見つけてくれて、ありがとう

見つけてくれて、ありがとう
「学校へ行くのが怖かった」
5か月間、学校に行くことができず、朝から晩まで自宅でオンラインゲームをして過ごしていた13歳の男の子がいます。日本の学校生活への不安に加えて、家庭の事情も通学を阻みました。両親は共働きで、派遣社員として働きづめの日々。幼い妹の面倒を見ることができるのは、男の子だけでした。
こうした外国人の子どもたちが国内に2万人近くもいる可能性があることが、国の調査で初めてわかりました。
(ネットワーク報道部記者 和田麻子)

行きたくても行けない

フィリピン国籍のチコテ・サンダー君(13)は、去年4月、三重県松阪市で派遣社員として働く両親に呼び寄せられ、8歳の妹と来日しました。
母国で祖母らと暮らしていたサンダー君は、家族一緒に暮らせる喜びと日本の生活への期待に胸を膨らませましたが、それは徐々に不安に変わっていきました。
ことばを聞いても、文字を見ても、さっぱり理解することができなかったからです。日本の公立の小学校に行っても、到底授業についていける訳がないく、日本には、1人も友達はいません。
ことばが通じる外国人学校に行きたくても、住んでいる地域にはありませんでした。
両親は朝早くに家を出て、派遣会社の乗り合いバスで勤務先の工場に向かいます。両親は、まだ幼い妹のセイロちゃん(8)の面倒を、サンダー君に託しました。
両親は夜まで働きづめで、日中、家には子ども2人が残されました。
外に出ても、気を紛らわせてくれるものは、何もありませんでした。
妹と2人で背中を丸め、朝から晩まで部屋でオンラインゲームをして過ごす日々が始まりました。

私たちの近くにも?「不就学」の子ども約2万人か

サンダー君のように学校に通えていない子どもや、その可能性のある子どもは、全国で合わせて2万人近くに上ることが、文部科学省の調査で初めてわかりました。
ことし5月の時点で、住民登録がある6歳から14歳の外国人の子どもを調べたところ、小学校や中学校、それに外国人学校などに通えていない「不就学」の子どもは1000人。
さらに、自治体が「不就学」かどうかを電話や家庭訪問などで確認しようとしたものの確認できなかったり、調査しなかったりした子どもは、合わせて1万8654人にも上りました。

外国人は義務教育の対象外

どうしてこんなことになっているのでしょうか。
これまで、国や多くの自治体は、外国人の子どもがどれだけ学校に通っているか、その実態を正確に把握してきませんでした。
なぜなら、外国人は義務教育の対象になっていないからです。
日本の憲法は「国民」に対して、子どもに小中学校の教育を受けさせる義務を課しています。つまり、外国人の保護者は「国民」にはあたらないため、対象外としているのです。
国は、国際人権規約を踏まえて、保護者が学校に行かせることを望めば、日本人と同じように公立の学校で受け入れるとしていて、自治体によってその対応に温度差があるのが現実です。

把握しきれない 東京 江戸川区

このため、今回の調査では、自治体が子どもの実態を把握する難しさが浮き彫りになりました。
都内で最も多くの外国人の子どもたちが暮らす、東京 江戸川区もその1つです。
区は、公立の小中学校に在籍していない子どもが、どれだけいるかを調べることから始めました。
住民基本台帳に登録された2457人から、区内の公立の小中学校などに在籍する1381人を引くと、その数は実に1000人余りに上りました。

この1000人余りの家庭にアンケートなどをすると、540人は都内の外国人学校に通っていたことがわかりました。
さらに、入国管理局に問い合わせると、102人が区に転出届けを出さないまま、帰国したことも判明。
4か月かけて調査しましたが、学校に通っているか確認できない子どもは434人。その結果を文部科学省に報告しました。
区はその後も調査を続け、先月(9月)20日の時点で138人まで絞り込みましたが、連絡のつかない家庭も多く、実態を把握する難しさを痛感したといいます。
「大変な調査なのは間違いありません。担当の数人の職員で、140近い家庭を1軒ずつ訪問するのは難しいのが現状です。今後、さらに絞り込みを進めたうえで、子ども家庭支援センターと連携しながら戸別訪問につなげていきたい」(田島課長)

