車いすの送迎 安心して預けたのに…

車いすの送迎 安心して預けたのに…
介護施設まで車で送迎してもらう車いすのお年寄りを最近、よく見かけるようになりました。でも、車内で転倒したり、交通事故でほかの人は無事なのに車いすの利用者だけが死亡する事故も…。
家族は言いました。「安心して預けた介護施設の車の中で、車に乗っていただけなのに信じられません」
車いすの送迎、利用者をどう守っていけばいいのでしょうか。(函館放送局記者 浅井優奈・富山放送局記者 山澤実央)

車内で転倒 意識不明

ことし10月、北海道南部のある街で事故は起きました。
デイケア施設の職員が送迎のため利用者の80代の男性をワゴン車に乗せ、交差点で信号待ちをしていました。

赤から青に変わり車を発進させ右折したところ、突然、男性が車いすごと後ろに倒れたのです。
男性は頭を強く打ち、意識不明の状態となりました。
男性の家族
「安心して預けているはずの車の中で転ぶなんて。ただ車に乗っていただけなのに信じられません。父の顔を毎日見るたびにつらい気持ちになります」
警察に当時の状況を取材すると、車いすを床に固定するためのフックが外れていたとのことでした。
最近、街でよく見かける車いすの送迎。その安全対策はどうなっているんだろう?

そう考え介護関係の事業者を取材していたところ、「富山市で最近、同じ日に2件、車いす送迎中の死亡事故が起き、関係者の間で注目されている」と話してくれました。

車イスの利用者だけが…

富山市での事故です。
11月2日の午前8時半ごろ。87歳の男性を家から送迎の車に車いすごと乗せ、デイサービスの施設に向かっていたところ住宅街の交差点で軽乗用車と出会い頭に衝突し、男性が死亡したのです。

もう1件の事故は同じ日の午後3時半ごろ、デイサービスの利用者を自宅に送る途中に起きました。

住宅街にある片側一車線の道路で、送迎車とセンターラインをはみ出したとみられる乗用車が衝突。送迎車に乗っていた94歳の女性が2日後に亡くなりました。
事故に遭った車は、運転席の右下が壊れていますが、運転手や同乗していたスタッフは無事でした。
送迎中の高齢者5人も乗っていましたが、死亡したのは車いすに乗っていた94歳の女性だけでした。

シートベルトが圧迫

警察や関係者に取材を進めると亡くなった2人とも車いすは専用の装置で固定されシートベルトも着用していました。

ただ、私たちが通常使う3点式ではなく、腰の部分を左右から抑える2点式を使い、胸や腹部を強く打つなどしたことで亡くなっていました。

亡くなった94歳の女性は、高齢により姿勢が前かがみになっていたため首にベルトがかからない2点式を利用していたことがわかっています。

捜査関係者によると、事故の衝撃によってシートベルトが腰骨に当たらずに腹部が圧迫されたり、上半身が不安定になって前後に激しく揺さぶられたりしたとみられるのです。

一律の規制は難しい

車いすの安全対策はどうなっているのか?

送迎車を見ると車いす専用のシートベルトや固定器具が装備されています。

しかし、国に聞くと車いすは「座席」とはみなされず、シートベルトの装着など法律による規制はほとんどないと言います。

「車いすの利用者は身体的な状況などがさまざまで一律に規制することは難しい」というのがその理由でした。

さらに車いす利用者の送迎中に各地でどんな事故がどの程度起きているのか、全国的な統計もないと言います。

安全な方法を知りたい

実は、こうした実態や対策に詳しいのは行政や介護事業者ではなく、送迎車両の貸し出しや販売を行っている事業者でした。事故が起きると情報が集まるためです。
富山県内で車両の貸し出しや販売をしている会社の社長、木下憲司さんに事故について聞くと「大きな事故が起きてしまった。基本的に福祉車両はそんなにスピードは出さないが…」と硬い表情で語りました。

より安全な送迎とは?

