ドイツ自動車業界の苦悩

ドイツ自動車業界の苦悩
今月12日、ヨーロッパ中央銀行は、3年半ぶりとなる利下げなど、あらゆる金融緩和の手段を盛り込んだ、追加の金融緩和に踏み切りました。「金融緩和」とは、お金が市場に回りやすい状態にして、景気を支えようという政策です。ヨーロッパ経済の減速が強まっているからで、中でも低迷しているのがドイツです。域内最大の経済大国で何が起きているのでしょう。取材を進めると日本と同様に国の経済を引っ張ってきたドイツの自動車業界の苦悩が浮き彫りになりました。(ロンドン支局記者 栗原輝之)

中央銀行の危機感

ドイツの金融都市、フランクフルトにあるヨーロッパ中央銀行の本部。ここで今月12日、金融政策を決める理事会が開かれました。

ヨーロッパ中央銀行は、ドイツやフランス、イタリアなど通貨ユーロを使う19か国の金融政策を担っていて、日本でいえば日銀にあたる機関です。この理事会で決まったのが、追加の金融緩和でした。

1つは、3年半ぶりの利下げです。金融機関から資金を預かる際の金利を、これまでのー0.4%から、-0.5%に引き下げました。また、さまざまな資産を買い入れて市場に大量の資金を供給する「量的緩和」をことし11月から再開することになりました。さらに、長期にわたって金利を抑える方針も確認しました。

取り得る策を組み合わせて「金融緩和のパッケージ」に詰め込んだ形です。なぜ今、ヨーロッパ中央銀行がここまで危機感を高めているのでしょうか。

減速の背景は米中貿易摩擦とEU離脱

背景にあるのは、ユーロ圏で強まっている経済の減速です。

ことし4月から6月の第2四半期の主要国のGDP=国内総生産をみますと、フランスの伸び率は0.3%にとどまったほか、イタリアはゼロ成長となりました。

衝撃だったのは日本に次ぐ世界4位の経済大国でユーロ圏経済をけん引してきたドイツの落ち込みです。同じ時期の伸び率がー0.1%となり、マイナス成長に陥ったのです。

ドイツは日本と同じように自動車産業がさかんです。その自動車業界が苦しんでいることが、国全体の経済の落ち込みにつながっています。大きな理由は、アメリカと中国の貿易摩擦によって、中国の景気が減速していることです。
販売台数で世界一のフォルクスワーゲンはことし上半期、中国市場の販売が4%落ち込みました。輸出も減少しました。ことし6月には、EU離脱に揺れるイギリス向けが減ったことも影響して、ドイツから世界への乗用車の輸出が前年比ー25%の大幅な減少となりました。

受注減には“貯金”取り崩しで対応

自動車産業が実際にどのような状況にあるのかを確かめるため、ドイツ南西部、シュツットガルト郊外にあるエンジン部品メーカーを訪ねました。

以前は休日出勤が当たり前でしたが、受注が減少し、このメーカーのことし上半期の業績は最終赤字でした。こうした中で進めているのが、勤務時間の短縮です。
ドイツには、忙しい時期の残業時間を一定期間、貯金のようにためておく制度があります。生産が減った今、会社は、従業員に対し、この「貯金」をつかって勤務時間を減らすよう求めているのです。

生産部門だけでなくマーケティングなどの部門でもこの制度が使われていて、中には平日に1日から2日休む従業員もいるということです。勤務時間を減らしても給料は維持されるため時短勤務に伴う混乱はありませんが、いつまでも続けられる方法ではありません。
「来年の第1四半期までは『貯金』が持ちますが、経済の低迷がそれ以上続くようなことがあれば、別の手を考えなければいけません」

時短勤務の支援求める動きも

「貯金」がなくなれば、企業の努力だけで乗り切るのは厳しくなります。

実は今、ドイツでは、時短勤務の実施のために国に支援を求める企業が急増しています。国の補助金は、不況による勤務時間の短縮で給料が減った従業員に対し、減少分の60%~67%を補てんするしくみです。
製造業が集まるドイツ南西部、バーデン・ビュルテンベルク州では、給料の補填の対象になった従業員の数が先月、およそ5000人にのぼり、1年で5倍以上に増えました。

企業が補助金を求める背景について、この州を担当する労働局のクリスチャン・ラウフ局長は、次のように解説してくれました。
「どうしても従業員にやめてもらっては困るという企業が多い。電動化や車のIT化が進む中で優秀な人材をいったん失えば、改めて確保するのは非常に難しいからだ」
自動車業界は100年に一度と言われる大改革のさなかにあります。いくら苦しくとも、新しい技術に対応できる人材を失ってしまっては、経済が上向きになっても結局行き詰まってしまうという切実な事情があるのです

景気後退はすぐそこ?

経済がすぐ回復すれば、企業に残った人材が成長の原動力になるでしょう。リーマンショックからドイツが力強く回復したのは、優秀な人材が各企業に残っていたからという側面もあります。しかし、経済の低迷がまだ続くならそのもくろみは崩れてしまいます。

ドイツはこれからどうなるのか。ドイツを代表するifo経済研究所で企業調査の責任者を務めるティモ・ボルマースホイザー・シニアエコノミストは、2009年以来の景気後退に陥るという見通しを語っています。
「製造業の低迷はこれからも続き、それはサービス部門や個人消費にまで広がっていくでしょう。ドイツの景気後退は避けられそうにありません」

金融緩和だけで立ち直るのか

製造業の低迷がほかの分野に広がるのを食い止められるのでしょうか。

追加の金融緩和を決めたあとの理事会で、ヨーロッパ中央銀行のドラギ総裁は、さらなる利下げもあり得るという考えを明らかにしました。
ただ、この記者会見で印象的だったのは、ドラギ総裁が「各国が景気を支えるための財政出動を行うべきだ」と繰り返し言及して、金融政策だけでは十分でないと訴えたことです。金融緩和の限界も認識しているように感じました。

ヨーロッパ中央銀行のかじ取りはことし11月からIMF=国際通貨基金で専務理事を務めたラガルド氏に引き継がれます。ユーロ圏の経済をどう立て直していくのか、その手腕が問われることになります。
ロンドン支局記者
栗原輝之

平成11年入局。
経済部や国際部などを経て、現在は欧州経済などを担当