“世界一奇妙な”サッカー南北戦 ギクシャク関係あらわに

“世界一奇妙な”サッカー南北戦 ギクシャク関係あらわに
「世界一奇妙な南北ダービー」「常軌を逸した一戦」ー。欧米メディアがそう名付けたのは、先月、ピョンヤンで行われた韓国と北朝鮮のサッカーの試合です。南北がサッカーで対戦することはしばしばありますが、男子のA代表がピョンヤンで試合するのは29年ぶり。しかし、異例だったのはそれだけにとどまりませんでした。そして、その背景にあったのは…。

(ソウル支局・佐々一渡)

ピョンヤンで29年ぶり 歴史的南北戦のはずが…

2019年10月15日。ピョンヤンにあるキム・イルソン(金日成)スタジアムに、韓国の国歌が鳴り響き、韓国の国旗が掲げられました。

これは北朝鮮では異例のことです。

2022年のワールドカップカタール大会を目指すアジア2次予選で、韓国と北朝鮮が対戦したのです。これまで南北の間では、男子のA代表がワールドカップの予選で対戦したことはありましたが、試合はいずれも韓国か、第3国で行われました。

ワールドカップ予選で南北がピョンヤンで対戦するのは史上初めて、男子の南北の代表チームがピョンヤンで顔を合わせるのも29年ぶりでした。

異例! 観客なし 中継なし 結果は得点もなし

しかし、この歴史的な試合は「ないものづくし」となりました。

北朝鮮は、韓国の応援団の受け入れを拒否し、スタジアムにはピョンヤン市民の姿もありませんでした。試合を無観客で行うことにしたのです。
その意図については、韓国の応援団を受け入れなかったので同じ条件にした、韓国の国歌や国旗をピョンヤン市民に触れさせたくなかった、さらには、試合に負けることを懸念したなど、韓国ではさまざまな見方が出ました。

さらに、テレビによる中継もありませんでした。北朝鮮は、韓国メディアの現地入りも認めなかったのです。

韓国のサッカー協会は、試合中、現地に派遣したスタッフから送られてきた情報をツイッターで発信し続けました。
そして、試合の結果は双方とも得点なく0対0で終了。

「ないものづくし」となったこの試合をメディアは「世界で最も奇妙な南北ダービー」「常軌を逸した一戦」と伝えました。

ユニフォーム交換は「制裁違反」に?!

当初、選手たちは韓国から北朝鮮へ直接向かうことを検討していました。飛行機であればソウルからピョンヤンまで1時間ほど。しかし、北朝鮮がそれを認めず、結局、選手たちは中国経由で2日間かけてピョンヤンに向かうことになりました。

必要な協力を北朝鮮は怠ったとして、韓国のサッカー協会はAFC=アジアサッカー連盟に対して、北朝鮮への処分を求める要望書を提出しました。

ちなみに試合後に互いに健闘をたたえ合うユニフォーム交換もできませんでした。ただ、これは北朝鮮が決めたのではなく韓国側が国際的な制裁に配慮したのです。

韓国代表がアメリカのブランドのユニフォームを着用しているため、それを北朝鮮に置いてくるのは制裁違反になり得ると判断しました。

選手たちはユニフォームやスパイクを確実に持ち帰ってくるよう細かい指導を受けたといいます。まさに「異例づくし」でした。

ギクシャクあらわ すれ違う南北

なぜ韓国と北朝鮮はここまでギクシャクしているのか。

背景には現在の南北関係があります。相手に対する姿勢がまったく違うのです。

韓国 “なんとか南北関係発展させたい”

まず、韓国です。ムン・ジェイン大統領は、南北関係の発展を最重要課題の1つに掲げています。
ことしの国連総会では、南北を隔てる非武装地帯を国際的な平和地帯に設定し、国際機関を誘致することを提案しました。そのうえで、南北共同で世界遺産の登録を目指そうと呼びかけました。

韓国は、その非武装地帯の環境整備に力を入れています。
ことし6月、北朝鮮からわずか400メートル南側に位置する村に、次世代の通信規格「5G」を使ったサービスが導入されました。

ムン大統領が言う「平和地帯」にするため、国際機関を呼び込もうとしているのです。

北朝鮮 韓国への厳しい姿勢崩さず

一方の北朝鮮。韓国に対して非常に厳しい姿勢をみせています。

特に韓国に衝撃を与えたのが、南北が共同で観光事業を進めた北朝鮮の景勝地クムガン(金剛)山をめぐるキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長の発言でした。

キム委員長は、韓国側の施設は「見るだけでも気分が悪い」と述べて、撤去するよう指示したのです。

さらに北朝鮮側は、施設の撤去に向けて書面を交換する形で協議したいと要請しました。

これに対して韓国側は、直接会って話をすることを求めました。両者の立場の隔たりは埋まらず、協議が始まる見通しは立っていません。

弔電から3時間後のミサイル発射

先月29日、ムン大統領の母親が亡くなると、キム委員長はその翌日に弔電を送り、深い哀悼の意を伝えました。北朝鮮との関係改善を模索していた韓国側では、1つのきっかけとなるのではないかとの期待が膨らみました。

しかし31日、弔電が届けられたという発表からわずか3時間後、北朝鮮は日本海に向けて短距離弾道ミサイルとみられる飛しょう体を2発発射。にわかに出た期待感もしぼむ結果となりました。

北朝鮮の視線はアメリカに

では北朝鮮の視線はどこに向けられているのか。それはアメリカです。

先月、アメリカとの非核化をめぐる実務者協議が再開しましたが、北朝鮮は決裂したと主張。アメリカには、ことし中に打開策を提示するよう求めています。

米朝間の協議に進展がなければ、北朝鮮に対する制裁が緩和されるのは難しく、南北間の経済協力についても進展は望めません。北朝鮮が韓国に対するいらだちを募らせる1つの要因となっているとみられます。

ムン政権にとっては、看板政策の南北関係が行き詰まり、支持率の下落にもつながっています。

3回の首脳会談が行われるなど、融和ムードが広がった去年から一転、事態打開に向けた有効な手立てがない中、南北関係は不透明さを増しています。
ソウル支局
佐々一渡