僕はただ、投げたかった

僕はただ、投げたかった
「レントゲンで骨の一部がはがれた肘を見たときはショックで…。親として本当に申し訳ない」
目に涙を浮かべながら話したのはある野球少年の母親だ。この少年は肘の手術を受け、ピッチャーを断念した。当時、まだ小学5年生だった。(首都圏放送センター記者 藤井佑太)

小さなエースに異変が

少年が野球を始めたのは小学3年生のころ。身長は1メートル30センチ台で体はまだできていなかった。それでも4年生からは大好きなピッチャーを務め、1日100球以上、投げることもあったという。

部員の少ないチームのエースとして活躍したが、たび重なる試合と練習で小さな体で投げ続けるなか、ある日、肘の痛みが止まらなくなった。
「ぎりぎりまで投げていましたが、痛みに耐えられなくなり限界でした。手術を受けましたがその後もケガを繰り返し投げ続けることはできなくなりました。ピッチャーが好きでした。やっぱりピッチャーがいないと野球は始まらないっていうか、主役という感じがして。ピッチャー、続けたかったですね」(少年)

野球少年 4人に3人に障害!?

投げすぎで肩や肘を壊す子ども。実は少なくないことがある調査でわかった。
ダルビッシュ有投手や田中将大投手など一流選手を数多く輩出してきた硬式野球チームの団体「ボーイズリーグ」が、医師に依頼してトップレベルの中学生球児49人を調査したところ、エコーによる診断で、▽じん帯が引っ張られ骨の一部がはがれるなどの障害があった選手が37人、率にして75.5%、実に、4人に3人に上ることがわかったのだ。

原因は“投げすぎ”。
診断した慶友整形外科病院の古島弘三医師によると、成長期で体ができあがっていないのに投球を繰り返し肘に過度な負担をかけることで骨の一部がはがれてしまう。

3か月ほど休養すれば骨は元に戻るが、そのまま練習を続けていると、骨と軟骨がぶつかって破壊されるなど治療が必要な状態になり、選手生命さえ、奪いかねないという。

選手への問診でも深刻な結果が明らかになった。
▽これまでに肘の痛みがあったと答えた選手が半数を超える26人(53%)。▽肩の痛みがあったと答えた選手も24人(49%)と、どちらも半数前後。さらに、▽いま現在も投げるときに肘が痛んだりじん帯部分を押すと痛んだりする症状がある選手が8人(16%)。

「今すぐ休養が必要だ」
医師は選手たちに伝えたという。

過酷な少年野球

どうして、野球少年たちにこんなことが起きるのか。背景には、プロよりも過酷とさえ言える練習環境があった。
今回の調査で、練習時間(土・日それぞれ)を選手から聞き取ったところ、▽8時間以上と答えた選手が25人(51%)と全体の半数を超え、▽5時間以上と答えた選手も4割近く(39%)にのぼった。しかも、年間で休養が1か月以上あると答えた選手はわずか7人(14%)。こちらも1割台だった。

肘の骨の一部がはがれる障害は3か月あれば元に戻ると医師は言っていたが、これでは元どおりになる時間もない。まさに“練習漬け”。

小学校時代も同様の練習時間だったと子どもたちは答えている。

小・中学校の時期に地域を代表し“天才”と騒がれたエースがその後、伸び悩む理由の1つにこうした実態があった。

子どもたちへの“重圧”

さらなる理由は、少年野球チームならではの事情。

多くは選手層が薄く優秀な選手が替えのきかない存在になっていく。負けられない状況ですぐに頼られてしまう雰囲気があるという。
チームの絶対的なエースとなると指導者が「この投手じゃなきゃ勝てない」「この投手で負けたなら仕方がない」と考えがちになる。

活躍すればするほど、勝てば勝つほど負担が増大する。さらに大会は、負けたら終わりのトーナメント戦がほとんどだ。

リーグ戦のプロ野球と違って優勝するには負けられない戦いが続くのが少年野球で、その負担を小さなエースが背負う。

冒頭で紹介した小学5年生でピッチャーを断念した少年は当時をこう振り返った。
「監督には怒られてばっかりで怖くて何も言えなかったです。試合に出ないのは『申し訳ない、迷惑がかかる』と思って痛いなんて言いだせなかった」(少年)

本当に子どものため?

ことしの夏、こうした風潮に一石を投じる機会が甲子園の地方予選であった。
岩手大会の決勝、最速163キロの大船渡高校・佐々木朗希投手は決勝で登板することなく敗れ、甲子園出場を逃した。勝てば甲子園という大一番でエースを起用しなかった監督の采配に議論が巻き起こったのだ。

骨や筋肉、じん帯などが球速に耐えられるほど成長していないと診断を受けたとして慎重な起用を続けてきた監督に対し、民放テレビでコメンテーターが「絶対、投げさせるべきだった」と発言。それをダルビッシュ有投手がツイッターで批判し、多くの関心を集めた。

指導者は、「みんなのため」とか「チームの夢のために」という言葉を子どもたちにかけるという。それは熱意の表れかもしれないがその言葉が野球が大好きだった子どもたちを結果的に引き離す結果となっている。

教育的な側面が部活動やスポーツクラブにはあるというが、大人による指導はしばしば自分本位になりがちだ。

子どもがみずから考え主体的に取り組む姿勢を尊重する方向にかじを切る必要があるのではないか?

大人ができることは

今回の調査結果を受けて、ボーイズリーグはことし8月から東日本の大会で投げ過ぎを防止する投手の球数制限に踏み切った。
全国高校野球を主催する高野連=日本高校野球連盟も今月、有識者会議の答申を受けて球数制限の導入を正式に決定する予定だ。

さきほどの少年の母親は今も悔いが残るという。
「私たち夫婦はともに野球の経験がなくて、練習が終わると子どもが肘が痛いと言っていたのに、“すぐに病院に行くのは大げさ”という雰囲気がチームにもあり野球をやっていれば当たり前の痛みなんだと勘違いしてしまって。子どもを応援しているつもりがそれが負担になっていたのかと」(母親)
母親には今でも忘れられない場面があるという。手術を受ける直前の大会で息子がピッチャーとして1点差で負けた試合だった。
「投げ終わったとき、息子がすごくいい笑顔をしていて。『投げきったぞ、やりきったぞ』というような。なんで負けたのにこんなにさわやかなんだろうって。その顔が今でも忘れられないんです」(母親)
それほどまで好きだったピッチャーを諦めた少年。同じことを繰り返さないため大人たちができることはまだまだあるはずだ。
首都圏放送センター
藤井佑太
遊軍記者として経済事件からスポーツ・芸能まで幅広く取材。
「子どもとスポーツ」は去年から継続取材。