首里城火災 復元に携わった専門家「ことば失った」

首里城火災 復元に携わった専門家「ことば失った」
首里城の復元に携わった専門家は「炎を上げる首里城を見てことばを失った。沖縄の象徴として首里城を再び取り戻し、沖縄の象徴として後世に伝えてほしい」と話しています。
琉球王国の歴史が専門の琉球大学の高良倉吉名誉教授は、長年、首里城の復元や保存の作業に携わってきました。

沖縄戦により資料の多くが焼失する中、復元にあたっては専門家たちで古文書や図面の分析を繰り返し重ねたほか、職人たちの技術によって「正殿」などの独特の赤い色の塗装を再現するなど細部にまでこだわって琉球王国時代の首里城の忠実な復元を目指したと言います。

首里城では、平成4年に正殿の復元を終えたあとも作業が続き、ことし1月、城壁内側の復元がすべて完了したことから、高良さんにとってことしは達成感を覚えるとともにこれまでの歩みをかみしめる節目の1年になるはずだったと振り返ります。

高良さんは「多くの関係者が戦争で失われた首里城を再び沖縄の地によみがえらせようと30数年かけて取り組んだ事業なので、炎を上げる首里城を見てことばを失った」と話していました。

そのうえで、「復元にあたって、いちばん見てほしかったのは沖縄の子どもたちで、自分たちが暮らす島にはこうした城を持つ歴史があり、かつてこの場所で古典芸能が演じられ、沖縄の伝統・文化の礎になってきたということを感じてほしかった。今回、火災の被害を受けたが、元の首里城を再び取り戻し、沖縄の象徴として後世に伝えていってもらいたい」と話していました。

県立博物館・美術館長「英知詰まった建物」

首里城の復元に携わった沖縄県立博物館・美術館の田名真之館長は火災の映像を見て「復元の苦労を知っているだけに火災は信じられません。資料がなく、宮大工もいない中で、材料になる木を台湾から持ち込むなどして復元が進められた多くの人の英知が詰まっている建物です。ことばにならない思いです」と話していました。