英語民間試験 導入延期の経緯と今後は

英語民間試験 導入延期の経緯と今後は
波紋を広げた大学入学共通テストへの英語の民間試験の導入延期。そもそも導入はどのように決められたのか。そして今後は。与野党の議員に話を聞いた。(政治部記者 古垣弘人・並木幸一・金澤志江)

非常に残念

「今から延期すれば、むしろ大きな混乱を招く」

延期決定前、自民党内では、いわゆる“文教族”を中心に、延期に慎重な意見が出ていた。その1人、下村博文元文部科学大臣(65)は、延期の知らせに「非常に残念だ」と漏らした。

下村氏は、平成24年12月から平成27年10月まで3年近くにわたり、文部科学大臣を務め、みずからも英語の民間試験の導入を主導してきた。あれから2週間。延期の判断をどう捉えているのか聞いた。
「経済的に厳しい家庭の子どもを含め誰もが受けられる環境にまだなっておらず、地理的な要因におけるハンディキャップもあり、萩生田文部科学大臣が公正・公平の視点から延期せざるをえないと判断したことはやむをえない」
延期の判断に理解を示した下村氏。一方で、民間試験導入の意義を強調した。
「中学・高校6年間勉強しているのに英語をしゃべれない。これは学校教育が問題ではないかという議論の中で、読む・書く・話す・聞くの4技能をちゃんとマスターさせようと。大人になった時、留学する時に必要なことで、これは待ったなしだ」
「国でやるのも1つの考え方だが、膨大な予算・税金を使って人材を集め、問題を作っていくことになる。民間試験は世界で同じような試験をやっている会社も参入していて、どこの国に行っても通用する基準になる。だから活用したほうがいいということだ。『民間がやる試験はけしからん』というのは、当てはまらない話だ」

延期は必然

これに対し野党側は。衆議院文部科学委員会の野党側の筆頭理事を務め、萩生田大臣が「身の丈」発言をする前から民間試験の導入に警鐘を鳴らしてきた、立憲民主党の川内博史衆議院議員(58)に延期の受け止めを聞いた。
「高校生たちが、『この制度はおかしい、不平等だ』と野党の議員に直接訴えてきた。今でも入試には地域格差や経済格差があり、公平性・公正性を100%担保しているとは言えないが、民間試験を導入すれば、さらに格差が広がることは明らかだった。延期は必然だ」
ひとまず最悪の事態は回避できたという川内氏。将来的に民間試験の導入は中止すべきだと主張する。
「模擬試験は練習だから民間がやればいいけど、本番の入試は、いわば人生にとっての本番だ。子どもたち一人一人の人生の重みを考えて大人が判断しなければならないが、民間は、結局のところはどこまでいってもビジネスだから」

導入の経緯は

そもそも、どんな経緯で英語の民間試験の導入は決まったのか。

まず、グローバル人材の育成に向けて、自民党の「教育再生実行本部」は、平成25年4月、「TOEFL」などの英語の検定試験で一定の点数を課すことを大学受験の条件にすることなどを安倍総理大臣に提言。

政府の「教育再生実行会議」は、2か月後の6月から大学入試改革の議論を開始し、10月に出された提言で、センター試験に代わる新たなテストの導入と外部の検定試験の“活用の検討”が盛り込まれた。

平成26年12月 “活用”も“格差解消を”

一方、文部科学大臣の諮問機関である「中央教育審議会」は、民主党政権下の平成24年に当時の平野文部科学大臣から諮問を受けて、大学入試の在り方を検討していた。
「中央教育審議会」の「高大接続特別部会」では、民主党政権から自民党政権への政権交代を挟んで、合わせて21回の議論が行われ、平成26年12月に当時の下村文部科学大臣に答申を提出。答申では、「民間の資格・検定試験の“活用”により、『読む』『聞く』だけではなく、『書く』『話す』も含めた英語の能力をバランスよく評価する」といった文言が盛り込まれた。

ただ、民間の活用をめぐっては、「受験料などの“経済格差の解消”、受験機会など“地域格差の解消”に関する具体的な検討が必要」という注釈が付いた。

平成28年8月 “積極的に活用”

中央教育審議会の答申を受けて、文部科学省は、平成27年3月に有識者による「高大接続システム改革会議」を設置し、議事録が公開される形で、14回の会合を行った。

そして、1年後の平成28年3月に、「民間の資格・検定試験の知見の積極的な活用の在り方なども含め検討する必要がある」という最終報告書をまとめた。

これを受けて、文部科学省は、具体的な制度設計を検討するため、翌4月に有識者による「検討・準備グループ」を設置。初会合から9回目の会合までの議論は非公開で行われ、8月に、大学入試の日程や体制の観点から、「“積極的に活用”する必要がある」という検討状況が公表された。

平成29年7月 “導入”

そして、議事録が公開される形で、10回目から最後の14回目の会合が開かれ、文部科学省は、平成29年7月、新たな「大学入学共通テスト」の実施方針の中で、英語では民間の検定試験を活用し、“導入”することを公表。

その後、文部科学省は、専門家や民間事業者などによる連絡協議会を設置し、試験の指針などを協議したほか、高校や大学の関係者の意見を聞くため、去年12月に設置した「大学入試英語4技能評価ワーキンググループ」は原則、非公開で議論が行われた。

一方、今回の延期を受けて、文部科学省は、経緯を検証するため、「検討・準備グループ」の非公開で行われた議論と、議事録が作成されていなかった「大学入試英語4技能評価ワーキンググループ」での出席者の発言を公開する方向で調整している。

