“おひとりさま”になったら あなたの財産、誰に託しますか

“おひとりさま”になったら あなたの財産、誰に託しますか
「あなたたちがいるから安心して死ねるね」。88歳の女性は冗談めかして、しかも、何だかうれしそうな表情で、そう話しました。女性が話していたのはスーツ姿の信用金庫の職員でした。高齢化が進む中で、一人で暮らす高齢者が増えています。独身の人に限った話ではありません。夫に先立たれた人。事情があって親族を頼れない人。子どもが遠方で働いている人。誰もが“おひとりさま”になり、ひとりで最期を迎える可能性があります。こうした人たちの老後のお金の管理から、亡くなった後の面倒までみようという動きが、いま金融界で静かに始まっています。(経済部記者 野口恭平)

大手信託の“おひとりさま”サービス

取材のきっかけは、大手の三井住友信託銀行が始めたあるサービスでした。東京・港区のオフィスに、一般社団法人「安心サポート」という団体をつくって2月から活動を始めました。
サービスの主な対象は、信託銀行のお客で、家族がいない人や、近くに頼れる知り合いがいない「おひとりさま」。お客が自立して生活しているうちに、任意の成年後見の契約を結びます。そして病気で寝たきりになったり認知症になったりした場合は、団体が成年後見人として、日常のお金の管理、老人ホームなどに入所する手続き、葬儀や自宅の片づけ、遺産相続の手続きなどを行います。サービスのおもな料金は、こうなっています。
団体によれば、利益があがる料金設定ではないとのこと。代表理事の木村繁さんはサービスのねらいを、次のように話します。
「昔と比べて家族の絆が薄くなっている中、われわれが家族の代わりになれればと思っています。大手の金融機関がやっているということで、安心感も持ってもらえるのではないでしょうか」

銀行が家族の代わり?

とはいえ、本当に銀行が「家族の代わり」になれるのでしょうか?実際に利用している人に話を聞いてみたいと、信託銀行にお願いしましたが、始まったばかりということもあって、タイミングよく取材に応じてくれる人が、いませんでした。そこで、先行してサービスを始めていた静岡県の沼津信用金庫を訪ねてみました。
信金では、2年前に一般社団法人「しんきん成年後見サポート沼津」を設立。これまでに20人以上と成年後見の契約を結んでいます。

これで安心して死ねる

そのうちの1人、88歳の女性に話を聞きました。本人の了解を得て、信金が紹介してくれました。
女性は、独身で子どもはいません。子どものころに父親を亡くし、母親と2人暮らしだったそうです。その母親も15年前に亡くなりました。近くに頼れる親族もいません。女性には、自分で働いた蓄えに加え、母親が懸命に働いて残してくれた家や財産がありました。80歳を過ぎたころから「自分が亡くなった時、この財産はどうなるのだろう」と不安になっていたそうです。特に心配だったのは、自宅が放置されて近所の人たちに迷惑をかけはしないか、ということでした。
そんな時に知ったのが、長年取り引きしていた沼津信金の取り組みでした。ことし8月に成年後見の契約を結び、自分が認知症などになった場合の、老人ホームへの入所手続きを信金側に依頼しました。最期を迎えたら、通夜はどこで、葬儀はどこで。遺骨は、母親が眠る寺のお墓に一緒に入れてもらうことも決めました。財産が余った場合はお寺に寄付する予定で、遺言書も書きました。
1人暮らしの女性
「年を重ねると、ぼけがいちばん心配なんですね。緊急の連絡先を聞かれても、私には、ふだん家に来てくれるケアマネージャーさんしかいませんでしたが、今は信金がいてくれます。よりどころがあるのがいちばんで精神的にも安心です」
とても重たい話ですが、女性は、笑顔でこう話してくれました。
「これで安心して死ねるね。お金が残らないように自由に使いたいね」

妻がひとりで困らぬように

“おひとりさま”の不安は独身の人に限った話ではありません。次に話を聞いたのは76歳の男性。4歳年下の妻が、認知症になり特別養護老人ホームに入所しています。男性の心配は、自分が先に亡くなって妻がひとりきりになってしまうことでした。日常生活の支援は施設でしてもらえますが、お金の管理や保険の手続きは妻にはできません。妻がおひとりさまになることを考え、眠れない日が続いたといいます。このため男性も、成年後見の契約を結んで、信金に託したのです。
橋本一男さん
「何かあった時には信金さんがついている、オレは家族だと思ってる。オレに何かあっても、妻は死ぬまで面倒みてもらえる」
妻のことを気にかける男性のことばが、強く印象に残りました。男性はベッドの横に、信金の担当者の電話番号を記した紙を貼り、毎晩、その番号を見ながら安心して眠りにつくそうです。この人には信金が頼りになっていることがよくわかりました。

NPOに寄付しませんか?

“おひとりさま”の人たち対する新たなサービスも始まろうとしています。冒頭で紹介した三井住友信託銀行がいま力を入れているのが「遺贈」です。遺言書に、財産を寄付する先を書いておき、死後、社会のために役立ててもらう手続きの1つです。秋には、遺贈をテーマにしたセミナーを初めて開催しました。

会場には「子どもがいないので、遺贈をして社会に恩返ししたい」という人や「相続人の家族はいるが、自分の信念に基づいて、遺産が使われるようにしたい」という高齢者が参加していました。
本人の意思による「遺贈」や、故人の遺志を受けた「寄付」は、徐々に増えているようです。国税庁に「NPO法人などへの遺贈」(本人)と「相続財産の寄付など」(家族など)の件数を確認したところ、平成25年は合計369件・299億円でしたが、平成29年には615件・316億円に増えていました。

信託銀行は、遺贈先を紹介するために、難病の子どもを支援する団体や認知症の家族を支援する団体など、NPO法人との関係を深めています。希望があれば、NPOの活動を視察する橋渡しも考えているそうです。
「金融仲介は銀行の本業です。資金が不足しているNPO法人がいて、資金を遺贈してもいいというお客様がいるならば、両者を結び付けていきたい」

取材を終えて

独り身の高齢者の支援というと、通常は、地域の福祉・介護関係者が担い手になっていると思います。今回の取材では、そこに信用金庫が加わる形になっていました。「しんきん成年後見サポート沼津」のスタッフと地域の包括支援センターに所属するケアマネージャー、訪問介護を行うヘルパーが綿密に連絡を取り合っていたため、利用者も信頼してさまざまな手続きを託していました。

人生の終盤をどう過ごすか。自分の生き様をどのような形で残すのか。この世を去ったあと、まわりに迷惑をかけないためには。金融機関が支援に加わって、こうした悩みを少しでも解消することができれば「安心して死ねる」と話せる人が増えるかもしれない。素直にそう感じました。
経済部記者
野口恭平
平成20年入局
徳島局を経て経済部で
電機・国交省・金融などを担当