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ベトナム人39人の死~危険な出稼ぎの実態~

イギリス ロンドン近郊でトラックのコンテナから39人のベトナム人の遺体が見つかった事件から1か月。なぜ、多くのベトナム人が遠く離れたイギリスで命を落とさなければならなかったのか。取材を進めると、危険な出稼ぎの実態と経済成長著しいベトナム社会が抱える闇が見えてきました。
(ハノイ支局長 道下航)

犠牲者は全員ベトナム人

先月23日、イギリス ロンドン近郊でトラックのコンテナから39人もの遺体が見つかったというニュースは大きな衝撃とともに瞬く間に世界中に広がりました。

39人はいったい何者でどこからやってきたのか。当初イギリスの警察が犠牲者は中国人との見方を伝えるなど情報が錯そうするなか、遠く離れたベトナムでは「自分の家族が事件に巻き込まれたのではないか」と訴え出る人が相次ぎました。

イギリスの警察がベトナム政府から寄せられた情報をもとに身元の確認を進めた結果、39人は全員ベトナム人で、15歳から44歳の男女だったと判明しました。

“お母さん、ごめんなさい” 最後のメッセージ

犠牲者のなかには亡くなる直前に故郷に暮らす両親に宛てて、携帯電話からメッセージを送っていた人もいました。ファム・ティ・チャ・ミさん(26)もその1人です。
ミさん
「お母さん、ごめんなさい。私の渡航は失敗です。お父さん、お母さん、心から愛している。息ができなくて死にそう」
このメッセージを最後に、ミさんからの連絡は途絶えました。

家族のためにイギリスへ

なぜ、ミさんはイギリスを目指したのか。私たちは彼女の実家を訪ねるため、ベトナム中部のハティン省に向かいました。
最寄りの空港から実家への車窓に広がるのは田畑ばかり。高層ビルが建ち並ぶ首都ハノイやホーチミンとは全く異なる景色です。

実家では父親のファム・ヴァン・ティンさん(55)が取材に応じてくれました。
父親のファム・ヴァン・ティンさん
父親のティンさんによると、ミさんは日本の弁当工場で3年ほど働いたあと、実家に戻ってきたばかりだったということです。

しかし弟が購入したばかりの車で事故を起こし、家には多額の借金が残されたことから、両親の負担を少しでも減らそうと、再び海外で働くことを決めたといいます。

ミさんはイギリスでネイリストの仕事が見つかったと話し、渡航を仲介するブローカーへの手数料、日本円で数百万円も工面したそうです。

ミさんはベトナムを出発したあとも、毎日のように電話をかけて居場所を知らせてきて、中国とフランスを経由して、イギリスに向かうと話していたということです。

ティンさんはミさんのイギリス行きには最初から反対していました。しかしミさんは「家族のために私が行くしかない」と言って、両親の説得には耳を傾けなかったといいます。ティンさんはもっと強く止めておけばよかったと後悔しています。
ティンさん
「家族思いの娘でした。家族全員がショックを受けています。どのように気持ちを表していいかわかりません」

国の経済支える出稼ぎ労働者 違法なルートも

「家族のために」

ベトナムに駐在して半年にも満たない私ですが、この言葉を何度も耳にしました。故郷に残した両親、妻や子どもたちに、よりよい暮らしを送らせてあげようと、ベトナムでは多くの人が出稼ぎのため海外に渡っています。

ベトナム政府は1990年代後半以降、日本や韓国、ヨーロッパなどに積極的に労働者を送り出していて、こうした労働者からの送金は好調なベトナム経済を下支えしています。

ことしだけでも10月までの間に12万人近いベトナム人が労働者として海外に送り出されていて、最も多い渡航先は日本で全体の半数余りを占めています。
海外へ出稼ぎに行く人が特に集中しているのが、ゲアン省やハティン省、それにクアンビン省などベトナム中部です。この地域は農業や水産業以外、主だった産業がなく、経済発展から取り残されています。

1人あたりの平均月収をみても、例えばハティン省では日本円で1万3000円たらず。ホーチミンやハノイといった大都市の半分以下にとどまっています。

今回の事件でも、犠牲になった39人のうち35人がこうした貧しい中部の出身でした。
多くの人が海外へ出稼ぎに行くなかで、いま問題になっているのが違法なルートで海外に渡る人々の存在です。事件が起きたイギリスはこうした人々の渡航先の1つでした。

