生きているだけで100てん

生きているだけで100てん
「あなたのTELで救われる親子がいます」
3年前の11月からおととしにかけて、虐待防止のPRに使われたポスターです。
虐待の被害者は子どもなのに、なぜ親まで救う必要があるのでしょうか。
ポスターを手がけたのは、医師と看護師の“ユニット”です。
2人は、子育てのつらさで追い詰められた親が子どもを傷つけてしまうようなケースでは、親への支援も不可欠だと考えています。
だからこそ、親と子の両方の心に響くようなイラストを描いて、「周りに助けを求めてほしい、苦しさから抜け出せることにつながるよ」と訴えているのです。
そのうちの1枚のタイトルは「今日も生きておわれそう 100てんにしとくで」
絵とメッセージに込められた思いを聞きました。
(ネットワーク報道部記者 野田綾)

子育てがしんどい ツライが言える社会になってほしい

ある日、2分余りのインターネット上の動画が私(記者)の目にとまりました。
その動画は、子どもが描いたような、独特のタッチのイラストで構成されています。
その動画は、こんな投げかけから始まります。
「家族ってすばらしい 家族は宝物 ホント?」

そして、こう続きます。
「家族にありがとうがしんどい子どもたちがいます」

学校の授業では、宿題として、自分の名前の由来を親に聞くこと、家族の好きなところをまとめること、そして家族への「ありがとう」の手紙を書くことが求められることがあります。

動画では、そんな宿題を出されて学校から重い足取りで帰る子どもの様子が描かれています。
「帰りたくない 今日はお母さんどうかな」
この子どもの家の中ではいつも暴力が起きています。
子どもは母親に殴られています。
母親の目はつり上がり、子どもは泣いています。
「お母さんはわたしのこといらないんだ」
私は“いらない子”。
名前の由来なんて聞けないとふさぎこみます。
そしてもう一度、母親が子どもを殴っているシーン。
前のものとは少し違います。
母親は涙を流しながら「うまなきゃよかった」ということばを吐き出します。
ついに宿題の発表の日。
子どもは「わたしだけありがとうが言えない みんなとちがうダメな子」と落ち込みます。
でも、動画の最後では、悩む子どもに、小さなクマが優しく『悩みを話していいよ』と呼びかけます。
そして、子どもを傷つけてしまっている親にも、「相談できる場所があります ひとりでなやまないでください」と語りかけています。
さらに、この動画が投稿されているSNSには、作者からのメッセージが添えられています。
「子育てがしんどい ツライが言える社会になって欲しい」

「ぷるすあるは」に会いにいく

この動画を制作したのは、親がうつ病などを抱えている子どもや、子育てに悩む親の支援などを行っているNPO法人「ぷるすあるは」。

さいたま市のこころの健康センターで子どもや親の支援を行っていた医師の北野陽子さんと、看護師の細尾ちあきさん(チアキ)が結成した“ユニット”が中心となって活動しています。

結成のきっかけは、気分が落ち込んだり、子育てをする気力がなくなったりしている親と暮らす子どもたちには、もっと社会的な支援が必要だと考えたことです。

そして、心のバランスを保てず、子どもを傷つけてしまったり、思うように子育てができず苦しんだりしている親にも、その気持ちに寄り添いたいと考え、メッセージを発信しています。

絵と文を制作するのはチアキさん。
動画への思いを、ふんわりとした関西弁で教えてくれました。
チアキさん
「お母さんも子どもも、たくさんの涙に包まれています。殴ったお母さんもまた、苦しくて泣いているんです。お母さんも殴りたくはない。子育てがしんどい。結果として殴ってしまってるんですね。誰か助けてという気持ちがあるんです」
子ども向けに作った絵本には、親が体調を崩して十分にかまってもらえなくなったり、傷つけられてしまったりしている子どもの姿も描かれています。

そんな親のことを心配したり、自分を責めたりしてしまう複雑な気持ちも描写されています。

これらの絵本は、有志からの寄付という形で、小中学校の保健室に置かれています。

これまでに全国の小中学校におよそ600冊が届けられています。

保健室を訪れた子どもたちがこの絵本を目にして、自分が置かれた状況に気付き、つらいということを訴えてもらいたいというねらいがあります。

そして、大人もこの絵本を手にとって、誰にも相談できない子どもたちの気持ちにどう寄り添い、支えていけばいいのかを学ぶ教材として使ってもらいたいと考えています。

ひとりじゃないよ

一方、親に向けては、「子ども情報ステーション」というサイトやSNSを通じて、メッセージを送り続けています。
チアキさんが作品をつくる中で、いちばん伝えたいメッセージがあります。
それは「ひとりじゃないよ」ということ。
母親が出産したあと、環境が大きく変わり、子育てに追われる中で、孤立感を深め、子育てがつらくなるケースが少なくないからです。
同じ苦しみを抱えている人がほかにもたくさんいるということを伝えたいと考えています。
そして、「あなたのせいじゃない」ということ。
親たちの心の苦しさを受け止めて、肯定し、苦しいのは「あなたのせいじゃない」、だから誰かに話をして支えてもらおうと呼びかけています。
チアキさん
「『話していいよ』ということが大事です。誰かがあなたのことを気にかけている。まだ出会っていない人かもしれないけど、誰かが気にかけてくれていて、仲間として支えてくれるのです。一人では解決できなくても誰かと一緒なら解決できると思います」

