日本からノーベル賞受賞者が出なくなる!?

日本からノーベル賞受賞者が出なくなる!?
ことしのノーベル賞の発表が10月7日から始まります。去年は京都大学の本庶佑特別教授が医学・生理学賞を受賞して大きな話題になりました。これまでにノーベル賞を受賞した日本人は、アメリカ国籍を取得した人を含めて26人で、27人目がなるか注目されます。しかし、地方の国立大学などを中心に、「研究資金が不足して苦しい」という声が上がっていて、専門家の中からはいずれ日本からノーベル賞を受賞する研究者はいなくなるという指摘もあります。(科学文化部記者 寺西源太)

不安が常につきまとう

厳しい現状について聞くために国立大学の島根大学の丸田隆典准教授を訪ねました。植物の機能の解明が専門で、国の派遣制度に選ばれてヨーロッパの研究所で留学した経験もあり、今は7人の学生を指導しながら研究を行っています。丸田准教授から出たことばは厳しいものでした。
「いつか研究を諦めなければならないかもしれないという不安が常につきまとっています」
その原因は、研究グループを維持する資金が恒常的に足りないことにあると言います。

大学からは丸田准教授のグループに年間およそ20万円が配分されます。一方、必要な経費は、実験に使う試薬などの消耗品の費用のほか、実験に欠かせない7台の装置の運転費用など年間に少なくとも400万円です。
足りない分を補うために、ほかの研究者と競争して獲得する「科研費」と呼ばれる国の研究資金をもらう必要があります。しかし競争率は高く、「科研費」がもらえる研究者は25%程度。丸田准教授はおととし、複数、出していた「科研費」の申請がすべて落とされ、獲得できませんでした。

その年は、研究に必要な消耗品は仲間の研究者に貸してもらい、学生を学会に派遣する費用、およそ10万円は、丸田准教授のポケットマネーで賄いました。丸田准教授はこうした厳しい状況は決して珍しいものではないと話しています。
「(丸田准教授)地方国立大学の研究者は、みんな同じような状況で、このままでは自由な発想で新しいことに挑戦するというゆとりがなくなります。研究者として不安しかないです」

資金が集中する有名国立大学

国は国立大学に運営のための資金として運営費交付金を配分してきましたが、昨年度までの15年で1440億円、割合にすると11%余りを削減しました。その一方で、研究者が競争して獲得する「科研費」などの競争的資金を増やし、同じ15年間に競争的資金は660億円余り増やしておよそ4270億円にしています。

その競争的資金は、研究環境が整った有名国立大学や一部の有名私立大に集中する傾向があり、昨年度は、753校の研究者が科研費を受け取りましたが、金額が多い上位10校だけで総額のおよそ42%を占めています。
日本の研究のすそ野を広げる役割を果たしてきた地方国立大学の厳しい状況は、日本の科学技術力を低下させていると指摘されているのです。

注目される第3の研究資金

こうした中で、第3の資金として注目されているのが、民間企業の研究資金です。しかし、これも有名国立大学に集中しがちです。

大手電機メーカーの日立製作所は、東京大学に専用の建物を建設して「日立東大ラボ」を設置しました。日立製作所は、総額を明らかにしていませんが、ここを拠点にして共同研究を進め、IT技術を社会に応用する研究などに取り組んでいます。

また、空調大手のダイキン工業は、大阪大学と技術開発を共同で行い、10年間で56億円もの大きな研究資金を提供することを決めるなど、民間企業も共同研究に積極的になってきていますが、有名国立大学と行われるケースが目立ちます。

そうした中、地方国立大学でも民間企業の研究資金を集めることに成功する大学がでています。それが山形大学です。
山形県米沢市にある工学部の近くに、通称「米沢第2キャンパス」と呼ばれる、新しいキャンパスができています。民間企業を呼び込むために新しく整備したもので、そのキャンパスの中心に「有機エレクトロニクスイノベーションセンター」があります。

