花粉症の薬は自腹で! なぜ 戦慄の未来予想図とは

花粉症の薬は自腹で! なぜ 戦慄の未来予想図とは
「花粉症の治療薬を保険の適用から外して、全額自己負担に!」
この夏、全国の花粉症患者を敵に回すようなショッキングな提言が出された。
なぜ反発覚悟で提言を?
実は「あなたの健康保険が、将来なくなってしまうかも!」という危機が迫っているからだ、という。
現役世代のあなたを待つ、この国の「未来予想図」とは…。
(小泉知世)

けんぽれん?

最近ある団体が、たびたび厚生労働省の記者クラブにやってきては、厳しい提言を立て続けに発表、世間をザワつかせている。

1: 花粉症治療薬は自腹で買え!
2: 75歳以上の窓口負担は2割にUP!
3: 保険料率30%時代に突入!
4: 健康保険がなくなるぞ!

訴えているのは、「健保連(けんぽれん)」=「健康保険組合連合会」だ。
大企業の「健康保険組合」約1400で構成され、サラリーマンとその家族、約3000万人が加入する大きな組織だ。

花粉症の薬が高くなる?

健保連が目を付けた、花粉症の薬。例えば、よく知られた「アレグラ」という薬。
ドラッグストアで1箱(14 日分)買うと2000円ちょっと。
1日あたりに換算すると148円だ。

一方、あくまで一例だが都内の診療所で処方された場合、「アレグラ」30日分が渡される。
1日あたり51円と、市販の3分の1。
後発医薬品、いわゆるジェネリックだともっと安くなる。
1日あたり30円と、5分の1だ。
保険が適用されて、1割から3割の窓口負担で済むので、市販薬よりお得なのだ。

ちなみに、湿布やビタミン剤も同様に保険適用だと安くなる。

しかし、健保連は、そのことが医療費が膨らむ一因になっていると指摘。窓口負担の残りは、保険で賄われているからだ。

そこで、市販薬と効能が同じ、軽症患者向けの薬なら医療保険から外してもいいのではないかと提案したのだ。これによって年間およそ600億円削減できるという。

『国中のスギを植え替えてからにしろ!』

ネットを中心にすぐさま大きなハレーションを起こした。
シーズンになると花粉症患者が詰めかけるという診療所でも話を聞いてみた。
「私は看護師ですが、人と話す職業は薬がないと仕事にならない。シーズン中は毎日薬が必要で3割負担でも数か月分だとかなりの金額です。保険から外すのは反対です」(都内の20代女性・スギ花粉アレルギー)

「毎年冬から春にかけて毎晩薬を飲んでいて、ひどい時は注射もします。毎年1万円くらい花粉症にかかります。適用除外になるといったい何倍になるのか不安です」(千葉県の50代男性・スギとヒノキの花粉アレルギー)

「批判は覚悟の上」

花粉症患者を一気に敵に回した感のある健保連。東京・港区にある事務所を訪ねてみた。
案の定、ここにも抗議の電話が殺到したという。

それでも、提言の作成に携わった松本展哉企画部長は「批判は覚悟の上だった」と話す。一種のショック療法で、議論を巻き起こしたかったという。
「いまの保険制度は多くの人にとって当たり前、空気のような存在になっていてコスト意識が働きにくい。しかし、実際は医療費が膨らみ、限界に来ているのです」

花粉症の余波が冷めやらぬ中、健保連は9月に第2弾の提言を発表した。
原則1割となっている後期高齢者の医療機関での窓口負担を、75歳になった人から順次2割に引き上げるべき。今度は高齢者の反発を招くような、より厳しい内容だ。

「3年後の2022年には後期高齢者が一気に増えます。医療費が増えると、現役世代の保険料も引き上げられる。抑えるためには制度改正が必要で、もう時間が無い。崖っぷちの最後のタイミングに来ているんです」

3年後に迫る“危機”

健保連が言う「2022年危機」。

いわゆる「団塊の世代」が、2022年から75歳になり始め、2025年には全員が75歳に達する。
75歳以上は2180万人となり、5人に1人が後期高齢者という時代に突入する。

こちらは政府が去年示した将来の医療費の見通し。
2018年度は45兆円余りだったが、2025年度には9兆円増え、高齢者の数がピークを迎える2040年度には30兆円以上増えるのだ。実に1.6~1.7倍にもなってしまう。
財政のひっ迫は避けられない。これをどう賄うのか。誰が負担するのか。

