置き去りにされた選手の思い 会場変更が投げかけたもの

置き去りにされた選手の思い 会場変更が投げかけたもの
「なんで変わったのか、本当のところを知りたい」
日本陸上競技連盟の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは、こう選手の気持ちを代弁した。
開催都市「東京」で行われないことが急転直下で決まった来年のオリンピックのマラソンと競歩。IOC=国際オリンピック委員会は、選手の命と健康が第一とする「アスリートファースト」を強調。しかし、その決定の過程では多くの選手の思いが置き去りにされてしまった。何をもって「アスリートファースト」なのか。
(スポーツニュース部記者 本間由紀則)

仮想五輪もむなしく

まだ暑さが残る9月、日本の陸上界にとって歴史的なマラソンレースが行われた。
レースの名は、MGC=マラソン グランド チャンピオンシップ。厳しい選考条件をクリアした選手たちが東京オリンピックのコースを舞台に“一発勝負”で自国開催の日本代表を争った。
男子は、設楽悠太がいきなり飛び出して独走。終盤は、設楽をかわした3人がデッドヒートを繰り広げた。女子は、世界を見据えたレース運びで暑さへの対応力を示した前田穂南が優勝。そして鈴木亜由子が我慢の走りで代表権をつかみとった。
多くの人のをゆさぶった“仮想五輪”の代表選考レース。出場したすべての選手が1年後に同じコースを走りたいという強い思いを持って臨んだ、まさに一世一代の真剣勝負だった。

しかし、そのわずか1か月後…
IOCが発表したのは、札幌への会場変更プラン。

「あれは何だったんだ?」

東京オリンピックの舞台で走ることを夢みてレースに臨んだ選手たちの偽らざる本音だった。

「アスリートファースト」で会場変更へ

会場の変更にあたり、IOCは「アスリートファースト」という理念を強調。バッハ会長やコーツ調整委員長は「アスリートの健康を守るため」と主張した。
しかし夏の東京の厳しい暑さへの懸念は、招致決定後からずっと言われてきたことだ。だからこそ、選手たちは、女子であれば2020年8月2日、男子であれば8月9日に東京を走ることを思い浮かべながら厳しいトレーニングを重ねてきた。

選手を第一に考えるということに異論はなく、選手の負担を少しでも減らすという考え方ももっともだ。
それでも本番まで1年を切ってからの突然の会場変更に選手たちは戸惑いを隠すことができなかった。

「アスリートファースト」って何?

ある代表選手は…
「大勢の観客が迎えてくれる国立競技場で、ゴールしたかった」
“札幌移転”が決まったあとの会見。
日本陸連の瀬古利彦リーダーは、置き去りにされてしまった選手の気持ちを代弁し、決定を厳しく批判した。
「決められていたことを急に変えると言うことは、アスリートファーストではないと僕は思っています。暑いと言うけど、野口みずきさんが勝ったアテネのオリンピックは34度、35度はあったという話です。暑いところは(これまで)いくらでもあったはずなんです。われわれは真剣にやってきたわけですから。なんで変わったのかなと、本当のところを知りたい」(瀬古利彦)
バルセロナオリンピックに出場し、現在は女子マラソンの強化を担当する山下佐知子コーチは、アスリート目線でIOCの判断に反論した。
「(東京のコースは)ラストの4キロが上り坂というとても過酷なコースだったが、練習して準備して、そこに臨むということに喜びもあった。体への負担はあるが、そこを準備するのがアスリートだ」(山下佐知子)
そもそもスポーツは、共通のルールの中でアスリートが最大限の力を発揮するからこそ人々を惹きつける。
何年も前に環境が変わるならまだしも、開催まで9か月という異例の時期の変更に「アスリートファーストって何?」という疑問を多くの人が持ったことは当然だろう。

選手を中心にした大会に

1日の記者会見。IOCのコーツ委員長は、これまで努力してきた日本の選手たちへの思いを聞かれ、従来の主張を繰り返すだけだった。
「何らかのイベントを考える。猛暑に向けて準備してきた選手はいると思うし、アフリカの選手のように札幌の移転を歓迎している人もいる。選手の健康を第一に考えてきた」(コーツ)
アスリートの思いが置き去りにされてしまった移転決定。
大会関係者からは「本当はIOCファーストでは?」という批判も聞かれた。
選手が、ファンが、待ち望んでいる東京オリンピックまであと9か月。「アスリートファースト」を掲げるのであれば、将来にわたって選手たちが笑顔で振り返ることができる大会であるべきだろう。IOCや大会の組織委員会には、選手を中心に置き札幌でのレースを最高のものにする努力を続けてほしいと願う。