イギリスにあるベトナム人コミュニティーのなかには、大麻を栽培するいわば闇の仕事を紹介するブローカーがいて、より稼ぎのよい仕事を希望するベトナム人たちに違法な渡航を仲介していると指摘されています。違法なルートで国外に渡った人の中には悪質なブローカーにだまされて事件に巻き込まれるケースも報告されています。

危険をともなう違法な出稼ぎ

かつて英国に密入国したという男性(右)
時として命の危険をともなう違法な渡航。かつてイギリスに密入国し、大麻栽培をしていたという男性に話を聞くことができました。

ベトナム中部に暮らすこの男性がイギリスに渡ったのは10年ほど前のこと。もともと、正規のルートでチェコにある日本や韓国の家電メーカーの工場で働いていましたが、収入が不安定だったことから、より稼ぎのよい仕事を求めて、現地のベトナム人ブローカーの仲介で、まずドイツに入国しました。

ドイツでは必要なビザを持たないままタバコの販売の仕事をしていましたが、警察に何度も捕まり、国外退去のおそれが出てきたため、再びベトナム人ブローカーの仲介でイギリスに渡ることを決めたといいます。
イギリスでの仕事は大麻の栽培だと事前に聞かされていました。しかし、故郷で苦しい生活を送る家族への仕送りに加え、チェコに出稼ぎに来るために作った借金の返済もあり、違法なことだとわかっていてもイギリスへの密入国を選択するほかなかったといいます。男性は手配を頼んだブローカーの指示どおり、ドイツから列車でフランスに入り、そこで落ち合った別のベトナム人ブローカーによって港に近い森の中に連れて行かれました。
そこは複数の小屋などが建てられ、イギリスへの密入国を計画する2、30人のベトナム人たちの拠点のようになっていました。

毎晩午前0時になると、ブローカーの指示に従って港近くに止まっているイギリスのナンバープレートがついたトラックに潜り込み、フェリーでイギリスを目指したといいます。

しかしイギリスナンバーをつけているトラックでも別の目的地に行く場合や、検問などで警察に見つかることもあり、そのたびに森の中の拠点に逃げ帰っては再びトラックに潜り込むことを繰り返しました。

男性はこの拠点に2週間滞在し、12回目に潜り込んだトラックでようやくイギリスにたどりつきました。ただ、なかには冷凍コンテナを備えているトラックもあり、当時もコンテナ内で死亡した人がいるという話を耳にしたといいます。
男性は密入国したイギリスで、事前に聞いていたとおり、大麻を栽培する仕事を任されました。うまく栽培を成功させた月の報酬は3000ポンド、日本円で40万円あまりになったといいます。ベトナムの平均月収と比べても、桁違いの報酬です。

ただ時には部屋に強盗が押し入り、栽培した大麻を奪われるなどトラブルにも巻き込まれました。

男性はイギリスに1年近く滞在しましたが、最後は警察に逮捕され、国外追放されました。ドイツでの不法就労やイギリスでの大麻栽培と強盗被害…。数々の修羅場を経験した男性ですが、最も命の危険を感じたのはトラックに潜り込んでフランスからイギリスを目指した時だったと振り返りました。

最後に同じベトナムの同胞たちが命を落とした今回の事件を受けて、男性はこう訴えてきました。
男性
「今も大勢のベトナム人が家族のために同じような方法でイギリスを目指しているが、自分の命を危険にさらすことになるとわかってほしい。もう二度とこうした形で命を落とす人がいなくなってほしい」
事件が世界中で大々的に報じられたこともあってか、ベトナムの捜査当局は背後に組織的な人身売買のネットワークがあったとみて捜査を進めるとともに、悪質なブローカーの摘発に乗り出すなど、違法な出稼ぎルートの取締りを強化する姿勢を打ち出しています。

日本もひと事ではない

この取材を通じて強く印象に残ったのは「家族のために」と、借金までして海外に出稼ぎに向かうベトナムの人たちの姿でした。その一方で1人で背負いこんだものの大きさゆえ、時として違法なことに手を染めてでも前に進んでいく危うさもかいま見ました。

いま日本でもコンビニエンスストアや建設現場など、さまざまな場所で働くベトナムの人たちの姿が身近になりつつあります。それだけに私にはこの事件が遠い異国で起きた特異な事件とは思えないのです。

ベトナムを含め海外から日本に働きにくる人たちが危険をおかすことなく、安心して働くことができる制度や環境を整備することはもちろんのことですが、彼らが特別な思いをもって働いているということにも、私たちは想像をめぐらせなければならないと感じました。
ハノイ支局長
道下航

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