1億頭のブタが消えた 中国でいま、何が…

1億頭のブタが消えた 中国でいま、何が…
世界最大の養豚国家の中国で、衝撃が広がっています。
この1年で、1億頭を超えるブタが減少したとされ、食卓に欠かせない国民食の豚肉の価格が急騰しています。
原因は、猛威を振るう「アフリカ豚コレラ」。日本で広がる「豚コレラ」とは、全く違うブタの病気です。「豚コレラ」より感染力が強く、致死率はほぼ100%。ワクチンもないために、感染拡大を防げずにいるのです。
中国で何が起きているのか。現場を取材しました。
(中国総局記者 柳原章人)

止められないブタの大量死

「病死したブタを遺棄する者は、断固処分する」
養豚業が盛んな南部・広西チワン族自治区の玉林市を訪れると、当局による警告の看板をあちこちで目にしました。
養豚農家が病死した大量のブタを、路上に放置するケースがあとを絶たないと言います。
現地で養豚農家を訪ね回ると、長年、ブタを育ててきた李志寧さんが取材に応じてくれました。
李さんの農場では、ことし5月ごろ、およそ500頭のブタが相次いで死んだといいます。周辺の農家でもブタが大量に死ぬケースが相次ぎ、アフリカ豚コレラの感染が疑われましたが、地元政府は、感染を認めなかったといいます。
中国政府は、アフリカ豚コレラの感染と認めた場合には、殺処分を前提に1頭ごとに補償金を支給しています。
しかし、感染が爆発的に広がるなか、李さんは、財政的な余裕のない地元政府が、認定を拒否したのではないかと考えています。
アフリカ豚コレラの感染であれば、地元政府が念入りに豚舎を消毒したうえで、適切に処分するのが原則です。
しかし、李さんは、そのままみずからのトラックで病死した豚を運び、裏山に穴を掘って埋めざるをえなかったといいます。

もう養豚は続けられない

いま、李さんは、養豚を辞め、空になった豚舎で、鶏やガチョウを飼育しています。アフリカ豚コレラの感染リスクや地元政府の対応などを考慮すると、収入は減ってもこれ以上養豚を続けることはできないと考えています。
この地域では、養豚を諦めて豚舎で鶏などを飼育する農家が続出しているといい、李さんは、取材の最後にこうつぶやきました。

「周りの農家も養豚を辞めた。こんな状況で養豚を続けられるわけがない」

消えた豚は1億頭以上か

アフリカ豚コレラは、去年8月中国で初めて確認され、その後全土に拡大。
わずか1年後のことし8月に行われた中国政府のサンプル調査では、ブタの飼育頭数は前年同期比で38.7%減少しました。
中国で飼育されているブタの数は、去年末の段階で4億2800万頭余り。
1億頭を超えるブタが減少したとみられているのです。
この影響で豚肉の価格は急騰し、市民の食卓を直撃しています。
ことし8月の豚肉の小売価格は前年同期比で1.5倍近くに上昇。
地域によっては、3倍以上に跳ね上がっているところもあり、市民の間では「高すぎて、豚肉を食べられない」と悲鳴が上がっています。
さらに、ブタの代わりに食べられる鶏肉や牛肉などの価格も軒並み上昇し、アフリカ豚コレラが物価高を引き起こしていると指摘されています。

対策に追われる習近平指導部

「養豚が盛んになり、食料が豊作なら天下は安定する」ということばがあるほど、中国で、豚肉は庶民の生活に欠かせないものです。
市民の生活に影響が広がるなか、中国政府の高官は、9月、「豚の安定的な生産は、中国経済や社会の安定を保つために重要だ」と危機感をあらわにしました。
養豚農家への支援策を打ち出し、10月1日の建国70年の記念日の前には、政府が備蓄していた冷凍の豚肉3万トンを放出しました。このまま、豚肉価格の高騰が続けば、批判の矛先が習近平指導部にも向きかねないと、価格の抑制など対策に躍起になっているのです。

毛のある動物はすべて処分!?

中国政府は、ここにきてアフリカ豚コレラの感染拡大を何とか食い止めるよう、各地の地方政府への管理を強めています。
これを受けて、地域によっては病死したブタだけでなく、飼い犬や猫、鶏などもウイルスを拡散させかねないと処分するところまで出ています。
私たちが訪ねた四川省の農村部では、アフリカ豚コレラの発生を受けて、地元当局が養豚農家に「毛のある動物はすべて処分する」と通告。
取材に応じてくれた農家は6年間飼っていた犬まで処分され、周辺の農家も同じような措置を受けたと不満を訴えていました。
こうした対応に、インターネット上では「合理的な対応ではなく、極端すぎる」などと批判的な意見も相次いでいます。

日本にも忍び寄る危機

アフリカ豚コレラは今、中国にとどまらずアジア各国に感染が拡大しています。すでに、ベトナムやミャンマー、北朝鮮や韓国など、アジアの11の国や地域で感染が確認されています。
ウイルスに汚染された餌を食べることでブタに感染しますが、ウイルスは、旅行者の靴や衣服などを介しても拡散されるといいます。

日本でも、すでに中国などから持ち込まれた豚肉の加工品から、アフリカ豚コレラの遺伝子が相次いで検出されていて、検疫体制が強化されています。
しかし、専門家の間では、旅行者を媒介にして、いつ日本に侵入してもおかしくないという危機感が広がっています。
「来年は、オリンピックでたくさんの旅行者が来ると思うので、水際の防疫でも100%防ぐのは難しい。日本国内で感染が広がれば、すでに豚コレラが流行する中でのダブルパンチで、養豚業が壊滅的な被害を受けるおそれがある」

どう防ぐアフリカ豚コレラ

アフリカ豚コレラは、日本ですでに感染が相次いでいる「豚コレラ」よりも、感染力が強く、「豚コレラ」とは違って感染拡大を防ぐ有効なワクチンはありません。
ヒトには感染しませんが、ブタに感染した場合の致死率は、ほぼ100%。専門家は、水際で食い止めることが極めて重要だと指摘します。
「日本では、今できる水際対策は取られていると思うが、旅行者が不用意に感染したものを持ってこないようにすることが大切だ。畜産関係者だけでなく、一般の人々にも理解してもらい、協力してもらう必要がある」(山川調整監)
世界最大の養豚国家の中国で広がるアフリカ豚コレラの衝撃。もはや「対岸の火事」ではなく、忍び寄る危機に日本も全力で向き合う必要があると、取材を通して強く感じました。
中国総局 記者
柳原章人