まさか差別を受けるなんて イギリス離脱でEU市民は

まさか差別を受けるなんて イギリス離脱でEU市民は
およそ360万人。イギリス国内に住む「EU市民」の数です。EU=ヨーロッパ連合に加盟する28か国の国民は「EU市民」と呼ばれ、どの加盟国でも暮らすことができ、就労することができます。離脱の是非をめぐり社会の分断が進むイギリスではまもなく総選挙が行われますが、EU市民は日増しに不安を募らせています。なぜなのでしょうか。
(国際部記者 山田奈々)

残留派にかける期待 再び国民投票を

イギリスで12月12日に行われる総選挙。最大の争点はジョンソン首相がEUとまとめた離脱の条件で来年1月末までに離脱を実現するべきか否か、です。

この総選挙を不安な思いでみつめているEU市民がいます。イギリスに長く暮らすイタリア人翻訳家、エレーナ・レミージさんもそのひとり。これまで離脱に強く反対してきました。
レミージさん
「総選挙の結果次第ではジョンソン首相の思いどおりになってしまうのではないかと心配です。私が今回の選挙で望むのは残留派が結束することです。イギリスは小選挙区制のため、保守党が優勢の選挙区では野党に投票してもかなりの数が死に票になってしまいます。戦略的に投票して残留派を勝たせることで、再び国民投票を実施し、もう一度、この国の運命を決める選択を国民自身に託すべきだと思います」

声なき声を届けたい

レミージさんは3年前の国民投票後、イギリスに暮らすEU市民たちの間で離脱に対する不安や怒りが強まっていることを知り、こうした声をシェアするSNSのアカウントをおととし、立ち上げました。イギリスに住むほとんどのEU市民には投票権がないため、声なき声を何かの形で伝えられないかと考えたからです。

プロジェクトの開始からおよそ1か月で1000人以上が登録。今ではフォロワー数は1万人にのぼります。
レミージさん
「一人一人の声は小さいけれど、多くの声を集めることで、私たちEU市民の声に耳を傾けてもらえるのではないかと思うようになりました」
寄せられた証言は…
「国民投票の前には誰も聞かなかったのに、今は『いつポーランドに帰るの?』とよく聞かれる。私はここイギリスで生まれ、イギリス以外の場所に住んだことはない」
「私は昔は明るくて社交的だった。今は違う。初めて会う人と話す時にはその人が私にこの国から出て行ってほしいと思っているかどうか見極めるため、言葉を慎重に選ぶようになった」

サンタへのお願い

寄せられた証言の中で、レミージさんが特に心を動かされたのが、イギリス人の父とドイツ人の母を持つ、7歳の少女の話です。

母親の投稿によると、少女がサンタクロースに宛てた手紙には「サンタさんへ ことしのクリスマス、私のママがイギリスに残れるようにどうかお願いします。家族や友達を失いたくありません」などとつづられていたといいます。
EU市民の多くは離脱後も合法的にイギリスに住み続けるためには新たに在留資格を申請しなければなりません。在留資格を持たないドイツ人の母親と離れ離れになってしまうのではないかと不安を募らせる少女の気持ちが、痛いほど伝わってきたといいます。
レミージさん
「7歳の少女でさえ、不安を感じとっているのです。在留資格を取るには一定期間、イギリスに暮らしていたことを証明することが必要ですが、特にお年寄りや専業主婦など、自宅にいることが多い人たちは、それを客観的に証明するのに苦労しています。中には何年間も毎日決まった時間に子どもを学校に迎えに行っていることを学校側に証明してもらい、ようやくイギリスに住んできたことを証明できたという女性もいました」

ヘイトクライムが増加

レミージさんはEU離脱が決まって以降、特定の人種や異なる国籍の市民への差別が目立ってきたと感じています。

イギリスの警察の統計では2016年から2017年にかけて、ヘイトクライムが前の1年間と比べておよそ30%増加しました。

それを象徴する証言が、あるフランス人の女性から寄せられました。19年前にイギリスに移り住んだビー・クレアさんは11歳の息子と一緒に電車に乗っていた時、差別を受けたといいます。

その日はEU市民の権利を保障するよう求める集会に参加した帰りで、2人とも胸にEUの旗のバッジをつけていました。

乗客の男のひとりがそのバッジを見るやいなや、クレアさんの頭をわしづかみにし、暴言を吐いたというのです。その後、男はクレアさんの息子に対しても人種差別的なことばを浴びせかけ「お前のようなやつはこの国から追い出してやる」と言い放ったといいます。
クレアさん
「本当に気分が悪かったです。満員電車だったのに私たち親子に何が起きているのか、誰も気にかけていない感じで、まるでみんなが差別に同調しているかのようでした」
レミージさん
「人種差別が国民投票前にはまるでなかったわけではありません。ただ離脱の決定はイギリス人以外を排除し、差別的なことを表立って言ってもよいかのような風潮を生み出したのではないでしょうか。実際、差別が理由でイギリスを去った人もたくさんいます。私の息子も電車の中で父親とイタリア語で電話をしていたところ、『ここでは英語を話すべき』と注意されたことがありました。『イギリスに住む人はイギリス人であるべき』という偏った考え方の典型的な例だと思います」

証言から支援の輪を

レミージさんは寄せられた証言を本にまとめ、これまでに1000人以上の政治家に送りました。レミージさんらの活動に対する理解や感謝の声も寄せられているといいます。
さらにSNSを通じて助け合いの輪も広がっています。差別を経験したクレアさんも地元に住むほかのEU市民と交流を深める集会を月に1度、開くようになりました。互いに悩みを相談しあい、離脱後もイギリスにとどまるための手続きなどについて情報を交換しあっているということです。
レミージさん
「証言は投稿したら終わりではありません。人々とつながり、コミュニティを形成することが重要なのです」
クレアさん
「いつまでも差別の被害者であり続けるのではなく、私が感じたような孤独を他の誰かが感じることがないよう、他のEU市民を助けたいと思えるようになりました」

世界各地で広がる分断 どうすればいいのか

イギリスのEU離脱が人々の心の問題にまで影響を及ぼしていることに驚きました。

しかし、こうした社会の分断はイギリスだけではありません。「自国第一主義」を掲げるトランプ政権の発足以降、アメリカでも人種や宗教上の偏見に基づく排他的な動きが増えるなど、世界各地で分断が広がっています。

一度生まれた溝を埋めるのは簡単ではありません。これ以上、溝が深まらないようにするにはどうすればいいのか、考えていく必要があると感じます。
国際部記者
山田奈々

平成21年入局
長崎局、千葉局、経済部を経て現在、国際部でアメリカ、ヨーロッパを担当