“車上生活” 漂うわけは

“車上生活” 漂うわけは
ことし8月に起きたある事件。50代の女性が軽乗用車に92歳の母親の遺体を放置したとして逮捕されました。女性は家族3人で1年にわたって車上生活をしていました。
“家族で車上生活”
いったい家族に何があったのか。なぜ、そうした生活を送っていたのか。事件の背景に迫ろうと、私たちは取材を進めました。
(前橋放送局記者 渡邉亜沙)

車上生活家族の死体遺棄事件

お盆休みも終わった8月20日。群馬県内では、最高気温が30度を超える暑さが続いていました。
この日、群馬県警がある事件について発表しました。

「死体遺棄被疑者の逮捕」
これが、すべてのきっかけでした。
内容は「50代の女性が92歳の母親とみられる女性が死亡しているにもかかわらず、遺体を軽乗用車に放置した」というものでした。これだけでは、ニュースの原稿にするための情報が不足していたため、後輩の警察担当の記者が警察署の幹部に取材しました。
すると「逮捕した女性が、母親と息子、家族3人で1年にわたり軽乗用車の中で生活していた」ことがわかりました。

“家族で車上生活をしていた?”
“路上生活者とはどう違うの?”
“しかも、家族で?”

私たちの疑問は膨らみました。
警察の発表で、女性の出身地が大まかにわかったので、私たちは取材班を組んで周辺を回りました。しかし、家族がどこで車上生活を送っていたか具体的な手がかりはつかめませんでした。
私たちは、車上生活の拠点は自由に駐車することができて、トイレが利用できる「道の駅」ではないかと仮説を立てました。この時点では“勘”です。

近くに「道の駅」はないか

取材でたどりついた女性の住んでいた家から車で10分ほどのところに広大な駐車場つきの「道の駅」がありました。当然、トイレは24時間使用できます。

8月末、ある日の夕方、道の駅の駐車場の隅に車を止め、様子をうかがいました。店舗が閉まった午後7時。まだ空に明るさが残っていました。

そして、1時間後の午後8時、空は真っ暗に。駐車場には、わずかな街灯しか明かりはありません。
「1台2台・・・・10台」
一定の距離を置いて車が止まっていて、動く気配はまったくありません。
中には、外から見えないように目張りをしている車もありました。明らかにキャンプやレジャーのためではない雰囲気を感じました。

「あの家族と同じように、車の中で生活する人ではないか」
この日は、状況だけを確認し、引き上げることにしました。
捜査関係者に、“勘” だけを頼りに、家族がいたのは「道の駅」ではないかと聞き続け、9月6日、ある道の駅の名前をつぶやいてくれました。ついに現場がわかりました。私たちが状況を確認した道の駅とは場所が違い、少しがっかりしましたが…。

家族が生活していた道の駅

翌日、私たちは、家族が生活していたという道の駅を訪ねてみました。
道の駅は、駐車場やトイレが24時間開放されていて食事をとることもできます。道の駅にある店舗では、地元産の野菜などが販売されていて、日中は家族連れでにぎわっていました。

店舗の営業が終了し、人の姿がなくなった午後9時。この道の駅でも、駐車場には、動く気配がない車が数台止まっていました。車の中で生活する人たちが、ここにもいました。
道の駅の従業員や頻繁に利用している運転手などに話を聞くと、この家族と見られる人たちを目撃していました。

9月9日、逮捕された女性が不起訴となりました。これによって公開の法廷で裁判が行われないことになり、なぜ家族で「車上生活」を続けてきたのかは、詳しいことはわかりませんでした。事件としては、ここで区切りとなりました。

各地の道の駅に車上生活者が

私たちはここであきらめず、取材を続けました。
ほかの道の駅にも、同じように車上生活をしている人たちがいるのではないかと考えたからです。

関東地方のすべての道の駅132か所に、記者とディレクターあわせて4人で電話取材したところ、驚くべきことがわかりました。
「車で生活している人がいた」と答えた道の駅が全体の36%にのぼったのです。
さらに、車上生活をしていたとみられる人が少なくとも9人亡くなっていたこともわかりました。
ある道の駅の従業員は、「駐車場の出入り口にある看板の近くで、脳梗塞と見られる症状で突然倒れたり、熱中症みたいな症状で救急車を呼んだりしたことが何度もあった。きっと声をかけて話ができていれば、死ななくて済んだかも知れない」と話してくれました。
さらに、こうつぶやきました。
「道の駅で亡くなっているのを、珍しく思わなくなっている自分がいる」
衝撃的なことばでした。
これは、いったいどういうことなのか。私たちは、社会の“新たな断面”と捉え、さらに取材を進めることにしました。

厳しい車上生活

9月に入り、私たちは、事件の取材と並行しながら、群馬県内の「道の駅」を1か所1か所、毎晩のように回りました。車上生活をしている人が乗っていそうな車を見つけては声をかけ続けました。