健保連によると、保険財政を改善するため、2022年以降、医療の保険料率を引き上げる組合が相次ぐと見ている。保険料は医療だけでなく、年金や介護もあるので、保険料が引き上げられると、それだけ手取りの額は減ることになる。給与明細を見て、「こんなに天引きされるの!これじゃ小遣いに回すおカネがない…」と、肩を落とすサラリーマンが続出するかもしれない。
健保連は、このほかにも、
▼医師の診察を毎回受けなくても、いつも使う薬を薬局で処方できる「リフィル処方」と呼ばれる仕組みや
▼生活習慣病の治療薬について、効き目が高く低価格の薬のリストを作成し、使用を推奨する「フォーミュラリ」という仕組みを導入することも提案している。
すべて実現すれば、少なくとも年間4300億円の医療費が削減できるという。
「我々の提言を、政府内で議論してもらいたいし、痛みを伴う改革は避けられないんです。給付と負担の見直しから逃げないで、本当の改革に取り組んでほしい」

消えゆく健保組合

健保連がこれほど必死に訴えるのは、“健康保険組合”の解散が相次いでいるからだ。

都内にあるメーカーで健康保険組合の理事長を務めていた男性が匿名で取材に応じてくれた。
この組合は、ことし4月に解散。
500人余りの従業員は、国が補助金を支出している、中小企業向けの「協会けんぽ」と呼ばれる保険に移行した。

高齢者への拠出金が重すぎて赤字が続き、積立金が底をついてしまったのです。長年続いてきた組合を私の代で潰すことになり、忸怩たる思いです」

健康保険組合は、社員が納める保険料をもとに運営しているが、実は保険料のすべてが現役世代のために使われているわけではない。75歳以上の後期高齢者や、65歳以上の前期高齢者の医療費を支えるために、いわば「仕送り」のように一定額が拠出されているのだ。その割合は、5割近くに上る。
この組合の28年度の保険料収入は2億9800万円。
これに対し、高齢者への拠出金は1億6600万円。社員やその家族の医療費分は1億7900万円で、合わせると3億4500万円なので、大幅な赤字になる。

積立金を取り崩してまかなってきたが、6年間で7分の1以下に減少。資金繰りの見通しが立たなくなり、解散に追い込まれた。

「協会けんぽ」に移行したあとも保険の仕組みは維持される。
しかし、一律の制度のため、企業ごとの柔軟な対応は難しく、独自のサービスもなくなったという。

健康保険組合では、保険料を個人:会社=4:6で分担してきたが、「協会けんぽ」は個人:会社=5:5が基本で、月額の保険料が3600円増えた。

さらに、人間ドックや特定健診の自己負担が増えたほか、かぜ薬などの常備薬を組合が購入し、社員に無料で支給するサービスもなくなった。
「従業員の健康を守るツールをひとつ失わせてしまった。社員や家族の医療費の負担が大きくて解散したなら仕方がない。しかし、高齢者を支えるために自分たちの組合がなくなるというのは、やりきれない思いが残ります」

いま、こうした赤字の組合は全体の4割にのぼる。
あなたの会社の健康保険組合は大丈夫?人ごとではない気がした。

政府は及び腰?

政府は9月、安倍総理大臣をトップとした「全世代型社会保障検討会議」を設置。
社会保障全般のあり方について議論を進める方針だが、当面のテーマは高齢者の就業促進や、年金の受給開始年齢の拡大など。
給付と負担の議論に、どこまで踏み込むのかは、まだ明らかになっていない。
やはり「負担増」という響きに、政治は及び腰なのか?

花粉症に限らず、負担増への不安や反発の声は少なくない。
特に後期高齢者の窓口負担について、年金暮らしの高齢者からは
「いくつも病気を抱えていると負担が大きすぎる」
「生活が苦しいのに、医療費が上がったらまかなえない」
という声が聞こえる。
日本医師会など業界団体からも、「財政の観点のみで議論するな」とさっそく、けん制する声が上がった。
日本医師会の横倉会長は、
「患者負担を増やすことばかりを議論するのではなく、医療全体の姿の議論が大事だ」と語った。

日本歯科医師会からも
「過度な負担が受診抑制につながり、国民の健康に不利益にならないようすべきだ」
という声があがっている。

未来予想図、考えよう

10月上旬。
健保連は、銀座で「健康保険がなくなる」と題したキャンペーンを始めた。
その会場で登場したのが、漫画家の蛭子能収さんが描いたイラスト。健康保険がなくなった時の未来絵図だ。
病院は遠い存在になり…
請求は驚くべき金額に。
だから、半分しか治療できない人も。
冗談みたいな世界だけど、案外、大げさではないのかも。
あなたは、どんな未来予想図がいい?
まずは考えるところから始めませんか?
政治部記者
小泉 知世
2011年入局。青森局、仙台局を経て政治部。外務省担当を経て、現在、厚労省を担当。医療など社会保障政策を取材。