治療用アプリを“処方”する!?

治療用アプリを“処方”する!?
今、あなたが病院に行ったら、医者からもらうのは薬の処方箋だろう。しかし、そう遠くない将来、医者から「あなたの治療にはこのアプリを処方します」とアプリをスマートフォンにダウンロードするための処方箋をもらうかもしれない。

5年前に薬事法が改正されたのはご存じだろうか?スマートフォンなどで使うアプリを医療機器として認め、アプリが治療に役立つと厚生労働省が認めれば、薬と同じように医療保険が適用されることになるのだ。そして、今、ベンチャー企業や大手製薬会社が治療用アプリの開発に乗り出している。健康管理アプリとどう違うのか?最先端の現場を取材した。(経済部記者 茂木里美)

“禁煙治療に”アプリを

都内にある医療ベンチャー、CureApp。設立から5年、社員69人のこの会社がいま「国内初」を達成しようとしている。それが、治療用アプリの実用化だ。

会社はことし、厚生労働省に「タバコの依存症」の治療を目指したアプリを医療機器として認めるよう申請した。

社長の佐竹晃太さん(37)は、呼吸器内科を専門とする現役の医者だ。アメリカに留学していた際、現地で実用化されていた糖尿病患者のための治療用アプリの存在を知る。日本でも将来、治療用アプリの需要が高まると考え、起業を決めた。
「従来の薬とは違う治療のアプローチに興味を持ちました。日本でも薬事法の改正があったので、自分でもやってみようと。病気のなかには、薬や手術だけで完治できないものも多くあるんです。アプリはそういった病気で苦しむ患者さんを助けられる大きな可能性があると考えています」
アプリに何が期待されているのか。それは、医者による診察と診察の間の時間を埋める役割だ。

例えば、禁煙外来で病院に行き、医者と話した直後は禁煙の努力をするが、約1か月後の次の外来までの「治療空白」の間に断念してしまう場合がある。そこを埋める役割を果たそうというのだ。
会社が開発したアプリは、専用機器で測定した患者の呼気の一酸化炭素濃度を管理する。一酸化炭素の濃度は、喫煙状況を把握するために有効だという。アプリを使えば、禁煙が続いているかどうか、医者が遠隔からでも確認できるという。

また、アプリでは、心理的な要因で禁煙が続けられない患者のために、タバコの依存とは何かを学べる動画を見られるようにしたほか、タバコが吸いたくなった時に、医療の専門知識が組み込まれたチャット機能を使って「ガムをかみましょう」と助言したり、「つらいですね」と共感して励ましたりする機能もある。
会社は申請に向けて、国内31の医療機関の協力を得て、禁煙外来の約600人の患者を対象に臨床試験を実施した。

従来の禁煙補助薬などを使った禁煙外来で治療したグループと、会社が開発したアプリを併用して治療したグループにわけて比較。

その結果、24週がたった時点で、アプリを併用した患者の継続禁煙率は63.9%となり、従来型の禁煙外来の患者に比べて13.4ポイント高かったという。
今年度中に治療用アプリとして国内で初めて医療機器として承認される見通しで、会社では来年中の保険適用と販売を目指している。

気になるのは料金だが、患者が治療用アプリを使うためにいくら負担するかは、保険適用が認められてから決められるという。

なぜアプリなのか

なぜ医療分野でアプリが使われるのか?背景には、高齢化による医療費の増大や、膨大な新薬の開発費によって、社会保障費が膨れ上がり続けている問題がある。

このため政府は、ITの活用による医療改革を進めてきた。その結果、2014年に薬事法が改正され、アプリも医薬品として認められることになったのだ。

アプリの開発は新薬の開発に比べてコストが低く、薬と同じ効果が得られるようになるのではないかと期待されている。

治療用アプリがいち早く取り入れられたのは、アメリカだ。糖尿病の治療のためのアプリが開発され、2010年にアメリカで初めて日本の厚生労働省にあたるFDA=アメリカ食品医薬品局から承認を受けている。

治療用アプリの特性が生かされる分野は、薬の投与や手術をするだけでは完治が見込めない分野だ。

例えば、糖尿病や高血圧など、生活習慣全体を見直さなければいけない病気や、患者本人の努力によるところが大きい禁煙や精神疾患などの治療で、日本国内でもこうした分野の治療用アプリの開発が進められている。

ちまたにある健康管理アプリと何が違うのか?ひと言で言えば、治験を通じて効果を証明する必要がある点だ。例えば冒頭に紹介した医療ベンチャーはこれまでに臨床試験を重ね、実際に禁煙に効果があることを示してきた。

製薬会社も開発を急ぐ

治療用アプリの可能性には、大手の製薬会社も注目している。

塩野義製薬は、発達障害の1つのADHD=注意欠陥・多動性障害の治療として子ども向けのアプリの開発を始め、来年度中に治験を始める予定だ。ゲーム感覚で遊ぶと脳が刺激されて活性化されるという。

また、大塚製薬も、アメリカの企業とともに、うつ病治療のためのアプリの開発を進め、アメリカでの実用化を目指している。

どこまで広がる、治療アプリ

アプリを医療に使おうという流れは国内ではまさに動き始めているところだが、実際にどんなアプリが開発され、どこまで広く行き渡るかは未知数だ。

しかし、製薬会社では膨大な新薬の開発費に比べて、数億円の費用で開発できるアプリは魅力的にうつる。

また、ふくれあがる医療費を抑えるのであれば社会にとってもよいことだ。治療用アプリが本格的に登場する予定の来年以降、私たちの治療がどう変わるのか、取材を続けていきたい。
経済部記者
茂木里美

フリーペーパーの編集者を経てNHKに入局。
さいたま局、盛岡局を経て平成29年から経済部