“あれは私だったかも” 双子・3つ子の母親たちの叫び

“あれは私だったかも” 双子・3つ子の母親たちの叫び
食事は一日1回。歯や耳が痛くても病院にすら行けない。遠い世界の話ではありません。今、この国で、双子や3つ子など「多胎児」を育てている人たちの身に起きていることです。愛知県の母親が3つ子の1人を死亡させた事件をきっかけに、その過酷な育児の実態に注目が集まりました。もちろん、子どもを傷つけるのは許されることではありません。ただ、多くの母親たちが “あれは私だったかも” と感じていることを、あなたは知っていますか?(ネットワーク報道部記者 有吉桃子)

悲痛な告白 次々と…

『完全にノイローゼで後ろ向きなことしか考えられませんでした。毎日泣いていました』
『何度子どもを殺してしまうかも…と思ったことか分かりません』
「読み上げるのにも本当に心が痛みます」

今月7日、厚生労働省で開かれた会見。
インターネット上で、あるアンケートを行った女性は、時に涙を浮かべながら結果を読み上げました。
会見を開いたのは「多胎育児のサポートを考える会」の市倉加寿代さんです。
市倉さん自身も都内で2人の子どもを育てています。

アンケートを行ったきっかけは、双子を産んだ友人の大変さを目の当たりにしたことでした。
「双子が泣いて追い詰められた時、彼女自身がクローゼットの中に閉じこもって時間が過ぎるのを待つことがあると聞いた時に、これは友情とか家族の頑張りで何とかなるレベルを超えていると思いました」(市倉さん)

深夜に届いた1591人の声

市倉さんは、多胎児を育てる時の困難さを目に見える形で伝えようと、インターネットを通じて当事者の声を聞くアンケートを始めました。

協力の呼びかけは主にSNSを通じて行いました。

その結果、回答を寄せてくれた人たちは1591人。
予想をはるかに超えていました。

多くの人が夜の9時以降に、中には深夜の2時や3時に、回答を寄せてくれた人もたくさんいました。

市倉さんは、これだけでも多胎育児がいかに大変で、いかに自分の時間を持てないかが分かったと言います。

あまりにも痛々しい叫びが…

さらに驚いたのは、寄せられた内容があまりにも悲痛だったことです。
「食事も一日1回おにぎりだけ、という日が本当にあります。トイレも我慢し、大人なのに漏らしてしまったことさえあります」
「双方の実家が遠方のために歯医者に行くことができず、神経まで達し抜歯することに」
「ある日、耳が痛すぎて、それでも病院に2人を連れて行くのをちゅうちょしていましたが、いよいよ聞こえづらくなり意を決して受診すると鼓膜が破れていました」

想像できますか?ぎりぎりの毎日

毎日の過酷な生活は、親たちをぎりぎりまで追い詰めていました。
「声を上げる気力も暇もない。問題に気づくのは、死亡事故や事件が起きた時。多胎育児をしていれば、誰にも起こりうる、みんなぎりぎりのところで耐えている」「毎日2~3時間睡眠で一日中泣き声がする中から逃れられない状況がどれだけ精神を崩壊させるか想像できますか?」

虐待の告白のような記述さえ

中には深刻な内容の記述もありました。
「毎日が戦争。気が狂うし死にたくなる。虐待する気持ちも分かってしまう」
「ノイローゼ手前にまでなり、子どもを投げてしまったこともある」

体験者に聞きました

市倉さんのアンケートに答えた、都内に住む角田なおみさんに話を聞くことができました。

いま苦しむ人たちのために

なおみさんと夫の克彦さんは双子の女の子を育てています。
2人が3歳半を過ぎた今は育児が少し楽になったそうですが、今まさに多胎育児に苦しんでいる人たちのためにできることをしたいと取材に応じてくれました。

なおみさんは一時、“育児ノイローゼ” に陥ったと言います。

そのきっかけは、双子を連れて外出するのが難しく、大人とほとんど会話をする機会がなかったことです。
孤独な環境で追い詰められていく中で、SNSでほかの家庭の子育てを見たことで、それは決定的になりました。
「『きょうはベビーカーでカフェに行ってひと休み』とか『きょうは手作りのおやつ』とか、楽しんでいる風景がアップされると妬ましいんですよね。この赤ちゃんのほうが幸せそうとか、うちの赤ちゃんを見ると、この部屋から何か月出ていないとか、きょうも泣いてるとか、タイミング悪く、ミルクを吐き戻したりするとずいぶん落ち込んで…」

