「人生会議」炎上騒動 その後に何が?

「人生会議」炎上騒動 その後に何が?
あなたは、人生の最終段階をどう迎え、何を大切にしたいと思いますか。
そうしたことを日頃から身近な人と話し合ってもらおうと、「人生会議」という言葉が生まれました。しかし、これを周知しようと厚生労働省が作成したポスターに批判が集まり、一日で公開を停止するという騒動に発展しました。一体何が起きたのか。関係者はどう受け止めたのか。そして、そうした混乱を経て、今、何が生まれているのでしょうか。(制作局 チーフ・ディレクター 市川衛)

騒動となったポスター

これが、騒動のもとになったポスターです。厚生労働省が、「人生会議」の言葉と考え方を広めようと作成しました。

お笑い芸人の小籔千豊さんが死期間近の人に扮し、命の危機が迫ったら想いも伝えられなくなる。その前に人生会議をしよう、と訴えています。

抗議した患者団体は

卵巣がんの患者団体代表の片木美穂さんは、公開当日の11月25日に自身のSNSタイムラインに流れてきた、ポスターのデザインを見て、目を疑いました。
片木さん
「青ざめた色味や鼻のチューブで、『死』を恐ろしいものとイメージさせていると思いました。病院にも掲示される可能性があると聞き、がんなどで治療を受けている患者さんやご家族が見たら、恐怖心をあおられるのではないか。その気持ちを考えているのだろうか」
これまで6500件もの当事者や家族の相談にのってきた片木さん。
もともと人生会議には賛同していましたが、ポスターに関しては「いま治療を受けている患者や家族の気持ちに配慮してほしい」と訴える抗議文を作成し、団体のサイトに掲載。厚生労働省にも送りました。

同時に、SNS上では、がんの経験者や医療関係者から「生き死にに関わることをちゃかしている」「恐怖をあおっている」など、違和感を訴える声が広がっていきました。

厚生労働省は、どう受け止めたのか

厚生労働省の島田志帆さん。「人生会議」の普及を担当し、ポスターのデザインや文言のチェックも行いました。

抗議文を読んで、闘病中の患者や家族などへの配慮が十分でなかったと感じ、翌日の26日の夜には厚生労働省として、ウェブサイトでの公開と自治体への配布の停止を決めました。

しかし、ポスターや関連のイベントを含めた啓発事業に関しては、4000万円以上の税金が投じられることになっていて、停止が報じられたのち、そのことも批判の対象となりました。
島田室長
「人生会議については、若い層など、ふだんは関心が無い人にも興味を持ってもらうことが求められていました。そこでポスターを作成し公開しましたが、患者や遺族を傷つける内容との意見をいただきました。さまざまなプロセスにおいて患者団体や有識者の方々に議論に参加いただいていたので、意見を聞くとか、もう少し丁寧な対応をしておけばよかったと思っています」

反論に反論 広がる波紋

その後、事態は予想外の展開を迎えます。今度は「停止すべきではなかった」という声が、SNSなどを中心に広がったのです。
「関心がない人に『刺さる』ことを優先しているんだから当たり前だろ」「正直、これの何が問題なのかよくわからん」。

こうした声を上げた人の中には、5万人以上のフォロワーを抱える医療関係者や、著名ながんの当事者もいました。

抗議をした片木美穂さんのもとには、批判のメールが殺到。その数は100通を超えているといいます。
片木さん
「私も抗議文で、つい感情的な表現を使ってしまい、それが批判を生んだ部分はあると思っています。ただポスターを見たとき、『死に方を決めなければならない』というような、人生会議の本質を誤解したメッセージが広がってしまうと危機感を覚えました。だからこそ改善してほしいと考えたのですが、真意が伝わらなかったことは残念です」

そもそも人生会議とは

「人生会議」は、1990年代に米国を中心に始まった動きがもとになっています。

当時、過度な延命治療が問題視され、本人が望む形の治療を求める声が高まりました。そこで広がったのが、「人生の最終段階において望む治療を事前に決め、書面に残しておく」という「アドバンス・ディレクティブ(事前指示書)」の取り組みです。

