“関西電力は森山氏の「被害者」なのか?”

“関西電力は森山氏の「被害者」なのか?”
「森山氏はとんでもない人だ。しかし、関西電力が被害者のような顔をしているのはおかしい」 関西電力の経営幹部らが3億円を超える金品を受領した問題が明るみに出たあと、地元の福井県高浜町で私たちが耳にしたことばです。関西電力の歴代幹部らが「できるかぎり機嫌を損なうことなく関係を維持する必要がある」と神経をすり減らしながらも関係を続けてきた元助役の森山栄治氏とは、いったいどんな人物だったのか。高浜町で取材すると、関西電力の説明とは異なる側面が見えてきました。(関西電力問題取材班)

「何をいまさら」

現金をはじめ、小判や金貨、スーツ券。常識では考えられないほどの金品を関西電力の経営幹部らが受領していたこの問題。

贈っていたのは原子力発電所が立地する高浜町の元助役です。しかし、地元で話を聞くと、意外な声が聞かれました。
「ずいぶん昔からあった話で、『何をいまさら』というのが正直なところ」(地元の建設業者幹部)
この業者の男性は、続けて次のように口にしました。
「僕ら事業者が『なぜ森山さんを通さないといけないのか』と関電に聞いても、一切答えなかった。アンタッチャブルで、トップシークレットな部分だった」
森山氏は昭和44年、当時の町長の求めで高浜町役場に入りました。その後、異例の早さで出世し、昭和52年から62年には助役を務めました。

退職後は関西電力の子会社「関電プラント」の顧問に就任したほか、原発関連の仕事を請け負う地元の建設会社やメンテナンス会社などで顧問などを歴任し、ことし(2019年)3月に90歳で死亡しました。

生前、関西電力がひた隠しにしてきた事実が、森山氏が世を去った今、一気に表に噴き出しています。

「裏の町長」“すべて森山さんに話を”

別の建設業関係者を取材すると森山氏が地元で絶大な力を持っていたとの証言が次々に聞かれました。
「助役のころから森山さんを通さないと関西電力からの仕事はもらえないとなっていた。町長より力が強かった」(地元の建設業関係者)
「助役になってからは、その仕事ぶりと交渉術を買われて、すべて町長ではなく森山さんに話を持って行くようになった。それで『天皇』とか『裏の町長』というあだ名が付いた」(別の建設業者)
存在の大きさは、当時の給料にも露骨に表れていました。
森山氏が助役になった昭和52年に町から受け取っていた月給は33万5000円。一方で町長は30万5000円でした。

助役の森山氏が町長よりも3万円多く、こうした関係は5年間にわたって続いたといいます。関西電力の原発関連工事の受注を左右でき、町長をもしのぐ権勢を振るう存在。そうした異常な構造が、なぜ地元では長年「当たり前で変わらないこと」として受け入れられ続けてきたのか。
森山氏が助役だった当時の昭和57年から62年までの5年間、ともに町政を担った元町長の田中通氏(93)は、森山氏の力の源泉は関西電力との蜜月の関係だったといいます。
「原発関係の話は助役が窓口で、私のところに関西電力の人が来た時は天気の話など月並みな話ばかりで、深い話はほとんどなかった。森山さんはやり手で、どちらが町長でどちらが助役なのかわからないという話もあった」

機嫌損ねるとリスクが…

関西電力の10月2日の会見でも、地元の有力者として最大限の配慮をしていたことを指摘しています。

「森山氏は原子力立地町の有力者として、当社に対し、地域対応上の助言・協力をしている。一方で、森山氏の機嫌を損ねると、森山氏が地域でのさまざまな影響力を行使し、発電所運営に支障を及ぼす行動に出るリスクがある」

「いったん機嫌を損ねると…」

こうした証言は数多くありました。
「少しでも自分の気にくわない発言をした人をどう喝し、精神的に追い詰める手法をとっていた。町内で商売が追い込まれた人もいた」(地元工事関係者)
「顔を合わせた際には、町に対して激高していた記憶があり、県や町、関電に対してはとにかく厳しい人だった。一方で、町民に対してはそのような顔を見せることはなく、二面性のある人だった」(地元関係者)

原発増設時に何が

森山氏と関西電力との関係は、なぜここまで深まったのか。
関西電力の調査報告書では、次のように説明されています。
「昭和50年代に、高浜原発3、4号機増設の誘致や地域の取りまとめに多大な協力を受け、それ以降、原子力事業が円滑に進むように森山氏と良好な関係を築き上げてきた経緯がある」

「関電さんのために」

きっかけになったとされる昭和50年代の高浜原発3、4号機増設へ向けた動き。森山氏が反対する地区の説得に奔走していた様子を、地元の80代の男性が詳しく話してくれました。
「ある晩、住民との話し合いの中で、森山氏が増設に反対する区長の1人から激しくどなられたことがあった。その時、いつもなら激高しかねない森山氏がじっと我慢して聞いていたよ。地元の区長に早く信頼してもらって収めないと、関西電力の原発増設が進まないと理解したんだと思う」

「地域経済発展のために」

さらに、森山氏と関係があった地元の設備工事業者からはこんな証言もあります。
「人格的には俗にいう親分肌というか“先生お願いしますよこういうことしたいんですよ”と言うと力になれるものは力になってあげようという感じで、けっこう頼りがいのあるいい人でしたね」
「常におっしゃっていたのは“高浜町のため、地元のため”ということばで、地元にとっては欠かせない人だと思いますけど」

「相互依存」の果てに

関西電力の報告書でも
「森山氏は常々『地域を大切にしてほしい』『地域経済の発展のために地元企業に発注してほしい』と述べており、この点は当社の地域共生の考え方とも合致していた」とあります。


2005年には、美浜原発3号機で配管が破損し噴き出した高温の蒸気で5人が死亡した事故を受けて、関西電力がもともと大阪の本社にあった原子力の統括部門・原子力事業本部を、高浜町と同じ福井県の嶺南地域の美浜町へ移転。「地域共生」の名のもとで役員が地元に常駐し、関係がさらに深まります。

一方で、その「地元企業」は、森山氏の息がかかった数社に限られていました。そうした企業から「手数料」として吸い上げたカネが、森山氏が関西電力幹部に贈った金品の原資となっていたとみられています。地元で多くの関係者の証言取材を積み重ねて見えてきたのは、こうした関西電力と森山氏の「相互依存」の構図でした。
「やっぱり関電は先生(森山氏)をものすごく都合よく使えたんちゃいますか。いろんな意味で関電にとっては使い勝手がよかったんちゃうかな。へんな言い方だけど」(設備工事業者幹部)
原発が立地する地元の区長を長年務めた、元町議会議員の児玉巧さん。今、まるで被害者のようにふるまう関西電力の姿勢に、強い違和感を感じていると言います。
「森山さんは確かにとんでもない人で擁護するつもりはない。しかし、関西電力が森山さんをずっと利用してきたのは事実だ。一方的な被害者のような顔をしているのはおかしい」
100人を超える関係者取材から見えてきた関西電力と森山氏の「相互依存」の構造。

10月23日(水)22時~放送の番組
「クローズアップ現代+関西電力・金品受領の裏で何が」で詳しくお伝えします。