ラグビーW杯 盛り上がり支える“影の仕事師”たち

ラグビーW杯 盛り上がり支える“影の仕事師”たち
世界の強豪に真っ向勝負を挑み、快進撃を続けるラグビー日本代表。悲願のベスト8進出を果たし、ますます盛り上がりを見せるワールドカップだが、会場に取材に行くと、ラグビー以外のあることも大会の熱狂を支えていることが見えてきた。(社会番組部ディレクター 内山拓)
試合の興奮冷めやらぬ様子でスタジアムから出てきた観客に声をかけると、多くの人が口にしたのが、大会運営の“良さ”だった。
「授乳場所を探していたら、会場のスタッフの方が声をかけてくれて、案内してくれたんですよ。きれいで使い勝手もよくて、よかった」(20代女性)
「8月のテストマッチのときは試合終了後にスタジアムから出るのに時間がかかったんだけど、今回は誘導もスムーズで、待たずに外に出て来られました。同じ会場なのに短期間でいろいろ改善されていて、気持ちいいですね」(30代男性)

スタジアムの“影の仕事師”たち

秘密はどこにあるのか?
大会の組織委員会に聞いてみると、初めは謙遜気味に「特別なことはやっていません。現場の努力だと思います」と広報担当。
それはそうなんでしょうが…。
このままでは引き下がれないとさらに食い下がると、聞き慣れないことばが返ってきた。

EDMの存在ですかね…」

何なんだ?EDM!?

キーパーソンだというEDM。
接触するため、私たちは指定された大阪 東大阪市の花園ラグビー場に急行した。
あさ7時半(いつもは6時半だが、この日は少し遅くなったそうだ)、まだ警備関係者以外ほとんど人のいないスタジアムに、その男は現れた。
試合開始の7時間も前だ。
EDMとは「イベント・デリバリー・マネージャー」の略。
大会を主催する「ワールドラグビー」が競技面を管轄しているのに対し、EDMは、競技面以外の「運営」をすべて取りしきる現場責任者。
毎試合、各会場にたったひとりだけ大会組織委員会から派遣され、その日会場で起こる、ありとあらゆる問題や観客からの要望などに対処するのだ。

ちなみに、この日取材に応じてくれたEDMの新井慶史さんは、31歳と意外にも若く、骨太で精かんな風貌そのままに、やはり元ラガーマンだった。聞けばトップリーグの神戸製鋼でフランカーとして活躍。20歳以下の日本代表候補にも選ばれた、バリバリのラグビーエリートだ。
日本でのワールドカップ開催が決まると、どうしても大会運営に関わりたいと、引退後に勤めていたスタジアム運営会社から大手広告代理店に転身し、その経歴とあふれるラグビー愛が買われてEDMの大役を任されることになったのだという。

朝早いにもかかわらず誠実に応じてくれる新井EDMに、単刀直入に聞いてみた。
EDMって、実際何をするんですか?
会場で起きている問題や課題を、各部門からリアルタイムで報告してもらい、その場で解決すべき問題はすぐ動いて解決策を協議。あらゆるスタッフに知恵を出してもらい、対処してもらう“指揮者”のような仕事です」(新井慶史さん)
「たとえば前回の会場だと『入場ゲートの観客の動線が悪く、待ち時間が長くなっている』との報告を受け、チケット部門の責任者と相談。急きょ、動線を変えてもらうようにお願いしました」(新井慶史さん)
「内容は言えませんがスポンサーからのシビアな要求もあるので、慎重に、かつ臨機応変に対応することが求められています。ラグビーと同じで、ボールを長く持たず、すぐにパスを出して、前に進めるんです」(新井慶史さん)
ラグビーに絡めて答えるあたり、相当なクレバーさもかいま見えた新井EDM。もうひと言、第一に心がけていることは何かと聞くと、ちゅうちょなく答えが返ってきた。
観客ファーストの精神です。安全に楽しんで観戦してくれること、ラグビーを好きになってもらうことが大切ですから。そのためにもスピード感を大事にしています。目立たない仕事ですけど、現役時代もフォー・ザ・チームに徹する泥臭いプレースタイルが身上だったので、今の役割に満足しています」(新井慶史さん)
そう言って頭を下げ、足早にスタジアムに吸い込まれていった新井EDM。この日は午後4時に試合が終わると、その後、夜の試合が行われる神戸に転戦するのだと言う。
こんな“影の仕事師”たちがこの大会の屋台骨を支えているんだな…。
ちょっとジーンとしながら、その後ろ姿を見送った。
ちなみに今大会のEDMは全部で8人。大会期間中は家にもほとんど帰らず、全国12会場を転戦しながら激務にあたっている。

問題はすぐに改善!

各会場で起きた問題の多くは、EDMの指揮の下、その場での改善が試みられる。
一方で、現場だけでは対処できない問題や課題は、その日のうちに各EDMが取りまとめて、大会組織委員会に報告され、翌朝8時の本部でのミーティングにかけられる。
例えば、開幕直後に会場やSNS上で悲鳴にも近い不満の声があがった「食べ物が買えない」問題も、このミーティングに報告され、即座に解決が図られた。
飲食物の持ち込みが原則禁止とされていたため、会場内の店には、食べ物を求める観客で長蛇の列ができ、焼きそば一つ買うのに1時間半もかかり、試合が一部見られなくなったといった苦情が殺到したのだ。
SNS上や各会場から上がってくる改善を求める声を受け、組織委員会は英断を下した。
食べ物の持ち込みを、個人が消費する量の食品に限って許可する方向で「ワールドラグビー」と協議。開幕4日目から持ち込みがOKになったのだ。
この決定を受け、SNS上には「観客の声に応えるすばらしい大会」「これで心おきなく観戦に集中できる」など喝采の声が広がった。
毎朝の本部ミーティングの責任者で、この方針の転換を中心になって推し進めているのが組織委員会事務総長代理の鶴田友晴さんだ。
方針や哲学など積み上げてきたポリシーを大事にしながらも、現場から上がる声に柔軟に対応していこうとする姿勢の背景には、大会運営を担うすべての関係者に共通する、ある願いがあると説明した。
「私も2002年に日韓で共催したサッカーワールドカップを運営側として経験していまして、あのときに日本中が興奮・熱狂したという忘れがたい体験がありました。日本が一つになったという思いがすごくあったんですね。このラグビーワールドカップでは、あのときの思いをもう一回再現するんだと」
「あのときは日韓共催でしたが、今回は日本単独でやるわけで、そういう意味では史上最大のイベントだと。この史上最大のイベントを日本全体で作り上げていくんだという思いと、この機会にラグビーの競技としての魅力を一過性で終わらせず、文化として根付かせていくと。そのためには国内外から来てくれる観客の皆さんに、すばらしい環境で観戦してもらうことがすごく大事なんだと。そういう思いがスタッフみんなに共通してあるんです」
もちろん観客からの声すべてに応えられるわけではなく、運営として改善すべきことはいままでも、そしてこれからもあり続けるんだと思う。
しかし、大会関係者がそれぞれの立場でラグビーの魅力を発信し、ファンのすそ野をここ日本で少しでも広めていきたいと願う真摯(しんし)な姿勢と熱意が、ワールドカップの盛り上がりと成功を下支えしている。
そう強く感じた現場取材となった。
これから始まる決勝トーナメント。
選手の躍動だけでなく、運営に携わるスタッフ・ボランティアの姿にも注目してほしい。そう感じている。
週刊まるわかりニュース
社会番組部 ディレクター
内山拓