44人 助かるはずの命だった 腕時計の刻む音に息子の鼓動感じて

44人 助かるはずの命だった 腕時計の刻む音に息子の鼓動感じて
44人が亡くなった東京 新宿区歌舞伎町のビル火災から18年。
「腕時計の刻む音は息子の鼓動のように感じる」
母は遺品の腕時計が止まらぬよう、18年間、電池を入れ替えてきたといいます。そんな中、警視庁が行った鑑定では防火扉が正常に閉まっていれば、44人全員が助かっていたことが浮かび上がってきました。
(社会部記者 藤田公平・藤島温実)

腕時計が刻む音 亡き息子の鼓動を感じて

18年前の平成13年9月1日の未明、東京 新宿区歌舞伎町にあった雑居ビルで火災が起き、3階のマージャンゲーム店や4階の飲食店にいた客や従業員、合わせて44人が亡くなりました。
群馬県館林市の加藤君江さん(66)は息子の真也さん(当時26歳)を亡くしました。東京でシステムエンジニアをしていた真也さんは4階の飲食店を訪れた際に火災に巻き込まれました。

リーダーシップがあり、いつも友達に囲まれていたという真也さん。経験を積んだのち、地元の群馬県で起業することが目標でした。

加藤さんはニュースで火災を知った直後、当時、新宿に住んでいた真也さんの家に電話しましたが、つながらず、「真ちゃん、大丈夫?」と留守番電話にメッセージを残しました。

その後、警視庁から真也さんが亡くなったという連絡を受けて、部屋を整理しに行った際、留守番電話に吹き込んだメッセージが残されていて、涙がとまらなかったといいます。
「元気で頑張ってらっしゃいと送り出した息子が霊きゅう車で戻ってくるなんて胸をえぐられる思いでした。ただただ、どうしてと、現実を受け止めるまでに時間がかかりました」
加藤さんの元には、真也さんが火災の時につけていた腕時計が遺品として戻ってきています。

腕時計の刻む音が息子の鼓動のようだ…。

18年間、時計が止まらぬよう、電池を入れ替えてきたといいます。
母親 加藤君江さん:「息子はもういないけれど、腕時計の電池が切れたらまた入れ直して、動かし続けることで、息子の鼓動を感じる気がするんです」
歌舞伎町ビル火災の遺族にとって、ことしは18年前の苦しみを思い出す事件が起きました。7月、京都アニメーションのスタジオが放火され35人が亡くなった事件です。

犠牲者の多くは「人々に喜んでもらえるアニメを作りたい」と希望を抱いていた若者たち。歌舞伎町のビル火災でも、夢に向かって懸命に生きていた若者たちが犠牲になっていたからです。

加藤さんは京アニの放火事件は18年前の火災と重なり、見ていられないといいます。
母親 加藤君江さん:「黒煙の映像を見ると、あの中に息子もいたんだと胸が苦しくなります。どうしても京アニの犠牲者のご遺族と重ね合わせてしまうし、夢を持っていた若い人たちの道が一瞬にして閉ざされる、息子と一緒だと思います。少しずつ記憶が薄らいでいたのに現実に引き戻されました」

俳優めざした息子 ジャケットにぬくもり

3階のマージャンゲーム店で働いていて、火災に巻き込まれた井上正仁さん(当時30)も夢を絶たれました。

家族思いの優しい息子だったという正仁さんは高校を卒業後、俳優を目指して上京。ジャッキー・チェンに憧れ、俳優の養成事務所で学びながら、生活費を工面するためにマージャンゲーム店で働いていました。
京都の実家に送られてくるプレゼントにはいつもメッセージカードが添えられていました。
「必ずビッグになって顔を出しにいきますんで!」
父親の正さん(78)はそのカードを大切にしています。
「息子は“僕は遅咲きだから”と言っていましたが、少しずつCMやドラマにも出演が決まるようになり、夢に向かって努力する姿を誇らしく思っていました」
火災に巻き込まれ閉ざされた俳優への道。正さんは、息子が生前に着ていたジャケットを大切に着続けています。

ジャケットに袖を通したその体を両手でぎゅっと抱きしめながら、「サイズがぴったりで、やっぱり親子だなと思います。これを着ていると息子のにおいとぬくもりを感じるんです」とほほえんでいました。

姉妹の財布 肌身離さず

面倒見がよかった姉の植田愛子さん(当時26)と、天真らんまんな妹の彩子さん(当時22)。何をするにも一緒の仲のいい姉妹でした。

4階の飲食店で働いていて火災に巻き込まれた姉妹。67歳の母親は2人のなきがらに対面した時のことが頭から離れないといいます。
母親:「下の子は今にも起きてきそうな、かわいい、いつもの寝顔。でもお姉ちゃんは鼻まで布をかけられていて、絶対に布はとらないほうがいいと言われたけど、最後のあの子の顔は私の中に入れておかないといけないと思って、そっと布を外して見たの。やっぱり…つらかったね。いまだにあの子の顔が脳裏にしみついてる」
母親は姉妹が使っていた2つの財布を肌身離さず持ち歩き、喪失感と向き合っています。
母親:「町を歩いていると娘たちと似た人を見つけて泣いてるの。もし生きていたら結婚して子どもがいるんだろうなと。そう思うと、寂しい気持ちでいっぱいになる」

“実は44人全員助かっていた!?”

