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「税調」熱き冬の攻防(前編) “裏年”のはずが

12月20日、来年度・令和2年度の「税制改正大綱」が閣議決定された。ことしは、大きな税制改正の項目がない、いわゆる「裏年」とされたが、長年にわたり結論が先送りされてきた、未婚のひとり親に対する税制面での支援の扱いや、大企業に内部留保を投資へ回すよう促す税制などをめぐり、議論は熱を帯びた。自民党で改正の取りまとめにあたる税制調査会、通称「税調」。これまで旧大蔵省出身者らが務めることが多かったトップの会長には、経済産業大臣などを歴任し、産業政策や情報通信分野に通じた甘利明氏が就任した。私たちが納める税金の使いみちや、今後の在り方を決める税制改正。その舞台となる「税調」で、どのような議論が繰り広げられたのか。熱き冬の攻防に迫った。(政治部記者 後藤匡/経済部記者 田尻大湖)

「税の政調会長」として

「いつもミッション型の人事で申し訳ないんですが、『税の政調会長』として、腕を振るってください」

内閣改造と自民党役員人事が行われる前の9月上旬。当時、党選挙対策委員長を務めていた甘利氏は、安倍総理大臣から、こう電話で伝えられた。
「税の政調会長」。甘利氏はこのとき、自身には従来のように各府省庁や業界団体から上がってくる要望を査定するだけではなく、税調として積極的に問題提起を行い、これからの時代に必要となる税制の「メニュー」を用意することが求められていると考えた。
甘利氏
「企業の内部留保を、どうやって経済の好循環に回すかだ。内部留保がイノベーションの連鎖につながっていくような投資を促したい」
10月2日、税制調査会長として初めて臨んだインタビューで、甘利氏はこう述べて、大企業に投資への流れを生み出す税制の構築に意欲を燃やした。

甘利氏が着目したのは、複数の企業が技術やアイデアを結集する「オープン・イノベーション」の促進だった。単に、企業に内部留保をはき出させるだけでなく、大企業と、成長の見込めるベンチャー企業がタッグを組み、互いに苦手な分野を補完し合うことで、新たな技術革新を生み出す。

そして、収益力を表す「利益率」が、ひと桁台にとどまる日本の大企業に「第2の創業」を起こさせる。甘利氏は、そんなねらいをもって、かつて大臣を務めた経済産業省の幹部に、税制の創設に向けた制度設計を指示した。

財務省VS経産省

税調会長みずから打ち上げた「オープン・イノベーション」税制の創設。これをめぐり、制度創設を求める経済産業省と、具体的な仕組みを法律で定める立場の財務省との間で激論が交わされることになった。

ポイントとなったのは、企業が投資をしやすくするための税制上の措置として、どのような手法を取るかだった。甘利氏がこだわったのは、企業が一定額を出資した場合に、法人税の税額を差し引く「税額控除」という方式。
経産省は、たとえば、ベンチャー企業に1億円出資すれば、その5%、つまり、500万円を、納める税額からそのまま差し引くといった案を提示した。

しかし、財務省は、この「税額控除」方式に異を唱えた。
「出資した時点で負担が軽くなるというのは、確かに、企業にとっては分かりやすいかもしれない。しかし、大企業がそれで多額の利益を上げた場合でも減税されるなんて、国民の理解が得られないでしょ。設備投資などと違って、出資という資本取引そのものを税額控除の対象にするなんて例がないし、受け入れられない」
「税額控除」方式には、甘利氏以外のほかの税調幹部からも異論が相次いだ。
「出資に対して税額を控除するなんて、補助金をばらまくのと同じようなものだ。税制として、筋がよくない」
「税調会長が言っているから丸飲みで、何でもかんでもいいという話にはならないよ。出資先を限定して、出資額の規模にも要件を掛けていかないと」
そこで財務省は、実現可能な対案として、「準備金」と呼ばれる方式を提案した。一定の条件を満たした場合に、出資した金額を、株価の低下に備えた「準備金」として損金に参入することを認める方法だ。

たとえば、1億円出資すると、全額が「準備金」として損金に算入され、課税対象となる利益から差し引かれる。法人税率がおよそ30%だとして、3000万円余りの負担が軽くなる計算だ。

ただ、あくまで経営リスクに備えるための「準備金」なので、将来、取得したベンチャー企業の株式を売却した場合には取り崩されて利益に入れられ、課税対象となるため、最終的には、負担する税額が減ることにはならない。

