私たちの目が危ない “近視クライシス”

私たちの目が危ない “近視クライシス”
「たかが近視でしょ」。私たちも最初はそう思っていました。ところがいま、世界中で近視が急増し、危機感が高まっています。取材を進めると、放置できない深刻なリスクが見えてきました。

(科学文化部 記者 出口拓実/第3制作ユニット ディレクター 大石寛人/社会番組部 ディレクター 石濱陵、3人とも中程度の近視)

都内の中学生 9割超が近視?

ことし8月、慶応大学医学部のグループが驚きの研究結果を発表しました。東京都内のある小中学校の子どもたちを調査したところ、▽小学生689人のうち76.5%が、▽中学生では727人のうちのほぼ全員、94.9%が近視だったのです。
(研究を行った慶応大学 坪田一男教授)
「子どもたちの間でここまで近視が多いのは驚きだ。近視そのものを防ぐには小さな子どもの頃から対策を講じる必要がある」

近視の人口が急増 WHO「深刻な懸念」

世界的に見ても、近視は急増。オーストラリアなどのグループが2016年に発表した試算では、アジアを中心に近視の人口は増え続け、2050年にはおよそ48億人。その時代には世界の人口が97億人になると予想されていますから、約半数が近視になると予測しています。

この結果を受け、WHO=世界保健機関も「深刻な公衆衛生上の懸念」を表明し、緊急の対策の必要性を指摘しています。

近視とは“目が伸びる”現象

そもそも近視はどのようにして起きるのでしょうか。人の目、眼球は、体の成長に伴って大きくなり、前後方向にも伸びていきます。
しかし、遺伝的な要因や生活環境などが影響して眼球が過剰に伸びると目の中で焦点がうまく合わず、物がぼやけて見えてしまいます。これが近視の正体です。

特に小学校高学年の間に著しく進行。多くの人は20代前半で進行が止まりますが一度伸びてしまった眼球は元には戻らないため、子どもの頃からの対策が重要だとされています。

近視から失明の危険性も

しかし、近視による視力の低下は、眼鏡やコンタクトレンズで矯正できるはず…と思いきや、実は、そんな軽い話ではないのです。

眼球が伸びると、目の奥の組織などが引き伸ばされて傷つきやすくなります。将来的に緑内障や網膜剥離など、失明につながる病気を引き起こすことがあるのです。特に近視が進行して程度の強い「強度近視」と呼ばれる状態になると、失明に至る危険性が跳ね上がるとされています。
東京 世田谷区の眼科医院を受診していた小学4年生の男の子を取材しました。男の子は裸眼視力が両目とも0.1以下で、眼鏡を外すと10センチ先も正確に見ることができません。診察の結果は「強度近視」でした。
医師が診察したところ、眼球が伸びたことで、外からの光の刺激を受け取る網膜が薄く引き伸ばされていました。将来的に網膜剥離のリスクがあり、定期的な経過観察が欠かせないということでした。
(男の子の母親)
「失明する可能性は0ではないと言われているのでとても心配です。定期的に目の状態を確認して親としてもできることをやっていきたいです」

近視を防ぐカギは…屋外活動!

失明にもつながりかねない近視。どうすれば防ぐことができるのでしょうか。私たちはヒントを探るため、東京都内で開かれた国際近視学会を訪ねました。最新の研究成果や対策が発表される学会で、あることばが飛び交っていました。

「OUTDOORS」
これを提唱していたのは、オーストラリア国立大学のイアン・モーガン教授です。モーガン教授の出身地、オーストラリアは近視の割合が他の国や地域より低いことで知られています。理由を考えてきたモーガン教授、たどりついた答えが「アウトドア」。オーストラリアはキャンプなどの屋外活動が盛んで、日光を長時間浴びていることと近視が少ないことの間につながりがあるのではないかと考えたのです。
ヒヨコを使った実験で光の効果を調べてみたところ、明るい光を長時間浴びたヒヨコの眼球は、暗い室内にいたヒヨコに比べ、伸びが大幅に抑えられていました。モーガン教授は屋外で光を浴びることの有効性がメカニズムとしても証明されたとしています。