おなかにいる時から始まった大変さ

おなかの中にいる子どもが双子だったと分かった時には、宝くじに当たったような、どこかひと事のような感じがしたといいます。

しかし、なおみさんは、多胎の大変さを妊娠中から実感せざるをえませんでした。

妊娠8か月で、おなかの大きさが赤ちゃんが1人の場合の臨月の時期と同じになったのです。
足元が見えなくなり、転んでしまい、血が止まらなくなって怖くなりました。

身長が1メートル50センチほどのなおみさんの腹囲は、妊娠9か月の時には1メートルを超えました。

そこから子どもたちが1歳になるころまで、ほとんど引きこもりの状態になったと言います。

あのころを思い出せない…

私(記者)が驚いたのは、双子の育児の大変な点を尋ねた時、なおみさんと夫の克彦さんが口をそろえて「記憶があまりない」と答えたことでした。
なおみさん「ごはんとか食べてたかな?あなたはお弁当を買って帰って来て食べてたような。私は作ってなかったでしょ?」
克彦さん「そうだった?弁当食べてたことあるかな。作ってなかったっけ?」
なおみさん「覚えてない」
克彦さん「記憶がない」

授乳もおむつ替えも何十回となく

当時の生活を記した育児日記を見せてもらうと、双子のそれぞれに一日10回ほど授乳し、おむつは合わせて20回以上替えていました。
「授乳と授乳の間も寝られるわけじゃなくて、子どもが泣いていたり、哺乳瓶を洗ったりとか、洗濯もたくさんあるし、ミルクを吐き戻されるとベッドを丸ごと洗わないといけなくて」(なおみさん)

助けがあっても独りぼっちのような…

里帰りをしたり、双方の親に自宅に泊まり込みで手伝いに来てもらったり、自治体が補助するヘルパーを呼んだり。
なおみさんと克彦さんは考えられる助けをすべて借り、仕事が忙しい克彦さんも可能なかぎり協力していました。

しかし、なおみさんが赤ちゃんと3人だけになることは多く、孤独を感じることが増えていきました。
「夫はどちらかと言えば協力的ですが、夜、仕事から帰ってきて疲れていると、子どもが泣いても起きないことがあります。そこでひとりぼっちだ、こんなに近いのに気づいてくれないんだと泣いた夜があったのをよく覚えています。孤独との戦いで、死んだほうが楽だなと思うこともありました。でもこのミルクをあげてからにしようとか、おしめを取り替えてからにしようとか…」(なおみさん)
「こんなに大変なことになると思っていなかったので、当時は仕事を優先してしまっていました」(克彦さん)

光が見えた!

なおみさんと克彦さんを救ったのは、毎月のように様子を見に来てくれていた友達でした。

保育園に関する情報を調べて、申し込み用紙などの書き方まで指導してくれたといいます。
そして、1歳になる前のタイミングで2人とも同じ保育園に入園することができました。
「双子を妊娠した時から、真っ暗なトンネルをずっと歩いていて、あるとき、2人を抱えて崖を歩いているんだということに気づくんですが、隣で手をつないでくれているはずの夫も、本当に手をつないでいるのかわからないし、崖から落ちそうになったらちゃんと引っ張ってくれるのか不安がありました。でも保育園が決まったって電話があったときに、出口はあっちだ!光が見える!と思いました」(なおみさん)

子どもたちがきょう生きているのは

克彦さんが保育園の連絡帳に書いた一文が、当時の大変さを象徴していました。
「先生方の明るさとこまやかな気配りに助けられる日々でした。赤子から子どもになるのがこんなに大変なのかと実感しています。2人の子どもがきょう生きているのは先生方のおかげです」(克彦さんが書いた連絡帳の一文)
「保育園がなければ今ここにいないと思います。夫もそう思ってくれていたんだと思いました。これを読んで、私、殺していたかもしれない、あの3つ子のお母さんは私だったかもしれない、と思いました」(なおみさん)