有機エレクトロニクスイノベーションセンターの高橋辰宏センター長は、大学としてこれまでにないような思い切った方針を打ち出したことでできたことだと説明してくれました。
「携帯電話の画面などに使われる有機ELの研究を全面に押し出して企業と組む戦略をとった」
すべてのはじまりは、山形大学の学長が、世界レベルで有機ELの技術開発をしていた工学部のある1つの研究室に注目したことからでした。山形大学として、その研究室の有機ELを中心に大学の資金を集中的に投入し、民間企業との共同研究の中核にしようと方針をたてました。

工学部の近くに新たな第2キャンパスの整備を始めるとともに、ヘッドハンティングを次々と行い、有機ELの新しい製品を作り出せる可能性を秘めた研究者10人を集めました。

ヘッドハンティングしたのは、有機ELを使った照明を開発した研究者、印刷技術を応用して有機ELを薄い透明なフィルムに貼り付ける技術を開発した研究者など。その多くが民間企業で実際に開発をリードしてきた優秀な技術者を研究者として招きました。

世界の有機EL技術を突破口に

民間企業に共同研究を持ちかけると、いくつかの企業が応じました。
すぐに、有機ELの照明器具を実用化して新商品として販売したほか、これまでにないような薄さと柔軟性をもった太陽光発電の装置などが誕生しました。

学内には民間企業と研究室をつなげる専用の組織を強化してマッチングにも積極的に取り組むなど大学をあげて共同研究を進めたところ、企業側から次々と相談が舞い込むようになりました。

取材した日には神戸市の化学品メーカーの担当者2人が訪れていました。このメーカーは大学と共同で、窓や壁にも貼り付けることができる新たな有機太陽光発電の装置の開発を共同で進めています。
「ここには専門の知識と充実した研究設備があることに加えて、これまでの大学とは違う企業目線で話をしてくれるのでとてもありがたく、片道6時間をかけてでも来る意味がある。共同研究を今後も続けて、ぜひ新製品の開発を目指したいです」

当初は反発も

しかし、すべて順調だったわけではありません。当初は強い反対がありました。工学部の中のごく一部の研究室を特別扱いして大学全体の資金を投入することは不公平だというのです。

高橋辰宏センター長は粘り強く説得を重ねたと言います。
「(高橋センター長)不公平だという声は他の学部だけでなく、同じ工学部の中からもでた。しかし、分野を超えてお互いに研究できることや、世界的な成果をあげれば、次はその分野を育てることになるかもしれないことなどを説明して納得してもらうよう努めました」
2017年度の民間企業からの共同研究の総額はおよそ9億円。その前の年度にまとめられた民間企業との共同研究の大学のランキングでは、名だたる有名大学と並んで山形大学は11位になりました。
今は民間企業およそ150社と共同研究が続いていて、第2キャンパスだけでなく工学部のキャンパスにも新たな建物が合わせて8棟建設され、400人の研究者やスタッフが増員されています。
集めた資金を投入する対象も広がっていて、ロボット工学の研究者とともに管の中を動き回るミミズ型の有機素材を使ったロボットの開発なども進めています。

また、開発には、環境への負荷を抑える観点などで、人文系の学部の研究者も参加しているといいます。
(高橋センター長)「時代の変化に合わせて、地方大学も常に変化していかなければならない。山形大学はその新しいモデルとなるよう、これからもチャレンジし続けていく」

変わらなければ生き残れない

今回の取材を通して感じたことは、変わらなければ生き残ることができない大学が少なくない現状でした。

山形大学で行われていたのは、「有機EL」という特長を生かすことにかけた挑戦でした。その結果として民間企業の研究資金の導入に成功しましたが、この方法は、すべての大学に通じる「正解」ではありません。

山形大学が示していることは、それぞれの大学にある「強み」や「特色」をそれぞれがよく分析して、そのうえで大学を「経営」することの大切さです。

従来と同じように「運営」するのではなく、「経営」する大学が増えたときに、各地方にある大学は再び輝きを取り戻し、日本の科学技術は再び元気になるだろうと思いました。
科学文化部記者
寺西源太