実際にはどんな点に気をつければいいのか、教えてもらいました。

まずは、車いすのフレームの強い部分に専用のフックをひっかけて車いすを車内に固定し、転倒しないようにします。車いすの形状はさまざまなためどこにひっかけるのか正しい知識が必要だそうです。

そしてシートベルト。腰と胸部を抑える3点式シートベルトが基本ですが利用者の身体的な状況によっては首にベルトがかからないよう2点式を選択することもあります。
この際に注意しなければならないことがあると木下さんは強調します。

車いすには、座席の横にひじを置く「アームレスト」がありますが、この上にベルトを通すと衝撃による力が腰の骨にあたらず、内臓や胸を圧迫するおそれがあるのです。
木下さんは講習会などでこうした注意点を繰り返し伝えていますが、今回のような事故が相次ぐ中で注意点が十分認識されていないと感じています。
木下社長
「高齢者は一人一人状態が異なるうえ、車いすもさまざまな種類があるからこそ、十分な安全対策を考えてとらなければならない。でも、施設によってはきちんと情報共有ができていない実情もある。今後も注意を呼びかけていきたい」

事業者の本音は?

なぜ、安全対策が現場に広まらないのか?
私たちはある介護事業者の集まりで疑問をぶつけてみました。

するとある男性はこう言いました。
男性
「行政が指導を強化しないかぎり、安全対策は進まないだろう」
デイサービスの施設での食事や入浴などは法令で人員の配置などにこまかな基準が定められています。

しかし、介護職員などが行う送迎については、特段の規定がないうえ、国は施設に自主的な安全対策を講じるよう求めるにとどまっている以上、事業者まかせの対策は進まないというのです。
男性
「介護施設は利用者を奪い合うライバル関係にもあり、横のつながりが薄い。良いことも悪いことも含めて情報共有が進んでいない」

“送迎が想定されていない車いす”

超高齢化が進み、介護保険を使って車いすを利用している人は、全国で少なくとも73万人に上っています。

こうした中でより効果的な対策はないのか?私たちは車いすの送迎の安全対策を研究している元神奈川県立保健福祉大学講師の藤井直人さんを訪ねました。

そこでまず見せられたのは、イギリスで撮影された実験映像です。
75キロの人が車いすで送迎されている時に時速50キロで衝突したときに受ける衝撃を再現した実験です。
「車いすの固定や3点式のシートベルトの着用はもちろん必要ですが、通常の座席に義務づけられているヘッドレストが車いすにはないために、非常に危険な状態になることがわかりますよね」
そのうえで藤井さんはこう指摘しました。
「これまでの車いすは日常生活をいかに便利にするかという視点で作られていますが、車に乗せて送迎するという状況は想定されていません。だからこそ危険なのです」

送迎専用の車いすを!

藤井さんは大手自動車メーカーが開発した車いすを紹介してくれました。
車の座席と同じように、20Gの衝撃に耐える強度があるほか、ヘッドレストも装備しています。アームレストや車輪などの形状も工夫され、シートベルトや車内に固定するフックが確実に装着できるよう工夫されています。

ただ価格は20万円ほどで、送迎のためにこうした車いすを誰が用意するのかや安全基準などの策定が課題です。
藤井さん
「安全な車いすが普及していない中で、現場の介護職員は安全確保に苦労しているのが現状だと思う。厚生労働省や国土交通省など国の関係機関などが協力して安全な送迎に向けた車いすの基準を作っていくことが必要です」

外出の楽しみが事故に変わらないように

最後に富山市の事故で亡くなった94歳の女性、吉田美津江さんについて家族から伺った話です。

吉田さんは若いころから絵を描くのが大好きで、自宅には、吉田さんが描いた雪景色や町並みなどの水墨画が飾られていました。
4年前に足を悪くして寝たきりに近い状態になってからは、外出できる週3回のデイサービスを楽しみにしていました。家族は今でも「シートベルトをしていたのになぜ亡くなったのか。どうすればよかったのか」と話しています。

車いすでの外出が悲しい事故に変わらないためにも送迎時の安全確保が今こそ、求められていると感じました。
※車いす利用者の送迎について同じような経験やご意見をお待ちしています。下記の投稿フォームよりお寄せください。
函館放送局記者
浅井優奈
平成30年入局
事件・事故を中心に幅広く取材
富山放送局記者
山澤実央
平成31年入局
警察・司法を担当