「税額控除」か、「準備金」か。折り合いはつかず、議論は混迷を極めたまま、12月を迎えることになった。

たどり着いた結論

税調幹部の中にも異論がある中で、甘利氏は、あくまで、出資時の「税額控除」にこだわり続けた。
甘利氏
「『準備金』方式では、インパクトがない。企業のことを考えたら、出資の際の『税額控除』のほうが魅力的だ。絶対に『税額控除』だ。『準備金』では意味がない」
財務省 矢野康治主税局長(左)経済産業省 新原浩朗経済産業政策局長
与党での税制改正大綱決定まで1週間余りとなった12月4日(水)。午後4時半すぎ、財務省に、経産省でこの一件を取りしきる新原浩朗・経済産業政策局長が現れた。行き先は、財務省の矢野康治・主税局長の部屋だ。

新原氏は、翌5日(木)も財務省へ。両氏のひざ詰めの議論が続いた。
「甘利さんの顔に泥を塗るわけにはいかない」。両氏がたどりついた結論は、「税額控除」でも、「準備金」でもなかった。

採用したのは、課税対象となる企業の所得から一定の割合を差し引くことで、それをもとに計算される法人税の負担を軽くする「所得控除」という方式だった。

「税額控除」も、「所得控除」も、減税される点では同じだが、例のない出資時の「税額控除」と異なり、「所得控除」には過去に前例があった。
6日(金)、税調幹部の会合に、「所得控除」の案が示された。設立後10年未満で上場していないなど、一定の要件を満たした国内のベンチャー企業に対し、国内の大企業が1億円以上を出資した場合、出資額の25%を課税対象となる所得から控除するというものだった。5年以内に出資先の企業の株式を譲渡した場合や配当の支払いを受けた場合には、優遇措置を受けられないようすることで、短期的なもうけをねらった投資に悪用されるのを防ぐ措置も盛り込んだ。

「所得控除」の25%は、「税額控除」に置き換えれば、7.4%程度に相当する。甘利氏がこだわった出資時の負担軽減を実現し、経産省が当初求めていた5%の税額控除を上回る、大胆な税制優遇が制度化されることとなった。

甘利氏は、記者団に語った。
甘利氏
「いわゆる内部留保の中の現預金を、ベンチャーのスタートアップに『ニューマネー』として投入し、大企業とベンチャーが共同して事業革新を実現する仕組みだ。税制は、使いやすく、実際に使われるものでなければ、意味がない」

「未婚のひとり親」どう支援

甘利氏
「未婚の家庭でも、既婚の家庭でも、同じひとり親という状況にある子どもには何の責任もない。平等にしていかないといけない」
税制調査会が本格始動する前日の11月20日(水)、甘利氏は記者団に対し、このように語り、自民・公明両党の間で長年の懸案事項となっていた「未婚のひとり親」に対する税制面での支援について決着させる意思をにじませた。

公明党は、かねてから、配偶者と死別したり、離婚したりしたひとり親を対象にした「寡婦控除」について、婚姻歴の有無で区別せず、「未婚のひとり親」にも適用すべきだと主張していた。
公明党の税調役員会
甘利氏はその1週間ほど前、議員会館の自室で、財務省の幹部たちから、この件についての経緯を聴き取っていた。「寡婦控除」の成り立ちや制度の変遷、そして、「寡婦控除」には男性だけに所得制限があるうえ、男性の控除額は女性よりも低く設定されていて、憲法上、問題となる可能性があることなど、課題を念入りに確認した。その場で、甘利氏は、財務省幹部に持ちかけた。
甘利氏
「『寡婦控除』の男女の所得制限の違いや、未婚のひとり親に対する扱いなど、この際、税制に関わることを、全部、きれいにしようじゃないか」
財務省幹部は、「それができたら最高ですね」と、甘利氏の提案に賛同するかたわら、ある不安を口にした。
「自民党内には、従来からの家族観を重視する方が多くいます。安倍総理も、そこの部分は慎重で、去年は、かなり心配されていたようです」

「総理にはオレが直接話す」

11月21日(木)午後、自民党の「税制調査会総会」の開催をもって、税調での議論は本格化した。

その4時間前、甘利氏の姿は、総理大臣官邸にあった。未婚のひとり親をめぐる対応について、安倍総理大臣の意向を確認するためだ。甘利氏は、安倍総理大臣に対し、未婚のひとり親についても、配偶者と死別したり、離婚したりしたひとり親と同様の税制上の軽減措置を設ける方針を説明した。
安倍総理大臣
「私はいいですが、党内での対立や、それから、党の外のいろいろな団体の反対がないように関係者の理解を得て進めてください」
安倍総理大臣は方針は了解したものの、保守層の理解を得ることを、その条件としたのだった。甘利氏は面会後、議員会館の自室に戻ることなく、党の重鎮、伊吹文明元衆議院議長の事務所を訪ね、協力を求めた。

