News Up

言えない秘密、でも居場所ができた

土曜日、午後9時すぎ、東京・表参道。ビルの地下へと続く階段を下り、1軒のバーの扉を開いた。ほの暗い照明に、音楽が流れる。テーブルを囲んで男女のグループが談笑している。カウンターでは中年の男性が1人静かにグラスを傾けている。ごくごく普通のバーの光景。しかし、このバーは、普通のバーとは違っていた。発達障害の人たちが夜な夜な集う「発達障害バー」だった。(ネットワーク報道部記者 秋元宏美)

発達障害バー

ウーロン茶を注文してから、奥のソファーに1人で座っていた男性に声をかけてみた。

30代で、川本さん(仮名)という埼玉県から訪れていた店の常連だった。

工場で製造の仕事に携わっていたが、注意不足からたびたびミスをしてしまうことがあった。

がんばっていても空回りし、「気を抜きすぎだ」と、上司から注意される日々が続いた。

「何で自分はできないんだって、悩んでいました」

そんな中、去年の冬、決定的な出来事が起きた。

取り返しのつかないような大きなミスを犯してしまったのだ。

翌朝、目が覚めると、仕事に向かわないといけないことが頭では分かっていても、体が動かなかった。家から出ることすらままならない。

「なぜ自分はこんなにもつらいんだろう。その時、ネットで調べて、自分は発達障害なんじゃないかって」

急かされるような気持ちで病院に向かった。

そこで、初めて、発達障害の一つ、ADHDと診断された。

1か月ほど仕事を休んだあと、復帰したが、職場には病気のことは告げなかった。

ただ、製造の仕事に従事することは難しいと訴え、同じ会社の事務職に配置を変えてもらった。

今は自分のペースで仕事ができるようになったという。

言えない秘密に

川本さんは、職場だけでなく、親にも発達障害のことは秘密にしている。

「親も高齢でいい年だし、いまさら発達障害だとは言えない。言っても親の世代には“障害”ということばは抵抗があると思う。自分の子どもが発達障害と言われても。よけいな心配をかけたくないし、知らないままのほうがいいと思って」
発達障害のことを打ち明けられる仲間もおらず、ずっと1人で抱え込んでいた。

そんな時、ネット上で知ったのがこの発達障害バーの存在だった。

「ここでは日常言えない話もできる。何かしんどいことがあっても、ここには“自分の居場所がある”って思えるようになった」

たどりついた居場所

ネットでは発達障害の症状などの情報は知り得ても、自分以外の当事者のリアルな話はなかなか聞くことができない。

バーに集う人は、ほとんどが発達障害がある人たちでひきこもりの経験がある人も多い。
しかし、お酒を飲みながら打ち解けることで、単に悩みを分かち合うだけでなく、仕事や日常生活の中で周囲とうまく付き合っていくための方法など、前向きな話ができ、それが大きな励みになっていると言う。

「特性や悩みは1人1人、違うけれど、ここに来ると毎回、勉強になる。生きていく力をもらったように感じている」

川本さんは、終始、晴れ晴れした笑顔で話を聞かせてくれた。

バーの代表は自身も発達障害

この発達障害バー「The BRATs」の代表、光武克さん(35)。

2年前にバーをオープンした。
光武さんも、4年前に発達障害の診断を受けた。

こだわりが強く仕事先と衝突したり、周りから「お前本当に今のままじゃヤバイよ」と指摘されたりするほど生きづらさを感じていた。

当事者どうしが交流する自助会などに顔を出す中で、仕事を持っている当事者たちがもっと気軽に集える場所が必要だと感じた。

「発達障害と向き合いながら今ギリギリで働いてる人たちが潰れちゃう。潰れてしまってからでは遅い。発達障害の人、グレーゾーンの人、自分は発達障害かもしれないと悩みながら働きづらさを感じている人。発達障害について知りたいという人。すべての人に居場所として広げていきたい」

連絡先の交換は店を出た場所で

バーのスタッフはほとんどが発達障害の当事者だ。

店では、発達障害がある人に心地よく過ごしてもらうために、さまざまな工夫を凝らしている。

グラスは、注意が散ってしまってグラスを落としやすい特性の人も多いことから、プラスチック製。
会計は、追加の計算やお金のコントロールが難しい人もいるため、入店時に一括の定額払いで飲み放題にしている。

さらに、他人と適切な距離を取るのが難しい特性の人も多いため、お互いに一呼吸おけるように連絡先の交換は店を出た場所で、というルールを設けている。

最後に、光武さんは、最近、とてもうれしい出来事があったと話した。

「ある企業の人事部長が、発達障害の人を採用しようと思っていると。それで、どんな特性があったり、どんな困りごとがあったり、どんな支援が必要か知りたいから直接当事者に聞いてみたいと、お店に来て僕やお客さんに話を聞きに来てくれたんです。こんなにうれしいことってないですよね」

バーは、1人1人が違う特性を持つ発達障害の人たちが集い、思いを分かち合い、対等にお互いをたかめ合う、他にはない場所になっている。

ひきこもりと発達障害に関しては、10月30日(水)午後10時から放送のクローズアップ現代+でも詳しくお伝えします。

特集

データを読み込み中...
データの読み込みに失敗しました。