卓球 張本智和 五輪代表確実に 日本選手の上位2人以内確定で

卓球 張本智和 五輪代表確実に 日本選手の上位2人以内確定で
卓球の張本智和選手がシンガポールで行われている国際大会の結果、来年1月の世界ランキングで日本選手の上位2人以内に入ることが確定し、東京オリンピックの代表入りが確実となりました。
東京オリンピックの卓球、シングルスの日本代表はことし1年間の国際大会で獲得したポイントに基づく来年1月の世界ランキング、男女それぞれ上位2人が選ばれます。

張本選手はシンガポールで開かれている国際大会「T2ダイヤモンド」に出場し、1回戦でシンガポールの選手にゲームカウント4対1で勝って世界ランキングに反映される獲得ポイントを伸ばしました。

張本選手は残りの国際大会を欠場しても来年1月の世界ランキングで日本選手の上位2人以内に入ることが確定し、東京オリンピック、男子シングルスの代表入りが確実となりました。16歳の張本選手は初めてのオリンピック出場です。

男子シングルスの残り1枠はリオデジャネイロオリンピックのこの種目、銅メダリストの水谷隼選手と、水谷選手とともに男子団体で銀メダルを獲得した丹羽孝希選手が争っています。

また女子シングルスでは伊藤美誠選手の代表入りが確実となっています。

すべてを成長の糧に

「毎回どんな結果でも全部自分の経験になる」

東京オリンピックの代表入りを確実にした張本智和選手はことし一年間、格下の選手に敗れるなどの悔しい思いもしましたが、すべてを成長の糧にして、8か月後の本番に臨みます。

16歳の張本選手は前回のリオデジャネイロオリンピックのメダリストで、ともにオリンピックに複数回出場した経験を持つ水谷隼選手や丹羽孝希選手といった先輩たちに代表争いの獲得ポイントで大きく差をつけて初めてのオリンピック、男子シングルスの代表入りを確実にしました。

しかしことしは思うようなプレーができない時期がありました。去年、オリンピックの金メダリストなど中国のトップ選手を次々と破る快進撃を見せたことでライバルたちから対策されて、中国選手だけでなく、ランキングが格下の選手に敗れる試合もありました。

東京オリンピックまで1年となったことし7月。国際大会の1回戦でそれまで4勝1敗と勝ち越していたランキングが下の香港の選手に敗れた翌日のインタビューで素直な胸の内を明かしてくれました。

「今、誰とやっても勝てる気がしない。得意な相手に負けたので、あと誰に勝てるんだろう」

わずか16歳ながら世界の強豪から徹底的にマークされ、その精神的なプレッシャーに押しつぶされそうになっているように見えました。

それでも張本選手は「毎回どんな結果であっても全部自分の経験になる」と現実から逃げ出すことはありませんでした。

苦手としてきたネット際にゆっくりと短く止めるように返す「ストップ」というレシーブの練習にも時間をかけて取り組みました。

バックハンドで強いボールを打つ得意のレシーブ「チキータ」が対策されて思うように決まらない中、ほかに頼れる技があれば戦い方に幅が生まれると考えたからでした。

今月行われたワールドカップ団体戦の準々決勝では得意技の「チキータ」を封じられても動じず、「ストップ」も織り交ぜて冷静な試合運びを見せた張本選手。日本の3位に大きく貢献し、エースとしての役割を果たしました。

日本代表の倉嶋洋介監督も「エースとしての自覚も出てきたし、顔つきもよくなってきた。東京オリンピックに向けていい経験を上積みできた」と評価しました。

オリンピック本番まで残り8か月。16歳の日本のエースは悔しい負けを含め、すべてを成長の糧にして突き進んでいきます。

世界ランキング5位 日本男子でトップ

張本智和選手は仙台市出身の16歳です。世界ランキングは日本男子トップの5位で、得意のバックハンドを中心にボールが上がりきる前に瞬時に打ち返すスピードのある攻撃が持ち味です。

中国出身で卓球選手だった両親のもと2歳から競技を始め、小学生以下の全日本選手権では男子で史上初となる1年生から6年生まで6連覇を達成して注目を集めました。

おととしからシニアの大会に本格的に参戦し、世界選手権で史上最年少となる13歳でベスト8に進出したほか、ワールドツアーの男子シングルス、史上最年少優勝を果たすなど一気に頭角を現しました。

去年はリオデジャネイロオリンピックの金メダリスト、馬龍選手など中国のトップ選手を続けて破り、12月のワールドツアー、グランドファイナルではシングルスで史上最年少優勝を果たすなど快進撃を見せました。

ことしに入ると中国に徹底的に研究されたり、ランキングが下の相手に受け身になって取りこぼしたりするなど思うような結果を残せない時期がありましたが、8月のブルガリアオープンで優勝、9月のアジア選手権でも3位に入るなど着実に結果を残し、初めてのオリンピック代表入りを確実にしました。