俳優の梅宮辰夫さん死去 81歳

俳優の梅宮辰夫さん死去 81歳
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映画「仁義なき戦い」などに出演した俳優で、バラエティー番組などでも人気を集めた俳優の梅宮辰夫さんが12日朝、慢性腎不全のため亡くなりました。81歳でした。
梅宮さんは旧満州、今の中国東北部の出身で、大学在学中に東映ニューフェイスに合格し、昭和34年にデビューしました。

その後、アクション俳優として長年にわたって活躍し、映画「不良番長」シリーズや「仁義なき戦い」などに出演して、渋みのある演技で人気を集めました。

また、趣味の釣りや料理をいかして数多くのバラエティー番組などにも出演したほか、実業家としても漬け物のチェーン店を展開し、マルチな才能を発揮しました。

梅宮さんは、平成28年6月に十二指腸乳頭部がんであることが分かり、9月には娘のアンナさんが会見して「とにかく元気だから騒がないでくれ」という梅宮さんのコメントを出していました。

その後もドラマの撮影に臨むなど元気な姿を見せていましたが、前立腺がんや尿管がんの手術を受けたほか、人工透析をしていることを明らかにしていました。

所属事務所によりますと、がんの手術は6回に及んだということです。

梅宮さんは12日朝7時40分、神奈川県内の病院で慢性腎不全のため亡くなったということです。81歳でした。

小林旭さん「兄弟のようなつきあい 寂しい」

梅宮辰夫さんが亡くなったことについて、映画「仁義なき戦い」などで共演した歌手で俳優の小林旭さんは「梅宮とは、何度か共演した仲で兄弟のようなつきあいをしていた。昭和の昔の話し相手が、また一人いなくなったのは寂しい」というコメントを出しました。

山下真司さん「最後まで最強のオヤジだった」

梅宮辰夫さんが亡くなったことについて、民放のテレビドラマ「スクール☆ウォーズ」で共演し、その後も親交のあった俳優の山下真司さんは、「昭和の大スターは面倒見がよく、稀代の大食漢、そして酒も強かった。そんな豪快な梅宮さんが逝ってしまった。最後まで最強のオヤジだった。御冥福をお祈りします」とコメントしています。

ドラマで共演 和田アキ子さん「電話番号を消すのがつらい」

梅宮辰夫さんが亡くなったことについて、民放のテレビドラマ「スクール☆ウォーズ」で共演した歌手でタレントの和田アキ子さんは「スクールウォーズで夫婦役をやった時からずっとかわいがっていただいて、私はアンちゃんって呼ばせてもらっていました。撮影現場では、アンちゃんがお弁当を何度も作ってきてくれて、それがとても楽しみだったことを覚えています」と当時を振り返ったうえで、「また電話番号消すのがつらいです…心からご冥福をお祈り申し上げます」とコメントしています。

ドラマで共演 石坂浩二さん「ただ悲しくつらいばかり」

民放のテレビドラマ「やすらぎの刻 道」で闘病中の梅宮辰夫さんと共演した俳優の石坂浩二さんがコメントを出し、「お体の調子はあまりすぐれずつらそうに見えました。撮り終わって『セリフをやっと覚えただけで芝居をやれなかった。これじゃダメダ。ワルカッタ・・・』。悔しそうでした」と撮影現場での様子を振り返ったうえで、「何もしてあげられず…ただ悲しくつらいばかりです。梅宮さん立派に芝居になっていました!」などとつづっています。

モノマネ ロバート秋山さん「偉大すぎる存在でした」

梅宮辰夫さんのモノマネで人気を集め、本人とも交流があったお笑いトリオ・ロバートの秋山竜次さんは「とうとう別れが来てしまい悲しいです。偉大すぎる存在でした。感謝しても感謝しても全くもって足りません。頂いた優しい言葉、豪快さや迫力、器が大きくカッコいい所、全て忘れません。本当にありがとうございました。心よりお悔やみ申し上げます」というコメントを出しました。

釣り仲間「常に包丁持ち歩き 魚をその場で食べさせるのが好き」

梅宮辰夫さんと趣味の釣りによく一緒に出かけていたという神奈川県真鶴町の梅津愛之輔さん(78)は、「2人でよくタイを釣りに行ったが、釣りが本当に好きなんだということが伝わってきました。釣りのときは常に包丁を持ち歩いていて、釣った魚をその場でしめて、人に食べさせてあげるのが好きだったようです。1か月ほど前に近くのコンビニで会った時はだいぶ弱っているようだったが、その時も『最近海はどう?』などと会話したのを覚えています」と話していました。

また、梅宮さんがよく通っていた真鶴町の釣具店の店長、小林和喜さん(70)は「夏はイサキやカマス、冬はタイをよく釣っていた。温和な方で、よく家族や釣り仲間を連れて餌や道具を買いに来ていました。『自分は漁師だ』と話すこともあって、釣りへの情熱を感じていました。最近はやせて体が弱っているようだったので、亡くなったと聞いてとても残念です。ご冥福をお祈りします」と話していました。

闘病中も手料理ふるまう

亡くなった俳優の梅宮辰夫さんは料理を趣味にしていたことで知られ、2年ほど前に開かれたホームパーティーでは、仲間のために手料理をふるまいました。

このパーティーには梅宮さんと親交のあったNHKの記者が出席していて、写真を撮影するなど当日の様子を詳しく記録していました。
ホームパーティーが開かれた当時、梅宮さんは闘病中でしたが、その包丁さばきはしっかりとしていました。

エプロン姿でちゅう房に立った梅宮さんは、自慢の料理をふるまっていました。
特に好評だったのが、火加減に注意しながら数日かけて焼き上げたというローストビーフでした。
梅宮さんは料理を食べた人たちに「どうだい、おいしいかい?」と感想を聞き、「おいしい」という返事があると「そうだろう!」と喜び、食材の産地や調理方法へのこだわりなどを詳しく説明していました。
この日、梅宮さんは最近の映画や芸能界について「昭和を知る仲間がどんどんいなくなってしまう。『昭和が迫ってくる』ような迫力のある俳優や歌手、映画監督、芸能プロダクションの人たちが消えて、昭和が忘れられていくのがたまらなく寂しい」としたうえで、「私は昭和を背負っている人間だという自負と責任があるから、まだ頑張らないといけないな」と話していました。