「水になれ」~香港デモで“活躍”するメッセージアプリ~

「水になれ」~香港デモで“活躍”するメッセージアプリ~
「心を空にしよう。水のように形をなくすんだ。水になれ。友よー」
(“Empty your mind. Be formless,shapeless,like water” “Be water my friend.”)
香港で活躍し、世界的なアクションスターとなったブルース・リーが残したことばだ。「水になれ」には、困難に直面したときは形にとらわれず臨機応変に対応しよう、という意味が込められているという。ブルース・リーが亡くなって45年余、このことばは、香港で抗議活動に参加する若者たちのスローガンとして再び脚光を浴びている。(ワールドニュース部 山本智)

同時多発的に行われるデモ

「彼らはとても流動的です。ある場所に突然、集まったと思ったら、あっという間にいなくなってしまいます。香港の街のあちらこちらを、まるで“水のように流れながら”抗議活動を行っています」
香港大学で長年にわたってメディアリテラシーの研究を続けている鍛冶本正人准教授は、香港での抗議活動の特徴についてこう話した。

容疑者の身柄を中国本土に引き渡すことができるようにする条例の改正案をきっかけに始まった今回の抗議活動。特徴の1つが、大小さまざまな規模のデモが、同時多発的に街のあちらこちらで行われていることだ。

抗議活動に欠かせない“テレグラム”

こうした形の抗議活動に欠かせないツールがSNSやメッセージアプリとなっている。若者たちは、スマートフォンに流れてくるメッセージを見ながら、抗議活動が行われる場所や時間を調べ、そして、移動する。

中でも今、香港で広く使われているのがテレグラム(Telegram)だ。テレグラムは、ロシアのプログラマー、ニコライ・ドゥーロフと兄のパヴェルが2013年に開発したメッセージングアプリで、世界で2億人のアクティブユーザーがいると言われている。

特徴の1つがセキュリティの高さだ。みずから開発したMTProtoと呼ばれる通信プロトコルを使うことで、メッセージはすべて暗号化されるため、ワッツアップ(WhatsUp)やLINEといったほかのアプリと比べて、安全性が高いとしている。

また、1対1のやり取りのほかに、招待された複数のメンバーの間で投稿できるグループと呼ばれる機能と、投稿の内容が公開され、誰もが見ることができるチャンネルという機能があり、1つのグループやチャンネルで20万人まで登録することができる。つまり、テレグラムを使えば、1つの投稿を数万人単位の人々の間で、簡単に、そして、瞬時に共有することができるのだ。

もともと香港では、ワッツアップが最も普及していたが、抗議活動が本格化したあと、若者たちを中心にテレグラムが急速に広がっていったという。
テレグラムは有限責任事業組合(LLP)と呼ばれる独立した事業体によって運営されている。

鍛冶本准教授によると、香港では、数万人から十万人単位のメンバーで構成されたテレグラムのグループやチャンネルが無数にあるという。職場や学校の友人、それに、抗議の対象や目的などによって、グループごとに抗議活動の呼びかけが行われるため、大小さまざまな、そして、同時多発的な活動が可能になっているのだ。

「雨傘運動」とは異なる特徴

鍛冶本准教授は、今回の抗議活動は、5年前に香港のトップ、行政長官の民主的な選挙の実現を求めて行われた「雨傘運動」とは特徴が異なると話す。
「5年前の雨傘運動は、“水になれ”ということばとは正反対の戦略をとっていました。当時は特定のリーダーの下で、街の幹線道路を封鎖し、特定の場所を拠点にして活動を続けていた。しかし、その後、政府への対応をめぐってリーダーの間で分裂が生じ、結果的に運動は79日間で終わってしまった。今回の抗議活動には特定のリーダーはいません。暴力的な抗議活動から平和的なデモまで、テレグラムを使ってグループごとに行われている。また、雨傘運動の反省もあってか、今回は互いの意見の相違にはある程度、目をつぶり、香港の民主化という大きな目的に向けて一緒に行動しようという意識も働いているような気がします。こうしたことが、今回の活動が息長く続いている要因の1つになっていると思います」
「雨傘運動」では、学生たちが抗議活動の拠点として中心部の幹線道路をバリケードで封鎖し、テントを持ち込んで占拠した。抗議活動の内容はテレグラムを通じて民主的に決められる。

テレグラムにはアンケート機能や賛意を示す“いいね”ボタンがあり、どの場所で、どのような活動を行うべきか、グループ内で意見を募り、より多くの賛意が集まった結果に基づいて行動しているのだ。

下に掲載した投稿は、抗議活動への支援を行う場所を決めるためにチャンネル内で行われたアンケート結果だ。これまでに381人がアンケートに参加し、このうち、抗議活動で逮捕・拘束された15歳の少年の公判が行われる裁判所に行くことに賛同する人が60%に上ったことが投稿には記されている。

政府に対する“あてこすり”

今回の抗議活動のもう1つの特徴が、市民の幅広い支持だ。中国返還後の香港の政治や市民社会について研究している立教大学の倉田徹教授は、こう話す。
「雨傘運動以降、立法会選挙で民主派の候補者の一部が失格になったり、中国政府に批判的な書店の店主が失踪したりするなどの言論弾圧が続き、政府側の圧力に対して、市民の間には無力感が広がっていた。しかし、今回の抗議活動をきっかけに、これまで蓄積されていた不満が爆発したことが幅広い支援につながったと思う」
こうした市民の中には、抗議活動を陰ながら支援している人も多い。テレグラムには、警察に追われた若者が近くのマンションに逃げ込めるよう玄関のオートロックの暗証番号を掲載したリストや、若者の逃走用にマイカーの運転を申し出るメッセージなど、市民からのものとみられる数多くの投稿が流れてくる。
マンションの暗証番号のリストを掲載したメッセージテレグラムがここまで広がった背景について、倉田教授は「政府に対するあてこすり」もあると指摘する。
(倉田教授)「香港政府はこれまで市民の民意を一切、無視しています。抗議活動の参加者は、テレグラムを使うことで、きちんと民意を反映しようという姿勢を示しているのだと思う。最近はネット上で議会を作ろうという動きまででてきているようです」
一方で、危うさも抱えていると指摘するのは鍛冶本教授だ。
(鍛冶本教授)「問題なのは、今回の抗議活動は誰が代表しているのか、誰にもわからないことです。確かに彼らは林鄭月娥行政長官の辞任や民主的選挙の実現など、5つの要求をしている。このことは香港政府も把握しています。しかし、仮に政府側が交渉のテーブルにつこうとしても、彼らは誰と話をしてよいのかわからないのです」
香港政府に対する大規模な抗議活動が始まってから5か月近く、活動が終息する兆しは、今のところ、見えない。
ワールドニュース部
山本 智