子どもに屋外活動を!「政府レベル」で予防対策

こうした研究成果を、実際に、近視対策にいかしているところがあります。台湾です。

台湾では、20歳以下のおよそ8割が近視。台湾政府は近視にならないようにするには子どもの頃からの対策が重要だと考え、2011年から子どもの屋外活動を増やす取り組みを始めました。2013年には体育の授業を週150分、屋外で行うことを義務化し、そのほかの授業も、屋外での実施を推奨しています。
私たちが取材で小学校を訪ねると、子どもたちは屋外での授業中。理科の授業で植物の観察をしていました。
首元には光センサーをつけ、学校では浴びた光の量と時間も管理しています。対策を始めて7年後、視力0.8未満の小学生の割合は、5%以上減ったということです。
(台湾 衛生福利部 王英偉署長)
「近視は重要な健康課題で、将来を見据えて国をあげて取り組む必要があります」

発症防止だけじゃない!進行を遅らせる薬も登場

すでに近視になっている子どもへの対策を進めている国もあります。街なかにメガネをかけた人が多いシンガポール。近視の進行を遅らせる目薬の実用化に世界で初めて成功しました。
もともとは検査薬として、別の目的で使われていた「アトロピン」という薬を濃度を薄めて使用すると、副作用もほとんどなく、近視の進行を遅らせることができるとわかったのです。

臨床研究ではアトロピンを使った子どもたちは、使わなかった子どもたちに比べて、2年以上、視力の悪化を遅らせることができたといいます。小学生の頃に少しでも進行を遅らせることができれば、強度近視になる手前で食い止めることにつながると考えられ、日本でも現在、安全性と有効性を確かめるための治験が行われています。
(開発に携わったシンガポール国立眼科センター ドナルド・タン非常勤教授)
「今や近視はコントロールできつつある。新しい時代がやってきたのです」

日本の対策の現状は…

こうした動きの一方で、国際近視学会に参加した研究者たちからは気になる声が聞かれました。

「世界が近視対策に取り組んでいる。ただし、日本など一部の国を除いては」

日本では近視の対策として学校で屋外活動を増やす、などといった対策は取られていません。文部科学省に聞いてみると…
(文部科学省 健康教育・食育課 平山直子課長)
「現時点においては、家庭や学校でできる、視力低下への有効な対策の明確な答えを持っていない」
文部科学省によると、視力の低下と生活環境の関係、つまり、運動時間や勉強、ゲームをする時間などとの関連を調査・分析しているという段階で、来年度には対策を決め、家庭や学校に周知したいとしています。

大人はどうすればいい?

では、すでに近視になってしまっている大人はどうすればいいのでしょうか。

日本近視学会の理事長、東京医科歯科大学の大野京子教授によると、残念ながら屋外活動やアトロピンについても大人での有効性が実証された研究はないということです。大野教授はできる対策として、定期的な眼科の受診を勧めています。
(東京医科歯科大学 大野京子教授)
「近視は、単に眼鏡やコンタクトレンズが必要な状態ではなく、失明に至る原因としての大きな“基礎疾患”で、高血圧や糖尿病と同じように、目の“生活習慣病”と言えます。定期的に眼科を受診して自分の目の状態を知っておくことが大事です」
筆者(記者:出口)も気になって早速検査を受けてみると、強度近視の1つ手前の中度の近視でした。今後も定期的に受診しようと思います。将来、深刻な病気にならないためにも、「たかが近視」と思わず、自分の目の状態を知るところから始めてみませんか。
科学文化部 記者
出口拓実
第3制作ユニット ディレクター
大石寛人
社会番組部 ディレクター
石濱陵