“肥満大国”解消なるか 希少糖が世界を救う!?

“肥満大国”解消なるか 希少糖が世界を救う!?
タコスなどの料理で知られるメキシコ。実は国民の7割以上が太りすぎか肥満となっている肥満大国であることを知っているだろうか。政府も対策に乗り出すほど深刻化している肥満の解消に向けて、日本の企業が先月から現地で大量生産を始めたのが“太りにくい糖”希少糖だ。日本の企業が主導する希少糖ビジネスの最前線を取材するため、先月、メキシコを訪ねた。(高松放送局記者 池田昌平)

太りにくい糖の専用工場 メキシコに

日本の企業がメキシコの肥満解消に向けて工場を建設したと聞いて、私たちは先月12日のしゅん工式に合わせて工場を訪ねた。メキシコの首都メキシコシティから北西に車で約3時間ほど、ケレタロ州サンフアンデルリオという町の一角にその工場はあった。

この工場でつくるのは自然界にわずかしか存在しない希少糖の一種「アルロース」だ。「Dープシコース」とも呼ばれているこの糖の最大の特長は甘いのに太りにくいこと。甘さは砂糖の7割ほどだが、カロリーは1グラム当たり0.4キロカロリーと砂糖の10分の1しかない。血糖値の上昇を抑制する機能があるとの報告もあり、肥満解消につながることが期待されている。
工場を建設したのはアルロースの生産技術を開発した兵庫県の食品素材メーカー、松谷化学工業。1991年に香川大学が果糖からアルロースをつくる酵素を出す微生物を発見したのをきっかけに、大学とともに生産技術を確立してきたこのメーカーが、アメリカの大手食品素材メーカー、イングレディオンとタッグを組み、6年がかりのプロジェクトとして共同で建設した。

工場を建設する場所をメキシコに決めたのは、イングレディオンがメキシコに工場をもっていることやメキシコでアルロースの販売が認められたことに加えて、メキシコやアメリカでこの糖の需要が見込めるからだという。先月から世界で初めての専用工場としてアルロースの大量生産を始め、ここを足がかりに世界へ販売しようとしている。
「長年取り組んできた希少糖事業が形になり本当にうれしい。これから世界に向けて商品が販売できるようにがんばっていきたい」

メキシコの肥満 深刻な実態

なぜメキシコで希少糖をつくるのか、理由を探ろうとメキシコの街を歩いた。初めて訪れたメキシコの人々の印象は陽気なこと。歴史的建築物が建ち並び、ラテン音楽のコンサートが行われている広場にさしかかると、メキシコ人の家族に一緒に写真を撮ってくれないかと声をかけられた。私が日本人と知っていたかどうかはわからないが、好感をもった。
夕食にはやっぱり本場のタコスを食べたいと、タコス屋を訪れた。店に入って気付いたのはタコスを楽しむメキシコ人の手元に炭酸飲料のビンがあること。メキシコではタコスと一緒に炭酸飲料を飲むのが定番で、食べている人に尋ねると、「タコスと一緒に炭酸飲料を飲むと消化がよくなるらしい」と話す。
これはもう自分で食べるしかない、そう思い立って注文。出てきたのは焼いた肉とその脂がしみこんだトルティーヤ。そこに辛いソースをかけていただくと、確かにおいしいが、口の中には肉の油と辛さの余韻が残る。これは甘い炭酸飲料で流したくなる。ハンバーガーに炭酸飲料があうのと似ているかもしれない。
現地のスーパーを訪ねると炭酸飲料はメーカーごとに販売ブースが設けられていて、種類が豊富なことに驚いた。サイズは最大3リットルまである。メキシコでは家庭でパーティーを開くことが多く、みんなで飲めるようにこのサイズでつくられているという。
メキシコの家庭の食生活を知ろうと、肥満に悩む30代の会社員、アレハンドラ・ソリアさんを訪ねた。3歳のころから炭酸飲料を飲み始め、最初に覚えたことばは「ママ、コーラ」。すぐに食べられるファストフードと炭酸飲料に頼りがちなことが肥満につながっていると考え、医師や栄養士の指導を受けて減量プログラムにも参加したが、長続きしなかった。ことし3月には糖尿病による腎不全で父親を失ったばかりのアレハンドラさん。みずからの健康のために痩せたいと考えているが、食生活を変えるのは難しいという。
(アレハンドラさん)
「痩せたい気持ちはあるんですが、うまくいかなくて。自分でも本当に悔しいです」
メキシコ政府の担当者に話をきくと、深刻化している肥満の問題に危機感を強めていると話す。3年前には緊急事態宣言を出し、炭酸飲料やお菓子など高カロリーの食品に対して特別税をかけて販売価格を上げるなどの対策をとっている。

メキシコでは太りすぎか肥満の人が72.5%を占めていて、アメリカよりも割合が高い。ことし10月に発表されたOECDの報告書によると、こうした人たちの治療に国の医療費の9%近くが使われるだけでなく、GDPを5.3%も押し下げていると試算されているということだ。
「収入が低い世帯を中心に高カロリーの食品を買う傾向がある。今後は健康的な食品を作る企業を優遇する政策を進めていきたい」

希少糖ビジネス 今後の課題は

一方、日本企業らがビジネスを展開しようとしている希少糖にも課題がある。その1つが価格の高さだ。生産過程でコストがかかるために普通の砂糖に比べて価格が10倍以上にのぼる。これについて、日本企業とともにアルロースの大量生産に乗り出したイングレディオンのザリーCEOは売り上げが世界で増えるにつれて価格も下がっていくと話す。
「世界的な消費者のトレンドとして砂糖の消費を減らしたおいしい製品を求めている。どんな新しい製品でも販売規模の拡大によるメリットが出てくる必要がある。時間をかけて次第に値段が下がっていく」
希少糖がメキシコの人に受け入れられるのかを知りたくて、アレハンドラさんに希少糖を食べてもらうと「自然な味でおいしい。カロリーがないなら買ってもいい」と話した。肥満解消につながる健康ビジネスとして成功させるためには価格を下げていく必要があり、大量生産が始まったこれからが勝負の時を迎えるといえる。

現地を取材してみて、メキシコの肥満の解消は一筋縄ではいかないと感じた。食文化が深く関わっているからだ。アレハンドラさんのように小さい頃から甘い炭酸飲料に慣れ親しんでしまうと、そこから抜け出すことは並大抵なことではない。実際、アレハンドラさんが「食べることは私たちの文化では幸せなこと」と話すのを聞くかぎり、課税などの対策では効果に限界があると感じた。しかし、松谷化学工業の渡辺さんは今回の挑戦に大きな期待を抱いている。
(松谷化学工業 渡辺事業本部長)
「希少糖があらゆる食品に自然に使ってもらえるようになれば、すごくありがたい。ぜひメキシコの肥満事情を改善することに貢献できたらと思います」
日本企業らは今後、メキシコで大量生産したアルロースを世界25か国で販売することを目指していて、まずは数十億円の需要を見込む。希少糖ビジネスがどこまで世界の肥満解消につながるか、今後も注目して取材したい。
高松放送局記者
池田 昌平

平成27年入局
警察・行政を担当した後
現在は経済などを取材