「本則」か「租特」か

未婚のひとり親を支援することができ、かつ、家族観を重視する保守層も納得する案は何か。甘利氏はずっと、頭を悩ませていた。
安倍総理大臣との面会時点で考えていた案は、未婚のひとり親に対し、「寡婦控除」そのものを適用するのではなく、「租特」=「租税特別措置」と呼ばれる税制上の特別な措置として、軽減措置を設けるというものだった。

この案は、去年の税調の大詰めの議論で公明党が水面下で主張していたものであり、公明党の理解が得やすい。さらに、所得税法や地方税法上の「本則」とされる、原則的な恒久制度としてではなく、子どもの貧困対策という政策目標を達成するための特例的な「租特」という位置づけであれば、家族観を重視する保守層にも説明がつくと考えたのだ。

問題は、未婚であるかの確認を、どのように行うかだった。未婚であっても、いわゆる「事実婚」の状況にあれば、軽減措置を認めるわけにはいかない。そこで甘利氏は、軽減措置の対象を、未婚かどうかを容易に確認できる「児童扶養手当の受給者」に限定する考えだった。

ただ、この案には欠点があった。対象者が子ども1人の場合、年間の所得が230万円未満の親に限られるため、年間の所得が500万円以下の親まで対象となる「寡婦控除」と差が生じてしまうのだ。

「寡婦控除」と同水準の適用を

対象範囲の差を埋める必要があるのではないか。数日後、甘利氏は、未婚のひとり親についても、年間の所得が500万円以下の親まで支援の対象とするため、財務省幹部に、ある指示をした。
甘利氏
「自治体にあまり負担がかからない簡易な形で、未婚かどうかを確認できる方法を探してほしい」
これに対し、財務省幹部が問題提起をした。
「分かりました。確認方法はなんとかします。ただ、500万円以下という所得制限を『寡婦控除』と同じにそろえたとしても、次は、同じ控除であるにもかかわらず、かたや『本則』、かたや『租特』という、新たな格差が生まれてしまいます」
これは、保守層をどうやって抑えるかに神経をとがらせていた甘利氏にとって、またも頭を悩ませる指摘だった。「本則」として未婚のひとり親にも「寡婦控除」を適用するという形を取るのか、それとも、「租特」として対応するのか。

甘利氏は、その後も、財務省幹部と頻繁に協議を重ねたが、12月に入っても答えは出なかった。

「本則」で行こう

事態が動いたのは、与党での税制改正大綱の決定まで1週間に迫った12月5日(木)。午後6時前、永田町をあとにしようとしていた甘利氏の耳に、ある公明党の幹部が、次のように話しているとの情報が入った。
「未婚のひとり親の軽減措置については、児童扶養手当の受給者に限定するのではなく、『寡婦控除』と同じく、所得が500万円以下の親を対象とすることで、自民・公明の税調会長は水面下で合意している」
いま、まさに財務省と詰めの協議を進めている中で、公明党側には構想をすべては話しておらず、無論、両党での合意などしていなかった。
甘利氏
「未婚かどうかを確認する方法も見いだせていない中で、こんな情報が広まると、今まで考えてきた案が壊れてしまうかもしれない」
甘利氏は、すぐさま財務省幹部と連絡を取り、「未婚かどうか確認する方法を速やかに見つけてくれ。『本則』でも『租特』でも、何でも行け」と指示。

「では、『本則』で行きましょう」財務省幹部は、そう応じ、未婚かどうかを確認するための方法の検討を急いだ。

そして、事実婚の状況にある親を対象外とするため、住民票の続柄に「夫(未届)」や「妻(未届)」の記載があった場合には「寡婦控除」を適用しないという方法を取ることにした。

驚きと安どと

12月10日(火)、甘利氏は、公明党側に、未婚のひとり親に「寡婦控除」を適用するという考えを伝達した。

「まさか自民党がここまでやるとは」
公明党の西田税制調査会長は、驚きをもって、その方針を了承したという。
伊吹文明氏
ただ、甘利氏の仕事はこれで終わりではなかった。保守層を代表する重鎮、伊吹氏に「仁義」を切れていなかったのだ。実は、甘利氏と面会した際、伊吹氏は、「『租特』として行えばいいよ」と、アドバイスしていた。

安倍総理大臣に対しても、いったん、「『租特』で整理します」と伝えてはいたが、「本則」に方針を切り替えたことは、財務省を通じて事前に伝えていた。しかし、伊吹氏については、接触する機会を逸してしまっていた。

伊吹氏との面会にこぎつけたのは、与党で税制改正大綱を決定する前日の11日(水)の昼すぎになってからだった。

「いいんじゃないの」
伊吹氏のひと言に、甘利氏の緊張は、ようやく、ほどけた。
政治部記者
後藤匡
平成22年入局。
松江局、経済部を経て政治部。
経済部記者
田尻大湖
平成16年入局。
千葉局、広島局、政治部を経て経済部。

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