消えた若者たち~30年後の現実

消えた若者たち~30年後の現実
「国民は絶望している。人がいなくなっているのです。老人と子どもだけの村が広がっています」
そのことばを聞いたのは、東欧のルーマニアでした。ちょうど30年前の1989年12月、チャウシェスク大統領による独裁政権を倒し、民主化に動き出したこの国が、いま危機的な状況に陥っているといいます。何が起きているのか。現地を取材しました。
(ウィーン支局 禰津博人)

老人と子どもの村

首都ブカレストから北へ約400キロにある、ボティザ村。到着してまず気付いたのは、高齢者と子どもの姿しか見かけないということでした。かつては石炭産業や林業が盛んだったというこの村、12年前、炭鉱が閉鎖されてから次第にさびれ、多くの働き盛りの若者たちが西側のヨーロッパ諸国で働くため、次々と村を出て行ったといいます。
古い家が建ち並ぶ中、ところどころに新築の家が建っているのが目をひきました。地元の人に聞くと、海外に働きに出た人たちによって建てられた「出稼ぎ御殿」だといいます。村の経済は、こうした外からの収入にかなり依存していることがわかりました。
この村に暮らす、マリア・ペトレウッシュさん(50)家族も、典型的な「出稼ぎ一家」です。夫はリンゴの収穫のためにイタリアに働きに行っていて不在。20代の4人の娘たちもドイツなどで農作業に従事するために家を留守にすることが多いといいます。
ペトレウッシュさん
「こちらの家具はすべて出稼ぎのお金で買ったの。お風呂場も改装できたわ」
私が訪ねた時、次女のマリアさんがちょうどドイツから一時帰国していました。多いときは月に3000ユーロ近く、日本円で35万円ほどを稼いでいたと言い、10歳の娘と2歳の息子を実家に残して、またすぐにドイツに戻るといいます。
次女のマリアさん
「若者たちはみんな国を出て行きます。村には仕事がないから仕方がないのです」
30年前に民主化の道を歩み始めたルーマニアは、自由と繁栄を夢見て2007年には悲願のEU加盟を実現。しかし、加盟国になるとEU域内の移動や就労の自由が保障されるため、若者たちは、給与水準が高い西側諸国にどんどん出て行くようになりました。

革命から30年がたち、夢にみたEU加盟がもたらしたものはなんだったのか。ペトレウッシュさんのことばに、私はショックを受けました。
ペトレウッシュさん
「この村からいずれ若者はいなくなるでしょう。ルーマニアがEUに加盟したときは、もっと生活がよくなると思った。でも、チャウシェスクもよくはなかったけど、今よりかはましだと思うわ。この先どうなるか全く見えません」

西側に医者を奪われた

ルーマニアが抱えるもう1つの問題。

それは、専門的な知識を持つ人たちの「頭脳流出」です。その問題は、医療現場で特に深刻であることがわかりました。
首都ブカレストで最大級の病院に向かうと、フローリン・キルクレスク手術長が取材に応じてくれました。
キルクレスク医師
「ルーマニアの病院には、患者に対して必要な医師は半分しかいない状況です。誰がルーマニアの国民の治療を行えばいいのでしょうか。西側諸国は、ルーマニアが育てた医師を次々と奪っていきました」
キルクレスク医師によれば、ルーマニアでは、イギリスやフランス、ドイツなどに出て行く若い医師が後を絶たないといいます。こうした国々では10倍以上の収入を得られるケースもあり、医師としてのキャリアアップをはかれることが主な理由なのだそうです。
危機感を感じた政府はおととし、医師の給与を大幅に値上げする措置をとりましたが、今も1日あたり6人の医師が西側に出て行こうとしているという推計もあり、頭脳流出に歯止めをかけられる見通しはたっていません。

東西の見えない壁

東西冷戦が終結してからこの30年で、ルーマニアの人口はどれぐらい減ったのでしょうか。1989年の人口はおよそ2300万人。ところが現在は1900万人台にまで落ち込んでいます。実際はさらに多くの若者が国を去っているという指摘もあるそうです。
人口流出の背景には、経済的な問題だけでなく、ルーマニアの社会につきまとう汚職問題が事態の悪化に拍車をかけていると、この問題を調査してきたNGOのエレナ・カリストル代表は指摘します。
NGO カリストル代表
「人口の割合で見ると、流出は信じられないほど大きく、シリアなど紛争国並のペースです。また労働人口の3割が国外にいるという数字もあります。近年は、経済的な理由だけでなく、まん延する汚職、そして社会制度が充実していないなど複合的な事情から、人々が海外に流出する傾向にあります」
ただ、こうした状況は、ルーマニアに限ったことではありません。
ウィーン人口動態研究所、トーマス・ソボトカ主任研究員の調査によれば、東欧諸国は、1989年にベルリンの壁が崩壊し、冷戦の終結で経済環境が急激に変化したことを受けて各家庭の出生率が低下。さらに、EUに加盟したことで、東側の若者たちが、政治情勢が安定し、経済が繁栄している西側に移る傾向が進んだといいます。その結果、ルーマニアの人口は、30年近くで15%減少。同じく東欧のブルガリアでは19%減少しています。

このペースで進めば、国の存続すら危ぶまれる事態だというのです。
一方、EU全体で見ると、人口は9%増加。この30年近くの人口増減を色分けして記したヨーロッパ全体の地図を見ると、東西の格差は一目瞭然です。

あたかも東西を分断する「新たな壁」が存在しているようにも見えます。

変化の兆しも

こうした東欧諸国にも、変化の兆しが少しずつ出てきています。ルーマニアでは長らく政治の混乱が続いていましたが、11月の大統領選挙などをへて、「まともなルーマニアを取り戻そう」をキャッチコピーにした政権が誕生、汚職や腐敗対策に乗り出しています。国民の間には、反汚職の機運が高まりを見せているといいます。
NGO カリストル代表
「冷戦時代の半世紀、独裁政権のもとで東欧諸国の人々は、恐怖と貧困にさらされるトラウマのような生活を送ってきました。冷戦は終結しましたが、過去半世紀の遅れは、いまだに取り戻せていないということでしょう。確かにルーマニアは前進はしているのですが、多くの障害があり、例えるなら、ハンドブレーキをかけたまま動いている車のような状況なのです。

しかし、ここ数年は、多くの国民が反汚職のデモに参加するなど、このままではいけないという考えが広がってきました。私たちの責任でこの問題を解決しなければならないと、人々は学び始めているのです」
冷戦終結から30年たって、改めて見えてきた、埋まらない経済格差という壁。人口流出が一層進み、国家は存亡の危機に陥ってしまうのか、それとも、若者たちが国に戻ってくるような魅力ある社会を築いていけるのか。東欧諸国は新しい試練を突きつけられています。
禰津博人
平成14年入局 横浜局 テヘラン支局 ワシントン支局などをへて現在、ウィーン支局で中東欧と国連、核問題を担当