下げて、なんとか税調幹部の了解を取り付けたのだった。しかし、それも、その日のうちに崩れることになった。
この夜、財務省は緊迫した雰囲気に包まれた。ある関係者は吐露した。
「何とかしてほしいよ。15%なんていう数字も言ってきているようだけど、そんな財源、どこからひねり出すのか」
安倍総理大臣の求めに応えるため、日付が変わってからも検討は続いた。未明にまで至る幹部を含めた協議は、この冬の税制改正で、初めてのことだった。

決着

翌10日(火)。
甘利氏は、財務省と経産省双方から税額控除の割合を15%に拡大する案について説明を受けた。ただし、優遇期間は3年間から2年間に短縮する。これであれば、全体としての財源は、3年間、9%とした場合と同じ程度の規模で済む。

「これで収まるかは分からない」
甘利氏は、一日中、落ち着かない様子を見せていた。安倍総理大臣の意向に沿うものかどうか見通せなかったからだ。

その日の夜、甘利氏のもとに、財務省幹部から一本の電話が入った。
「2年間、15%の税額控除で、官邸も落ち着きました」
税調幹部の会合を開き、改めて了承を得たのは、与党での税制改正大綱の決定前日、11日(水)になってからだった。甘利氏は、その足で総理大臣官邸に報告に向かった。

安倍総理大臣は、「よくやってくれました」と述べ、甘利氏をねぎらった。

面会後、甘利氏は記者団に対し、幾分、ほっとしたような表情で次のように語った。
甘利氏
「日本が『5G』の旗を先頭で振れるような環境が整った。安倍総理も、最終的な着地点を大変に評価していた」
この冬の税制改正は、ようやく決着した。

「聖域」から「攻めの税調」へ

かつて、「税調」は、時の総理大臣でも容易に踏み込むことのできない、党の「聖域」とされた。当時、税調会長などとして強い影響力を誇った山中貞則氏の協力を得ようと、小泉元総理大臣の側から足を運んで、山中氏のところへ出向いていたというのは有名な話だ。

しかし、この冬の税制改正を取りしきった甘利氏は言う。
「税は、従来、党が決めてきたものだが、官邸の意向は無視できない」
「5G」の促進税制をめぐっては、議論の序盤、税調幹部から、「検討の中身が詰まっていないなら、来年に回したってよいではないか」という意見すら出ていた。

しかし、甘利氏は、安倍総理大臣の意向もくみながら、今年結論を出すことに理解を求め続けた。
税調が「聖域」であった時代は、変わりつつある。甘利氏は、各省からの要望の査定に終始する従来型の税調から決別し、「攻めの税調」を目指したいとしている。積極的に問題提起を行い、この先の時代に必要な税制を、みずから提示するような存在としての税調だ。

発足から60年を迎えた「税調」の変貌を、私たちは、これからも見つめていくつもりだ。
政治部記者
後藤匡
平成22年入局。
松江局、経済部を経て政治部。
経済部記者
田尻大湖
平成16年入局。
千葉局、広島局、政治部を経て経済部。