しかしその後、「一度決断した後でも、意思は変わりうる」「元気なうちに書面を作るのは、ハードルが高い」といった課題も指摘されるようになりました。

そこで生まれたのが、「アドバンス・ケア・プランニング(話し合いによる共有)」の考え方です。

「決める」ことにこだわるのではなく、自分が大切にしている価値観や望む治療・ケアを、家族や医療関係者と繰り返し話し合って共有しておくことが大事なのではないか、というものです。

このアドバンス・ケア・プランニングの名称を、もっと親しみのあるものにしようと、厚生労働省が愛称を広く募って2018年11月に生まれたのが「人生会議」という言葉でした。

新たに始まった動き

SNS上での騒動はその後、10日ほどでほぼ沈静化。公開から1か月たつ今、ポスターをキーワードに、新しい情報発信の形を作ろうとする動きが広がっています。
このポスター、個人が作ってSNSで発信したものです。訪問診療医の紅谷浩之さんが、自らが関わった男性とのエピソードをポスターにしました。

肺がんで訪問診療を受けながら自宅で家族と過ごしていた男性。家族や紅谷さんと、病気のことも病気以外のことも、ふだんから話をしていました。
病気が進行し、体力が衰えるなかで、男性は楽しみにしていた娘のソフトボールの試合の観戦に行くかどうか迷います。しかし家族と紅谷さんは、症状が悪化する可能性を承知したうえで賛同しました。男性は観戦して、いっぱいの笑顔と力強い声で応援しました。そしてその翌日、自宅で息を引き取りました。

紅谷さんは、「死に方を決める」ことにこだわるのではなく、「決めなくてもいいから、いっぱい話をしよう」というメッセージを、自作のポスターにこめたのだといいます。
紅谷さん
「在宅医療の現場にいると、人生会議のかたちは、人それぞれに違うものがあると実感します。誰かが『こうである』と決めつけるものではなく、例えば『人生会議はしたくない』とか『もう少し待ってもらいたい』という選択だって尊重されるべきものです。だからこそ、ただ一つのポスターで『こうしないと大変なことになりますよ』と決めつけるのは違うのかもしれません。人それぞれに違う選択がある、だから、人それぞれに違うポスターがあっても良いんじゃないか、と思ったんです」
紅谷さんのポスターは共感を呼び、「#人生会議勝手にポスター」と名付けられ広がります。

写真やメッセージを入れ替えて自由にポスターを作り、ハッシュタグをつけてSNSに投稿されています。現在までに確認できただけでも、50以上のポスターが作られています。

広がる「#人生会議勝手にポスター」

12月22日、東京・千代田区で開かれた「デジタルヘルス学会学術大会」。ITなどデジタル技術を活用したヘルスケアの新しい取り組みが発表される場で、様々な人の作ったポスター20点以上を集めた展覧会が開かれました。
大学院で公衆衛生に関する研究を行っている男性(31)は、「いろんな見方や意見があることに驚いた。何より、自分自身も親と人生会議をやってみようと思えた」と話していました。

厚生労働省のポスターの制作に関わった島田志帆さん。ポスターをきっかけにして新たな発信の形が表れたことに、新鮮な驚きを感じたと言います。
厚生労働省 島田室長
「国から言われるのではなく、みなさんが自分ごととして考えてくださっている。今後国としても、患者・医療従事者の意見をしっかり聴きながら、検討し、取り組んでいきます」

「決めなくてもいいから、いっぱい話をしよう」

日本はいま、世界に類を見ない超高齢化社会、裏返していえば、多死社会を迎えつつあります。今回、人生会議のポスターをめぐって騒動が生まれたのは、急激に進む社会の変化の中で、それぞれの死生観がぶつかり合った側面もあると思います。

どのような形で人生の最終段階を迎えるのが望ましいのか。ほんとうに人それぞれです。

「決めなくてもいいから、いっぱい話をしよう」
今回の取材のなかで、私の心に最も響いたメッセージです。

ポスターをめぐる騒動を通じて、皮肉にも広がった「人生会議」という言葉の認知。それを今後、よりよい形につなげていくにはどうすればよいのか。

みんなで、いっぱい話をしませんか?
制作局 チーフ・ディレクター
市川衛