あの世界遺産にもう登れません

あの世界遺産にもう登れません
「エアーズロック」の名でも知られる、オーストラリアにある世界遺産「ウルル」。世界最大級の一枚岩で、日本をはじめ各国の観光客から親しまれてきました。このウルルで人気を集めてきたのが岩登りです。しかし、先月(10月)26日から禁止になりました。なぜ、岩登りは禁止されたのでしょうか。(シドニー支局長 小宮理沙)

東京タワーより高い巨大な岩

年間を通じて雨が少なく、強い日ざしが照りつけるオーストラリア中部。赤土にわずかな木や植物が生えている平地に巨大な岩がたたずんでいます。

「エアーズロック」の名でも知られる世界遺産の「ウルル」です。
高さは348メートルと東京タワーよりも高く、周囲は9.4キロもある世界最大級の一枚岩です。

頂上からは辺り一帯の大自然が一望できるとあって、国内外から訪れる多くの観光客の間で岩登りが楽しまれてきました。

「聖地」に登らないで!

この岩登りに長年にわたって反発してきた人たちがいます。先住民アボリジニの人たちです。少なくとも3万年以上前からウルル周辺で狩りなどをして生活してきました。

岩の小さなくぼみにも精霊が宿るなどと信じられていて、ウルルを自分たちの聖地として大切に守ってきました。

ところが18世紀以降、オーストラリアにヨーロッパから人々が入植し始めると、アボリジニの人たちは土地を剥奪されるようになります。

ウルルとその周辺も国立公園に指定され、観光開発が進められました。岩登りも観光客の間で人気を集めるようになり、岩肌には安全のための鎖がいくつも打ち込まれました。

アボリジニの人たちは、聖地が踏みつけられ、汚されることに心を痛めてきたのです。
こうしたアボリジニの人たちの思いが観光客の間でも知られるようになると、岩を登る人は徐々に減少。

オーストラリア政府によりますと、岩に登りたいという観光客は1990年代初めには74%に上っていましたが、2017年までには20%を下回りました。

そして、この年、先住民の代表も含む国立公園の役員会による協議の末、2年後の2019年10月26日から岩登りを禁止することを決めたのです。

「永遠に閉鎖」されたウルル

岩登りができる最後の日。ウルルのふもとには、日本をはじめ世界各地から大勢の観光客が殺到しました。なかには、宿泊場所を確保できないまま現地入りしたという若者もいたほどです。

訪れた理由を尋ねると、口々にこう答えました。「登れなくなる前に登っておきたかった」ほとんどの人たちがウルルに登れなくなることを惜しむ一方で、先住民の文化を尊重する必要があると、禁止には理解を示していました。
そして…。登り口に使われてきたゲートの近くには、英語で「永遠に閉鎖」と書かれた板が掲げられました。

あわせて、各国の言語で、先住民に配慮して岩登りを自粛するよう呼びかけてきた看板が取り外されました。最後の観光客が頂上から下りてくるとゲートは施錠され、周囲の人から拍手がわき起こりました。
作業を見守っていたアボリジニの女性は、「本当にうれしいです。もう登る人はいません。ありがとう」と話し、両手をあげて喜びを表していました。
翌日、ウルルの登り口を訪れたところ、観光客の姿はほとんど見られませんでした。前日までのにぎわいがうそのように辺りは静まり返っていました。

ふもとだって楽しめます!

人気だった岩登りを禁止すれば、観光客の足が遠のいてしまうのではないか。こうした懸念を払拭(ふっしょく)するため、現地では岩登りに代わる観光資源の整備に力を入れてきました。
その1つが、電動式の立ち乗り二輪車「セグウェイ」に乗ってウルルを1周するツアーです。乗り方を練習したあと、ガイドとともにふもとを回ります。時折止まってウルルの歴史や文化の説明に耳を傾けながら、景色を楽しむことができます。

参加した女性に感想を聞いてみたところ、「暑すぎて歩く気にはなれないので、周辺の景色を楽しむにはちょうどよかったです。ウルルを登る必要はないと感じました」と話していました。

先住民の文化体験も

アボリジニの人たちの伝統文化を体験することもできます。幅広い年齢層が楽しめるのが「ドット・ペインティング」と呼ばれる先住民のアートです。

色彩豊かで、いくつもの小さな点を使う点描という技法が用いられることで知られています。

文字をもたなかった先住民が線や円などの模様を描いて神話や教えなどを伝達し、点描によって外部の人から大切な情報を隠そうとしていたことに由来するということです。
参加者は習ったばかりの伝統の模様や点描を用いて、思い思いの作品を作ることができます。アボリジニの女性は、自然とともに生活してきた先住民について理解を深めてもらうきっかけになることを期待していました。

日本人向けのツアーも整備

さらに岩登りへの関心が高かった日本人向けのツアーを増やす動きもあります。現地の大手旅行会社では、今月(11月)から、英語で行われてきた一部の人気ツアーを日本語でも提供することにしています。
色とりどりのライト5万個でウルル周辺がともされる幻想的な景色を楽しむツアーやアボリジニの人たちの伝統的な食文化を体験するツアーなどを予定しています。
このうち、食文化の体験では、「ウルル」の周辺で採取されてきた木の実や果物などが実際に用意され、参加者が手にとってみることができるほか、一部の食材が原材料に使われたクッキーを試食することができます。
旅行会社では、伝統的な食べ物を日本語で紹介するパンフレットを作成したり、ツアーの予行練習を行ったりして、準備を進めています。

五感で楽しめるツアーは珍しいということで、旅行会社の担当者は、「ウルルは登るためだけのものだと考えている人もいると思うが、現地の文化も知ってもらいたい。ウルルでなければ体験できないものを体験してもらいたい」と話していました。
ウルルに登ることで体験できるすばらしさもあったとは思います。しかし、そのことによって、文化や信仰を軽視されていると感じる人たちがいるということを忘れてはいけません。

あまり知られていませんが、実はウルルは、世界遺産のうち、文化と自然の両方の価値が認められた複合遺産に登録されています。

岩登りが禁止されたことで、ふもとの大自然や先住民の文化にも目が向けられれば、埋もれがちだったウルル本来の奥深い魅力がみえてくるきっかけになるのかもしれません。

※アボリジニの人たちに配慮するため、現地の取材のガイドラインに従い、観光客がウルルを登る様子や神聖な場所などは撮影・掲載していません。
シドニー支局長
小宮 理沙