探さないと見つからない「不就学」の子ども

学校に行くことができない「不就学」の状態が、5か月間続いたサンダー君。去年10月、自宅に男性が訪ねてきました。
「学校に行く年齢の子はいませんか?」
松阪市教育委員会の西山直希指導主事でした。
松阪市は12年前から、住民登録があるものの、公立の小中学校に在籍していない外国人の子どもを、毎年リストにして訪問調査しています。
この10年で、延べ500人余りの家庭を訪問し、15人の「不就学」の子どもを見つけ出し、学校につなげてきました。
「訪問しないと不就学の子どもを確実に見つけ出すことはできません。仕事をする保護者には訪問しても会えないことが多く、会えたとしても1回話をしただけでは理解してもらえないので、何度も訪問して説得します。学校に行かせたくない親はいないと思うので、壁になっている部分を少しでも取り除いて、学校につなげているのが現状です」(西山指導主事)

“とにかく学校に来てほしい”

サンダー君と妹のセイロちゃんも、去年、リストに入っていました。
西山さんは、毎週火曜日の午後6時半に訪れ、玄関先でサンダー君や父親のローレンスさん(45)の話を聞き、不安を取り除いていきました。
ことばの不安があったサンダー君には、学校に通いながら、市教委が運営する子ども向けの教室で日本語をいちから学べるほか、学校でも、一部の授業は、フィリピン出身の児童らを集めてやさしい日本語で受けられるなどの支援体制があることを説明しました。

訪問からおよそ1か月後、サンダー君は小学6年に編入しました。
「学校に行くいちばんの決め手になったのは、何ですか?」
たずねると、笑いながらこう答えてくれました。
「西山さんが毎週来るから、もう行かなあかんなと思いました」(サンダー君)
「子どもたちは毎晩1時までゲームを続け、外に出ることはありませんでした。こんな状況は決してよいとは思ってませんでしたが、当時はどうすることもできなかったんです。同行した通訳さんから、子どもをもし学校に行かせなかったら、今は毎週だけど、西山さんは毎日来るようになって、もっとしつこくなるよって言われました。本当に感謝しています」(ローレンスさん)
西山さんは、子どもが学ばなくてはいけない時期に学べないのは、国籍の問題ではないといいます。
「当時のサンダー君は髪が伸び、表情も暗く、よい状態ではないと思いました。とにかく学校に来てほしいと、何度も説得しました。日本の学校でなくても、フィリピンの学校でもいいので、勉強はもちろん、友達と関わったり、学校でしかできない経験をしてほしい。学ばなくてはいけない時期にしっかり学んで社会に出てもらいたい。それは日本の子どもだけでなく、日本で暮らすすべての子どもに言えることだと思います」(西山指導主事)

見つけてくれなかったら…

サンダー君は、この春から中学校で学んでいます。
友達もたくさんできて、授業にも徐々についていけるようになりました。
今は、バスケットボール部に所属し、仲間と練習に打ち込んでいます。
教室には、ひらがなで書かれたサンダー君の目標が掲げられていました。
「不就学」の状態から抜け出すことができて、まもなく1年。
サンダー君に、心境をたずねました。
「もし見つけてくれなかったら、あのまま学校に行かず、ずっと家にいたと思います。見つけてくれて、学校に連れてきてくれて、ありがとう」
今回の国の調査で、自治体が「不就学」か確認できなかったり、調査しなかったりした子どもは、合わせて1万8654人。
かつてサンダー君が経験したような状態にある子どもが、実際どれだけいるのか、わかっていません。
私たちは、この問題を続けて取材していきます。
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