延期判断の背景には

「大臣就任以来、試験を受ける高校生のことをいちばんに思いながら、進捗状況を冷静に分析しつつ、多くの方のご意見を伺いながら慎重に検討を行ってきた」
民間試験の導入延期を発表した際、このように述べた萩生田大臣は、ことし9月の大臣就任以来、試験の導入をしゅん巡してきたという。この間、みずからの「身の丈」発言への批判も浴びながら、国会で野党から受ける質問は、自身が文部科学省の官僚に説明を求めてきた事柄と重なっていた。

官僚からの説明は、「いまさら引き返すことはできない」といったものに終始したという。そして、受験に必要となる共通IDの申し込みが翌日に迫った10月31日。安倍総理大臣に電話した萩生田大臣は、安倍総理大臣から「任せる」と、対応の一任を取り付けた。
「現時点で、経済的な状況や居住している地域にかかわらず、ひとしく安心して試験を受けられるような配慮など、文部科学大臣として、自信を持って受験生におすすめできるシステムになっていないと判断せざるをえない」
11月1日、萩生田大臣は、みずからの判断で決めた延期を発表した。その背景には、文部科学大臣に起用された際の安倍総理大臣からのあるひと言があった。

「“文教族”として、文部科学省を立て直してくれ」

1人の大臣では決められない

一方で、NHKの霞が関リアル取材班の取材では、複数の官僚が、「英語民間試験の導入は下村氏の強い指示だった」と証言し、中には「無理が押し通された」とこぼした幹部もいたが、下村氏本人は?
(下村氏)「一人一人が思ったことだから、否定しても仕方がないが、もうちょっと事実を検証してもらいたい。もともと党の教育再生実行本部で提案があって、私が文部科学大臣の時に、政府の教育再生実行会議で議論をしていただいた結果、『民間英語試験を活用したらどうか』と提言された。中央教育審議会でも民主党政権の時から大学入試改革の在り方の諮問を受け、ずっと議論してきた中で、『民間の英語試験も活用したらいいのではないか』という話が出ていた」
「自民党内でも、政府内でも、中教審でも議論され、それらを受けて、私が大臣の時に、具体的に実行していくためのプログラムとして『高大接続改革実行プラン』を決定したのが経緯だ。いくらなんでも、1人の大臣がほかの議論もなく、勝手に決めるなんてことはできるはずがない」

自民党“文教族”の責任

これに対し、川内氏は、導入決定のプロセスは不透明だったと指摘。歴代の文部科学大臣や自民党の国会議員には経緯について説明責任があると強調した。
(川内氏)「いわゆる自民党の“文教族”と言われる、下村氏をはじめとする国会議員の影響力があったのだとしたら、彼らはその責任を負わなければならない。文部科学省と何を議論し、何を指示し、どう結論に至っていったのか説明すべきだ。正しいことは正しい、間違っていたことは間違っていたと、堂々と主張すればいいだけのことだ」

今後の課題は

英語の民間試験の導入延期を受けて、文部科学省は、大臣のもとに設置される検討会議で、導入に至った経緯を検証するほか、試験の仕組みを含めて抜本的な見直しを行い、今後1年をめどに結論を出す方針だ。

グローバル人材の育成に向けて、文部科学省は、英語の「読む」「聞く」「話す」「書く」の4技能を測定する必要性に変わりはないとしている。5年後の令和6年度の実施に向けて、経済状況や居住地域にかかわらず、いかにして、安心して試験を受けられる制度を構築できるのかが今後の課題となる。

自民党の文部科学部会も、今回の延期を受けて、地域や経済の格差に配慮し、国が責任を持って実施できる体制の構築などを求める決議を萩生田大臣に提出した。今後、自民党はどう対応していくのか。下村氏は?
「50%の大学がすでに入学試験に民間の英語試験を使っているし、来年は70%の大学が手を挙げていた。受験生が混乱しないようにするためには、使おうとしている大学ができるだけ使えるような環境づくりをバックアップする必要がある」
「私学助成や運営費交付金等で、そういう大学を支援するとか、チャレンジしようとしている高校生の負担軽減を図ることも、これから議論していく必要がある。自民党もしっかりとたたき台を作っていくべきだ」
一方の川内氏。グローバル人材の育成に必要なのは、入試の方法を変えることではなく、高校と大学の教育内容を抜本的に見直すべきだと力を込める。
「1点刻みを競う仕組みではない入試にしていくという趣旨には賛同し理解もするが、そのためには高校や大学の教育課程を変えないといけない。教育を変えず、入試ばかり変えるのは本末転倒で、入試対策をする受験産業が生き残るだけだ。無理やりゴールを置いて、そっちに向かおうとすると無理が生じるので、民間試験の導入が絶対ではない」

どうする記述式問題

さらに、議論となっているのが大学入学共通テストの国語と数学に導入される記述式の問題だ。アルバイトの大学生も採点にあたることが想定されていることなどから、公平な採点が困難で、受験生が試験後に自己採点することも難しいといった懸念が出されている。川内氏は?
(川内氏)「受験生がおよそ50万人いるのに、レベルをそろえ、ミスなく採点するのは不可能だ。受験生は自己採点もできず、志望校の出願にも影響する。入試の採点は完璧でなければならないが、アルバイトに採点をお任せするというのは言語道断であり、記述式の問題は導入を中止すべきだ」
立憲民主党など野党4党は、11月14日、導入を中止する法案を国会に提出した。これに対し、文部科学省は、記述式問題の採点業務を適切に行えるか調査するための模擬テストの検証結果を踏まえ、採点の質の維持・向上に努め、不安解消に取り組む考えだ。

大学入学共通テストの実施は来年度に迫っている。採点の基準を明確化し、公平・公正な仕組みを担保するなど、受験生の不安を一刻も早く払拭(ふっしょく)することが喫緊の課題として求められているほか、これまで議論が積み重ねられてきた大学入学試験の在り方は、具体的にどうあるべきなのかも問われている。