ベルリンの壁崩壊から30年 横浜の企業が一部を保存公開

ベルリンの壁崩壊から30年 横浜の企業が一部を保存公開
東西冷戦の象徴だったドイツのベルリンの壁が崩壊してから、9日で30年になります。横浜市の企業では、当時の壁の一部が保存され、平和や自由を考えるきっかけにしてほしいと、一般に公開されています。
ベルリンの壁は冷戦時代に建設が始まり、28年にわたってベルリン中心部を東西に分断しました。1989年に崩壊してから、9日で30年になります。

この壁の一部を、横浜市都筑区にあるドイツ企業の日本法人が購入し、平和や自由を祈って、14年前から敷地内に設置して公開しています。

壁は、高さおよそ3.6メートル、幅およそ1.2メートルで、西側の壁面にはカラフルな絵が描かれ、ハンマーで壊されたとみられる跡が残されている一方、東側の壁面は、何も描かれておらず、無機質なコンクリートのままです。

会社では、壁を自由に見学できるように常時公開していて、今も週末を中心に、写真を撮りに来る人が絶えないほか、夏休みには小学生を招いて、壁が崩壊した歴史を通じて、平和と自由の大切さを伝えているということです。

ドイツ企業の日本法人、『テュフラインランドジャパン』の広報担当の井田美穂さんは「今は世界情勢が激しく変化し、難しい時代だが、壁が崩壊するまでの厳しい時代と比べれば平和だと思う。壁を通じてその大切さを感じていただけたらうれしいです」と話していました。

壁崩壊当時ドイツにいたスタッフは

ベルリンの壁を公開している横浜市にあるドイツ企業で働くフランク・ピラーさん(56)は、壁が崩壊した30年前、生まれ育った東ベルリンでエンジニアとして働いていました。

当時は、店にものがほとんどなく、外国に自由に旅行ができなかったので、テレビやラジオを通じて知る西側の世界に憧れを抱いていたといいます。

ピラーさんは、壁の崩壊の翌年、日本で働く仕事に就けたということで、「壁の崩壊で私の人生は完全に変わり、新しい可能性をつかんで日本に来ることができた。壁が崩壊しないままだったら、ただ生活するだけの今より絶対につまらない人生だったと思う」と話していました。

また、当時、東ドイツに留学していた、この企業で働く山本理恵さん(56)は、壁が崩壊した数日後に西ベルリンを訪れた時の、自由で豊かな社会に希望を抱く東ドイツの人たちの姿を鮮明に覚えているといいます。

山本さんは「壁は人為的に人と人とを分断する存在で、壁が開く前というのは、ただただ恐ろしく不気味でしかなかったが、その壁がなくなったというのは本当に喜ばしいことだった」と当時を振り返っていました。