群馬県内には32か所の道の駅があります。各地の道の駅の従業員に車上生活をしている人がいるか尋ねると「あそこにいるよ」と即答してくれますが、車上生活をしている人とは、ほとんど接点はありませんでした。
従業員たちは、車を自由に駐車できる場所に止めているので、黙認しているというのが現状でした。

私たちは道の駅で車上生活をしている人たちに取材を申し込みましたが、話を聞かせてくれる人はなかなかいませんでした。わかってはいましたが…。


取材を始めておよそ2週間、群馬県内のある「道の駅」で66歳の男性に出会いました。軽乗用車の中で1年近く生活を続けているといいます。
最初は取材を断られましたが、2週間通い、ようやく取材に応じてくれました。男性は、車の中を見せてくれました。
車のドアを開けると、生活用品がぎっしりと詰め込まれていました。後部座席の後ろにはカセットコンロ、座席の背もたれ部分には鍋のふたが2つ掛けられていました。食材があれば調理することもあるといいます。
後部座席のシートの上には座いすが置いてあり、毎日、ここで寝ているそうです。あおむけに足を伸ばして眠ることはできない広さでした。

男性は、少しかすれた声で話し始めました。
「この生活を始める前は体重が70キロほどあったが、40キロぐらいまで落ちた」
“生活保護を受けようと考えないのか”。素朴な疑問をぶつけてみました。
男性は、少し憤った口調でこう話しました。
「知らない人は、こんな生活をしているのだったら、生活保護でも受けたらいいと簡単に言うよね。でも、1回市役所に行って聞いたら“車、持ってんでしょ”と言われ却下された。パッと切られて終わり」
厚生労働省によると、車は資産とみなされるため、原則、車を持っていると生活保護は受けられないということです。

車を手放さない理由は

男性は去年、トラック運転手を辞め、生活が行き詰まるようになりました。新たな仕事を探すためには、車が必要だと考え、手放すことは考えなかったといいます。
さらに生活費の収支にも、手放さない理由がありました。
男性の現在の収入は、月に10万円の年金だけ。アパートで暮らすと家賃4万円に加え、食費や光熱費などもかかるため支出はあわせて14万円。毎月4万円ほどの赤字になります。
車上生活では、家賃、光熱費がかからなくなり、支出は年金の範囲内で済みます。しかし、冷蔵庫がなく、その都度食材を買うため、食費がかさみ、ギリギリの生活です。

私たちは取材の中で、男性の半生について聞いているとき、あることに気づきました。
車を「手放さない」のではなく「手放せない」のではないか。

男性は、私たちにあるものを見せてくれました。妻の写真です。
長年連れ添った妻を7年前に亡くしていました。旅行に行って、妻と腕を組んでいる写真。手をつないで正面を向いた笑顔の写真もありました。
男性には、子どもはおらず、この車でドライブに出かけるのが夫婦の楽しみでした。妻との思い出が詰まった車を手放せないのです。

男性が、絞り出すように私たちに発したことば。
「いなくなるとがっかりだよね。夢も希望もなくなっちゃった」
車という小さな空間に、男性の人生やプライド、思い出までも詰まっているように感じました。

頼る人がいない親子も

家族関係のトラブルから車上生活を余儀なくされた家族もいました。
出会ったのは、幼い子どもを連れている30代の女性。今は、行政の支援を受け、夫と3人の子どもとアパートで暮らしています。

車上生活をしていたのは3年前の冬。当時、長女は1歳、長男を妊娠中でした。
女性は、当時の生活を切々と語りました。
「車がなかったら野宿するしかないので、雨風をしのげる唯一の場所だった。インターネットカフェは子どもがいたらダメで、どうしようもなかった」
なぜ家族で車上生活に。
夫婦とも両親とは疎遠で、きっかけは同居していた親戚とのトラブルでした。日雇いの仕事をしていた夫婦の収入は、月10万円ほど。アパートを借りる余裕はありませんでした。

女性は、車上生活を送っていたときの子どもへの思いを口にしました。
「仕事は夫婦でどちらかが交代で行って、空いている方が子どもを寝かせる。永遠にこの生活かと思った。車上生活で一番つらかったのは、子どもが泣いたとき。寒い中、外であやしていた、ごめんねって」

全国の車上生活者

私たち取材班は3か月にわたり、全国で50人を超える「車で生活する人」や「過去に車で生活していた人」を取材しました。車上生活は「貧困」の問題としてひとくくりにはできない難しさがあります。

小さい頃から家族に虐待を受けるなどした影響で人を避けるようになった20代の男性。
70代の男性は、認知症の妻がはいかいして近所に迷惑をかけないかと心配し、夫婦でアパートを出たケースもありました。
失業や家族間のトラブルなど、ふとしたきっかけで「車上生活」を余儀なくされる人たちが多くいました。

取材を通して、車が、社会に居場所が見つからない人の逃げ場になっているのではないかと感じました。
前橋放送局記者
渡邉 亜沙
平成29年入局。
山口局を経て前橋局警察キャップ。
事件・事故を中心に幅広く取材。