是枝監督「次の章へ向かう」 世界への新たな挑戦

是枝監督「次の章へ向かう」 世界への新たな挑戦
家族や人と人のつながりを深く見つめる作品などで知られる是枝裕和監督。「万引き家族」が去年のカンヌ映画祭で最優秀賞を受賞したのに続き、ことしのベネチア国際映画祭では、新たな挑戦に踏み出しました。フランスの大女優が主演、全編フランスで撮影、という異色の最新作は、世界にどう受け止められたのでしょうか。(ヨーロッパ総局記者 古山彰子)

フランスの大女優と肩を並べて

世界3大映画祭の1つ、ベネチア国際映画祭。その開幕を飾るオープニング作品には毎年、大きな関心が集まります。ことし選ばれたのは、是枝監督の最新作、「真実」。オープニングで日本人監督の作品が上映されるのは初めてです。この日の記者会見には是枝監督が出席。両脇にはフランスを代表する俳優、カトリーヌ・ドヌーブさんとジュリエット・ビノシュさんの姿がありました。会場は満席で、立ち見の記者もいるほどでした。

最新作「真実」

映画「真実」。ドヌーブさん演じる国民的大女優の自伝の出版をきっかけに、ビノシュさん演じる娘がパリの実家に戻ってくるところからストーリーは始まります。自伝につづられなかった“真実”を巡り、母親と娘のすれ違いや、長年、封じ込めてきた心の影が明らかになり、対立から理解へと、次第に溝を埋めていく母娘の姿を描いています。

是枝監督はなぜ、フランスで作品作りに臨んだのか。直接、聞いてみました。
「2011年に日本でビノシュさんにお会いして、長いインタビューをしたり一緒に京都に行ったりして、個人的なつきあいが深くなっていった時に、何か作品をこの先にご一緒できるチャンスがあればと具体的に一歩先へ進む段階が来まして。自分の中で、脚本にはしていなかったけど実現できていなかった日本の女優を主人公にした話があって、それをフランスを舞台にして大幅に書き換えてみようかなと」
ビノシュさんの声かけをきっかけに、動き出した日仏国際共同製作。ビノシュさんは是枝監督をどのように見ていたのでしょうか。
「是枝監督が映画を撮り始めたころから作品が大好きで、尊敬しています。作品は常に繊細で、複雑さもあり、子どもに対する愛を感じ、いつも感銘を受けます。慣れ親しんだ日常から抜け出し、大きく異なる環境を受け入れてフランスで映画を作ることはとても勇気がいることだったと思います。それでも監督は、俳優たちがどのような感情表現をするのか、遮ることなく見守ってくれました。その方が、台本に書いてあることを忠実に演じるよりも興味深い結果になると感じていたからだと思います」
私は、去年12月、特別に取材を許されて、パリ近郊の撮影現場に向かいました。スタジオでは是枝監督が大勢のフランス人に囲まれ、撮影準備が行われていました。

ドヌーブさんが姿を見せるとスタジオは一気にぴりっとした空気に。ドヌーブさんは「シェルブールの雨傘」(1964年)などで名をはせ、75歳になった今も現役、作品と同じくまさに大女優です。是枝監督は、フランスを舞台に脚本を書き換えた時点で、主演はドヌーブさんだと心に決めていたといいます。キャリアが長く「難しい女優」とも評されるドヌーブさんですが、是枝監督はパリをたびたび訪れて信頼関係を築いて出演の快諾にこぎ着け、作品は生まれました。

「次の章へ」

コンペティション部門にも選ばれていた「真実」。カンヌ映画祭に続く快挙を期待する声がある一方、是枝さんは賞にこだわっていませんでした。
「『油絵』が求められるコンペティションの中で『真実』は秋のパリの風景を水彩画で描く意識だった」
結果、受賞はありませんでしたが、オープニング上映という大役を終え、これからについてこんな風に話してくれました。
「実は今は次を動かすのを止めているので、ここでちょっと小休止してインターバルを取って、次の章へ向かおうかなっていうタイミングです。今回、海外で映画を製作して本当にとても刺激的になったし、25年ぐらい映画を作ってきてなかなか自分自身が作るものに新鮮に向き合えなくなっている状況というのがあるので、新鮮なドキドキハラハラしたいっていう思いがある。チャレンジできる場所があるんだったらまた海外でやってみようかなと思っています」
ことばや文化の異なるフランス人たちと粘り強く対話し、議論し、ともに「真実」を作り上げた是枝監督。出演した俳優たち、そして世界の映画ジャーナリストの心もしっかりとつかんでいました。

日本映画を見つめ続ける映画祭

世界3大映画祭のうち最古のベネチア国際映画祭が、日本映画に熱い視線を向けるのは今に始まったことではありません。最初の例が黒澤明監督の「羅生門」です。当時、東京を拠点にイタリア映画を日本に売り込んでいたイタリア人女性が「羅生門」に感銘を受けて映画祭への出品を要請。しかし、日本映画がまだ世界に知られていない時代で、とりあってもらえませんでした。そこで女性は自費で字幕をつけて作品を映画祭に勝手に出品したところ、1951年、みごと最優秀賞「金獅子賞」に輝きました。

実は、黒澤監督自身、出品されていたことすら知らなかったといいます。「世界のクロサワ」が知られるきっかけになったベネチアの映画祭は、その後も北野武監督や宮崎駿監督などの才能を早くから見いだしてきたのです。

世界の時流を象徴

映画祭は、その時々の世界の時流や社会の問題意識を映し出します。

閉会式前、レッドカーペットでひときわ注目を集めたのが、香港の映画監督、ヨン・ファンさんです。アニメ作品「No.7 Cherry Lane」で最優秀脚本賞を受賞。作品は、イギリスの植民地支配に対する反対運動が起きた1967年の香港が舞台です。今、香港では容疑者の身柄を中国本土にも引き渡せるようにする条例の改正案をきっかけに市民の抗議活動が続いています。ヨン・ファンさんは受賞スピーチで、香港の現状について思いを語りました。
「52年前と同じ事が起きている印象を受ける。香港が平穏を取り戻し、再び自由を感じられるようになってほしい」
会場にいた人たち、そして私がいたプレスセンターでも記者たちが大きな拍手をおくっていました。ヨン・ファンさんは声明で「この作品は、香港と映画に対する私のラブレターです。きのう、きょう、そしてあすに関する物語で、何よりも解放に関する映画です」とつづっています。

ラブストーリーのアニメ映画でありながら、歴史上の出来事を背景に物語を展開し、今につながるメッセージをおくる。そんな作品に賞が贈られたのは、香港の情勢を憂慮する世界のまなざしを映し出しているようでした。

映画祭では、サウジアラビア初の女性監督による女性の選挙権をテーマにした作品や、各国の富裕層などがタックスヘイブンを利用して資金隠しをしていたことを明らかにした「パナマ文書」をテーマにした作品なども上映されました。ヨーロッパの映画祭は、ハリウッドとはまた違う角度から、世界の才能を見つけ出し、メッセージを発する舞台となっています。

次の注目は5か月後、来年2月のベルリン国際映画祭です。どんな作品が登場し、私たちに何を訴えかけるのでしょうか。
ヨーロッパ総局記者
古山彰子

平成23年入局
広島局をへて、国際部
平成30年よりパリを拠点に欧州情勢を取材