あとに続く親の助けになりたい

双子が少し大きくなってから、なおみさんはデザイナーというみずからの仕事を生かして、双子向けの育児日記を作り、手作りの品を販売するサイトに出しました。

普通の育児日記では1人分しか書けませんが、同じページで2人分の授乳やおむつ替え、睡眠の記録をつけられるようにしました。

さらに、母親の睡眠時間も記録できるようにしました。
「客観的に見て『私、一日2時間しか寝てない』ってなれば、普通の人間の生活をしていないことに気づけるし、夫やほかの人たちにも頼れると思うんです」(なおみさん)
購入してくれた母親たちからは「私が母親でごめんなさいと思います」「もっと頑張らなきゃいけないですね」といったメッセージが寄せられることがあると言います。
「あの時の泣いている私がここにいると思ってしまいます。これ以上、つらい思いをするお母さんを減らすことができないかとずっと考えています。いちばん大変なのは限られた期間だから、お金をかけてでも、人を呼んで大人と話したり、罪悪感を持たずに寝る時間を作ってほしいです。父親の協力も不可欠で、職場の理解を得ておくことも重要だと思います。母乳育児を諦めれば父親も面倒をみられますし、母親の精神状態も安定します。大事なのは親が毎日生きていくために健康を維持することだと思っています」(なおみさん)

助産師が双子の親になって

もう一人、市倉さんのアンケートに答えた母親に話を聞くことができました。

米澤かおりさんは助産師として、双子を出産した母親や赤ちゃんのケアに当たったこともある、いわば専門家です。

長男と1歳になる双子の3人を育てています。

育児経験もあり、双子育児の大変さは理解していたため、夫、双方の両親など、サポート態勢も整えました。

しかし、双子の大変さは想像以上でした。

37週で出産した赤ちゃんは、およそ2300グラムと2400グラムと小さめ。

1人は産後1か月ほど病院に入院することになり、1人を実家でみながら、病院にいるもう1人に母乳を届ける生活が始まりました。

しかし、さらに大変だったのは2人とも退院してからだったと言います。
「病院通いのほうが大変だと思っていたんですが、2人育児になったら、急に何もかもできなくなりました。授乳とおむつ替えをしていたら一日が終わるし、どっちに授乳したのか、誰がうんちをしたのか、それがきのうだったのかきょうだったのか、何もかも分からなくなりました。母乳とミルクの混合で育てていたのでよけい混乱して、長男の時は助産師的に判断ができていたのに、急にできなくなりました」(米澤さん)

「専門家」でも「プロ」の助けを借りる

どうしていいか分からなくなった米澤さんは、自治体の補助を使って産後ケアの病院に入院し、ほかのプロの手を借りることにしました。
「双子は小さめで生まれることも多いですが、小さい子はおっぱいを飲むのも上手ではないので、おっぱいをあげて搾乳もして、ミルクもあげて、それが2人というのがすごく大変でした。産後ケア入院は休むものというイメージもありますが、家に帰ってからどうしたらいいのか、一緒に考えてもらえたのがよかったです」(米澤さん)

自分がなって初めて気づいた

米澤さんは助産師としての自分がこれまでに十分な支援を行うことができていたのか、振り返るようになりました。

1人きりで家事もしながら多胎育児をするのはありえないことで、大切なのは、産後ケアのための入院に対する補助や、助産師や保健師などによるきめ細かい支援だと感じています。
「まずは人手が必要ですし、多胎ならではの育てにくさをどう支援するか、行政のサポートなども窓口に行かないと基本的に受け付けないというのは見直してほしいです」(米澤さん)

誰もが抱えるつらい思い

市倉さんが行ったアンケートでは「気持ちがふさぎ込んだり落ち込んだり、子どもに対してネガティブな感情を持ったことがある」と答えた親が93%に上りました。

さらに、育児の中で「つらい」と感じた場面を複数回答で聞くと、
▽「外出・移動が困難である」が89%、
▽「自身の睡眠不足・体調不良」と「自分の時間が取れない」が77%と、多くの人がさまざまな負担を感じていました。

社会の助けが必要です

アンケートを行った市倉さんは勤務先のNPO法人の協力も得て、多胎児の親の負担軽減を図るために行政機関などに働きかけを行うことにしています。

具体的には、
▽多胎児は保育園に優先的に入れるようにすること、
▽一時保育を利用しやすくすること、
▽大型のベビーカーでバスを利用する時は、たたまなくても乗車できるようにするといった公共交通機関での配慮、
などを求めていくことにしています。

かけがえのない「育児」を支える

不妊治療の普及に伴って、多胎児を出産する割合は増加傾向にあります。
毎年、およそ100人の妊婦のうち1人が多胎児の母親になっている、というデータもあります。

楽しいはずの育児がつらいものにならないように、赤ちゃんと親の命を守るために、支援の手を広げていくべきではないでしょうか。