“ゆるゆる子育て”

「ぷるすあるは」のサイトの中では、“ゆるゆる子育て”というページを設けて、母親に向けた数々のメッセージを載せています。
これまで多くの子どもや保護者と向き合い、相談を受ける中で、母親たちが感じている苦しさにじかに触れてきたからです。
その1つが「ママ友とのつきあい方」。
保育園や幼稚園の送迎時、周りの「ママ友」はみんなきれいに化粧をして、着飾り、キラキラと輝いて見えます。
聞けば、そんな家の子どもはいろんな習い事をしているそうです。

一方の自分は、化粧するなんて余裕はないし、いつも同じシャツにジーンズ。
自分と他人を比べてばかりの母親の、暗い心の中が描かれています。
その横にはチアキさんからのメッセージ。
「大丈夫あせらず、自分のペースでママ友ともつきあおう。習い事も子どものペースで、送り迎えができるかも大切」
チアキさん
「比べるとしんどくなりますから。しんどくて、保育園の送り迎えだけで精一杯、自分の身なりとか気にしていられなくて、スーツを着ている人に対して気後れをするなんて声を聞く。いやいや、あなたはあなたのペースでいいのよと伝えたいのです」
母親たちとの会話の中から生まれた作品もあります。
それが「雑談ネタ帳」。
「ママ友」との会話のために、「季節や天気の話題」、「食べ物の話題」といった項目別に、話の“小ネタ”が紹介されています。
チアキさん
「ママ友との会話がしんどいっていう意見をよく聞くんですよね。帰り道が一緒だとママ友との世間話がもたないっていう。話題が尽きることがしんどいので輪の中に入っていけないと情報も入ってこないし、孤立してしまう。そうならない程度の会話ができたらいいなと思って作りました」
3人の子育てをしながら働く私の心をとらえたのが「夢のチャージ機」。
職場を離れ、子どものお迎えに向かう私の頭の中は、夕飯の献立や子どもの宿題のチェック、明日の準備に寝かせ付けといつも大混乱です。
「夢のチャージ機」に描かれているのは、『体力』『脳内整理』『きもちのゆとり』『相談力』『時間』『片付け力』の中から必要なパワーをチャージできるという夢のような装置です。
チアキさん
「みんなそれぞれ、得意不得意があるじゃないですか。これがあったら今なんとか乗り切れるなっていうことが分かれば、そこについてサポートをお願いしやすくなります。他力本願になりなさいというわけではないけど、書き出すことで客観的に見られると、何が必要か見えてくるかなと思います」

社会はそんなに優しくない?

助けを求めてもいいよ、というメッセージの数々。

でも、私が母親たちに取材していると「誰に相談すればいいのか分からない」、「子どもと外出する際に心ないことばをかけられ、外出がいやになってしまう」という声をよく聞きます。

中には上の世代の人たちから「甘えたことを言わず、我慢すべき」などと厳しいことばを投げかけられるという声もあります。

母親たちが感じている“社会との溝”をどうすれば埋められるのか、
チアキさんに聞いてみると、予想外の答えが返ってきました。
「埋められないんじゃないかな?口を出してしまうおばちゃんたちも、よかれと思って助言している。言われたママたちは、思いのほか傷つき、放っておいてほしいと感じている。しかたの無いことですよね。それぞれの意見があって当たり前なのだから。だから、考え方の溝は埋められないのだとお互いが分かっておくことが大事なんじゃないかなと思います」

“100てんにしとくで”

最後にご紹介したいのはこの一枚。
「今日も生きておわれそう 100てんにしとくで」
チアキさん
「お母さんたちって自分にすごく辛口ですよね。だから、逆転の発想で描きました。今生きているから100てん。生きて終われて100てん。いろんなできないことがあったとしても、生きているから100てんでいいじゃんって。自分が生きていて100てん。子どもも生きていて200てん。もうひとり子どもがいたら300てん。100てんより下はなし。きょうもいろいろあったけど、まぁお布団に入っているし、100てんあげようかなって、それでいい」
日々反省することはあっても、大事なのは、親も子も傷つくことなくきょう一日を元気に過ごし、あしたに向けて眠りにつくことができること。
そう思えたら、もう少し笑顔で子育てができるかもしれないなと感じました。