大量の煙が一気に広がった歌舞伎町ビル火災。被害が拡大した理由として指摘されたのが防火対策の不備でした。
各店舗の出入り口付近にあった防火扉は火災が起きた場合、自動で閉まるはずでしたが、段ボールやゴミ袋、ビールケースが置かれていて正常に作動しませんでした。

実はこの火災、警視庁が行った鑑定では防火扉が正常に閉まっていれば、44人全員が助かっていたという、分析結果が出ていたことがわかりました。
鑑定にあたったのは元警視庁科学捜査官で、医学博士の服藤恵三さんです。一酸化炭素だけでなく、酸素や二酸化炭素の濃度の変化もあわせて分析し、人体にどのような影響を及ぼしたのか鑑定したのです。

今回、20秒ごとの詳細なデータを元に服藤さんと、データ解析会社「アドバンスソフト」の協力を得てCGで再現しました。
防火扉の前に荷物やゴミ袋が置かれ、扉が閉まらなかった当時の状況では火災からおよそ10分後、意識レベルや運動機能の低下がみられ、およそ12分から13分後、その場にいる人の半数が死に至る状態になります。

そしておよそ15分後、3階、4階ともに、全員が死亡する状態になりました。
一方、防火扉が正常に閉まった想定では大きな違いがありました。およそ20分後、4階では、意識レベルや運動機能の低下がみられ、およそ24分後に重篤な症状が出ますが、死に至る状況にはなりません。

およそ29分後、3階の一部では意識レベルや運動機能の低下がみられますが、こちらも死に至る状況にはなりませんでした。

消防隊が到着したのがおよそ15分後。およそ20分後、3階に放水を開始し、およそ30分後には3階の店舗に救助に入っています。

つまり防火扉が正常に閉まっていれば、44人全員が助かっていたという鑑定結果になっていたのです。

鑑定にあたった服藤さんは、こう分析します。
服藤さん:「酸素濃度を解析しましたが、空気中の濃度は20%前後を行き来して、人体に影響を及ぼすほどの濃度にはなりませんでした。一酸化炭素などの濃度の変化もあわせて分析しても、場所によっては立ちくらみや意識の低下、運動機能の低下で、1人で歩くのがつらい人が出る可能性はありますが、救助隊が抱えながらであれば助かると思います。また、ものを判断する意識自体はまだ混濁していないので、防火扉が閉まっていた場合は、中にいた方々は全員助かったと思います」

防火体制の不備 今も…

18年がたった今、防火体制は改善されているのか。雑居ビルの立ち入り検査などを24時間体制で行う東京消防庁の「機動査察隊」に同行すると…。
雑居ビルの防火扉の前にはホワイトボードやコンテナが置かれている実態が。ほかの店舗でも、階段に延焼の原因となる大量のおしぼりやゴミ袋が置かれている状況が散見されました。

ことし4月から7月までの4か月間に立ち入り検査を行った歌舞伎町周辺の雑居ビル394棟のうち、違反が確認されたのは144棟と、4割近くにのぼりました。

雑居ビルはテナントの入れ代わりが激しく、指導しても違反がなくならないいたちごっこの状態が続いているというのです。

新宿消防署機動査察隊の加藤元宏隊長はこう話します。
「44人が犠牲になった火災を2度と起こさせない。テナントの入れ代わりは激しいが、繰り返し指導していきたい」

教訓をどう生かすか

防火扉が閉まっていれば全員が助かったという鑑定を行った服藤さん。教訓をどう生かしていくのか、今を生きる私たちに求められていると指摘します。
服藤さん:「1人も死なずに済んだのに全員が死んでしまったと思うと、無念だったと思います。ビルの場合は、入り口とは反対側に外階段で非常口を設けることを義務づけるなど、物理的に人を助ける状況を作らなければいけない。今後の社会に防災の観点から火災の教訓を反映させなければならない」
皆さんも防火扉の前や階段の避難経路に物が置かれていないか、改めて確認してみませんか。

歌舞伎町ビル火災について、警視庁は放火の疑いが強いとして捜査を続けています。何か知っている情報がありましたらお寄せ下さい。
警視庁クラブ記者
藤田公平
警視庁クラブ記者
藤島温実