“Somewhere”の逆襲~イギリス総選挙から見えたもの~

“Somewhere”の逆襲~イギリス総選挙から見えたもの~
イギリスの総選挙の結果は、“Somewhere”の逆襲だ。
EU=ヨーロッパ連合からの離脱を公約に掲げた与党・保守党の大勝についてのこの分析がいまヨーロッパで注目されています。イギリスの雑誌Prospect誌の創刊者、デイビッド・グッドハート氏です。その著書「The Road to Somewhere(ある場所への道)」はイギリスでベストセラーになりました。イギリス、そして世界はどこに向かおうとしているのか、グッドハート氏に聞きました。
(ヨーロッパ総局総局長 高尾潤)

SomewhereとAnywhereの対立

2019年は、ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終結してから30年の節目の年でした。世界では、米中の貿易戦争、中ロの台頭の一方で、NATO=北大西洋条約機構での欧米の対立が浮き彫りになっています。

またアメリカ発の自国第一主義はヨーロッパにも広がり、ポピュリズムの旋風を巻き起こすなど、歴史的な転換点に立っています。
そんな1年を締めくくったのがイギリスの総選挙。イギリス国民はEUからの離脱にゴーサインをだしました。

その選択をグッドハート氏は、SomewhereとAnywhereの対立の中で読み解きます。

Somewhereの逆襲

グッドハート氏は、Somewhere=特定の地域から出たことがない、労働者たちの“逆襲”が、3年前、世界を驚愕(きょうがく)させたイギリスの国民投票の結果につながったと読み解きます。
それまで社会で声をあげてこなかった、この層の人々が、これ以上、グローバル化の犠牲になりたくないと反旗を翻した結果、EUからの離脱に舵(かじ)を切ったのだといいます。
グッドハート氏
「私が定義するところの“Somewhere”の人たちが、自分たちの不満が無視され続けていることにいらだち、逆襲したのだ。既存の政党が経済的にも文化的にもどんどんリベラル化し、自分たちの声を代弁してくれる政治家がいないことに彼らは不満を強めていた。こうしてこれまで投票をしなかった彼らが、今の社会にNOを突きつけた。それが想定外の離脱派の勝利となった」

保守党の勝因は、旗幟鮮明

イギリスではかつて、2大政党である「保守党」か「労働党」のいずれかに投票する人が全体の60~70%を占めました。

保守党は、都市部の中産階級を支持基盤に。一方、労働党は、地方の労働者層の支持を集めてきました。

しかしいまは、明確な支持政党を持つ人は15~20%に減っています。大半の人々は、移民問題や安全保障などの社会問題で立場の近い候補に投票します。
そしてEU離脱の是非が最大の争点となった今回の総選挙では、離脱を公約に掲げた保守党に対して、労働党は態度を曖昧(あいまい)にしたままでした。

その結果、保守党は多数派のSomewhereの票を取り込むことに成功したとグッドハート氏は見ています。
グッドハート氏
「保守党の勝因は、“離脱派の党”という旗幟(きし)を鮮明にして戦ったことだ。保守党のなかにも、離脱に違和感を持っていた人も少なくなかった。しかし国民投票の結果を受け入れるべきだ、民主的なプロセスを尊重すべきだ、という人が多数を占めた。離脱による経済的なダメージよりも、国民投票という民主的なプロセスを無視することによる政治的なダメージの方がイギリスにとってより深刻だと考えたのだ」

なぜEU離脱を選ぶのか?

しかし、EU離脱を支持するイギリス人の選択は、やはり私たち日本人には理解しにくい。疑問をぶつけてみるとグッドハート氏はこのように答えました。
グッドハート氏
「経済、つまりお金でなく、生き方、国のアイデンティティーを守るべきだという考えが台頭している。移民を巡っては日本でも意見は分かれるだろう。ヨーロッパと同じような数の移民が来れば、経済的にはプラスかもしれないが、日本社会のアイデンティティーが失われてしまうと考える人もいる。イギリスも同じだ。グローバル化の恩恵を受けていないと不満を強めるSomewhereの人たちは、国家のアイデンティティーや民主主義そのものも弱体化してしまったと感じている。そして、こうした変化を強いてきたシンボルがEUなのだ」

EUの統合にブレーキも

イギリスが離脱に向けて大きく踏み出すことになったいま、グッドハート氏は、中長期的には、統合を推し進めてきたEUが危機に直面すると指摘します。
グッドハート氏
「保守党の大勝で、ジョンソン首相はEU離脱後の貿易交渉を本格化させる。難しい交渉になるが、双方が譲歩して好ましい合意ができるだろう。中長期的には、EUこそ難しい局面に直面する。イギリスが危機を乗り切れば、EUの離脱派を勢いづけ、統合の足を引っ張る」
「その結果、EUはドイツ、フランスを中心とするコアグループと、ユーロ圏からは離脱する第2グループ、さらに距離を置く第3グループへと多層化していく。こうしてEUはより緩やかな連合体へと変わっていくのではないか」

2020年の世界は、グローバル化の見直しに

SomewhereとAnywhereの対立はイギリスにとどまらず、来年以降、世界に拡散していくとグッドハート氏は予測します。
その著書「The Road to Somewhere」は、11月、フランス語にも翻訳され、新たな注目を集めています。
グッドハート氏
「私たちは、過去30年、グローバル化という遠心力の中で生きてきた。それによってすべてがばらばらに、個人主義が徹底された。それは大きな富をもたらす一方で、社会を不安定化した」
グッドハート氏
「そして今、正反対の力が作動し始めた。国民国家に回帰する求心力。すなわち安全やアイデンティティーをより重視するベクトルだ。これは、今後30~40年続く新たなサイクルであり、各国でグローバル化の見直しが進むだろう。


そしてAnywhere(どこでも生きていける人たち)を代表してきた政治家たちは、Somewhere(ある場所で生きる人たち)の声に耳を傾け、その政策を取り込むことを求められる。SomewhereがAnywhereに取って代わるのではなく、双方の間で望ましい均衡が模索されることを期待する」
2020年、世界はアメリカの大統領選挙を固唾をのんで見守る「待ちの1年」になります。ただ、その結果にかかわらず、グローバル化から自国第一主義へと舵を切ったアメリカの進路は変わらないとグッドハート氏は見ています。
翻ってヨーロッパや世界でも、Anywhere(どこでも生きていける人たち)が主導した外向きの時代から、Somewhere(ある場所で生きる人たち)の逆襲による内向きの時代へ向かうのか。
冷戦終結から30年、世界が大きな転換点を迎える今、「待ちの1年」のあとの世界の変化を神経を研ぎ澄まして見極めていかなければならない。その思いを強くしています。
ヨーロッパ総局総局長
高尾潤
昭和62年入局
国際部、モスクワ支局、ワシントン支局長、国際部長をへて現職