国家と文化芸術の関係は~作家 平野啓一郎さん

国家と文化芸術の関係は~作家 平野啓一郎さん
あいちトリエンナーレで議論をよんだ表現の自由、そして、国家と文化・芸術の関係性。この問題をどう考えるのか。今回は芥川賞作家の平野啓一郎さんに話を聞きました。

文化庁は共に闘うべきだった

平野さんは作家として、さらに美術評論家としても活動しています。まずは、あいちトリエンナーレの問題で、文化庁が補助金を不交付にしたことをどう考えるか聞きました。

「文化庁には、自分たちが補助金を出している事業ですから、芸術祭を主催する愛知県と一体となって、脅迫に対して闘う姿勢を示して欲しかったですね。日本政府は海外で邦人が捕まった時には、『テロとの戦いに屈しない』と言ってきたわけです。ところが今回は、『ガソリンをまくぞ』という脅迫があったときに、そういう騒動を起こしたことを問題視し、『予見されるにもかかわらず申請書に書かなかった』などという理由で交付金をストップする決断を下しました。非常に問題があると思います。幸い、展示が再開されたからよかったと思いますが、暴力的な抗議をすれば、自分たちの気に食わない催しを中止に追い込むことができるという1つの事例を作ろうとしていたわけです。文化庁はなんとか展示ができるように動くべきだったと思います」

国と芸術の関係はどうあるべきかしっかりと考えるべき

文化庁が補助金を不交付にしたことは、愛知県の芸術祭だけにとどまる問題ではないと、平野さんは考えているといいます。国と芸術の関係はどうあるべきかこれを機にしっかりと考えるべきだと指摘します。

「僕は、国家が自分たちの社会の中に芸術を内包するということが、本質的にどういうことと考えるかが重要だと思うんですね。芸術創作というのは、もう何万年も前から、人類がサルか人間か、ようやく区別がつき始めたころからずっと営んできた行為です。これは国家の出現より、はるか前から人間がずっと続けてきた行いなんです。芸術は、国家という枠組みを越えて世界的な広がりを持っている表現活動で、その中で生まれたものが、僕たち人間がいまここで生きているという状況の限界を超えて、新しい認識の領域を開いたり、感受性の領域を開いたり、自分の社会の現状を相対化して見る視点を与えてくれたりということをもたらしてくれるものです。国家も、その時々にある思想を持っていて、ある政策に基づいて、行政を行っていますが、それを完全に相対化して新しい視点を開くような文化的な活動がコミュニティーの中にあったほうがいいということになっているから、国家は芸術を保護しているわけです」

政治と芸術の緊張関係は古今東西にあった

世界各国の芸術の歴史にも精通する平野さん。政治と芸術の緊張関係は、古今東西にあったといいます。

それでも、国家や社会にとって、絶対に文化・芸術は欠かせないと平野さんはいいました。

「ヨーロッパならゴヤの時代やドラクロワの時代、日本だって、豊臣秀吉と千利休など、ずっと緊張関係はあるんですね。その中で、王様に従っているふりをしながら、リスペクトしていないことが一目で分かるような絵を描くなどして、非常に複雑な関係を権力との間で築いてきたわけです。権力とアーティストがどう対じするかは非常に複雑な問題で、時には命の危険にさらされている時代もありましたし、一種の戦術も必要ですよね。非常にメタフォリック(隠喩的)な作品を作るとか、文学だと文言をどこを取ってもけちのつけようが無いけど、受け止めた人はみんな政権の批判をしていると分かるとか。中長期的に社会にとって良いものを作って行くことはアートにとって必要な認識です。その時々に、対立することはあるけれど、攻撃的な対立の一辺倒ではなくどういう風にすれば理解してもらえるかという努力も近年は特に重視されています。アートを通じて、非常に多くの利益を個々の国民が得るわけですからその機会を奪っていけば、結局、僕たちひとりひとりの認識がどんどん狭くなっていって、国が今後どういう風に向かっていくのか、他の国とどういう関係を築いたらいいのか、自分たちの人生をどう切り開いていくのかというアイディアの源泉としてのアートを持てないことになります。やっぱり国家、社会というのはその中に文化というものを内包していないと、絶対に成り立たないし、国は憲法で、健康で文化的な最低限の生活を保障するとうたっていますから、アートというのは僕は不可欠だと思います」
そして、平野さんはインタビューの最後、国家と文化・芸術の関係性を次のような言葉で締めくくりました。

「その時々の政権の思想や政策と文化・芸術は先鋭的に対立することがあり得ます。ただ、国家にとっても、中長期的に見ると、新しい認識やものの考え方が、国家の新しい可能性を開いていくものではないかということで、社会の中に抱え込んでいった方は、ゆくゆくは国家にとって良くなるという思想のもとに、芸術を国家の中に保護するというのが、僕は今の国の姿だと思っているんです。その時々の政権が、今の自分たちの考え方に合わないからといって限定しようとすると、それにそんたくしたような作品ばかり生まれてきます。そうした作品からは、僕たちの国を次の時代に向かって、人間の新しい可能性に向かって開いていくような力はもう失われてしまうと思います」