メディアはどう生き残るのか

メディアはどう生き残るのか
テレビや新聞などマスメディアが置かれた現状は年々厳しさを増している。テレビは若者を中心に視聴時間や視聴率が減少傾向にあり、新聞の発行部数は減少の一途をたどっている。そして、より厳しい状況に置かれているのが、アメリカのメディアだ。そのアメリカで、年々参加者が増えている報道関係者の勉強会があると聞き、参加してみることにした。アメリカのメディアがどのように生き残ろうとしているのか。現場での取材で見えてきたものとは…。(国際部記者 辻浩平)

「企業秘密」を教えます

それは驚きの光景だった。2000人近い記者たちが1つの会場に集まり、取材手法を惜しげもなく教えあっていたからだ。

私が訪れたのは世界最大級の報道関係者のイベントと言われるIRE (Investigative Reporters and Editors)=調査報道記者・編集者協会の年次総会。

ことしの年次総会は6月にアメリカ南部テキサス州ヒューストンで4日間にわたり開催された。会場となったホテルで開かれる講座の数は200を超え、講師役は第一線の記者だ。
「あの特ダネはどう取ったか」、「情報源の作り方は」、「情報公開制度はこう使う」など、記者なら興味を抱かずにいられないテーマごとに講座が行われる。

日本のメディア業界では、他社に取材手法を教えることは、多くの場合、ご法度とされている。とりわけ特ダネの取材手法は、いわば「企業秘密」であり、ライバル社に漏らすことはほとんどない。それだけに私にとっては新鮮な体験だった。

情報源の作り方

立ち見も出るほど人気だった「情報源の作り方」の講座では、優れた報道に贈られるピューリッツアー賞を2度受賞したニューヨーク・タイムズの記者が講師役となり、「毎日、異なる取材先と昼食かコーヒーをともにする。その後、短くてもいいからお礼の手紙を書く。手書きで。そうすることで信頼関係を築ける」とアドバイスしていた。

手書きの手紙は日本でもよく使われる取材手法だが、それを毎日続ける地道な努力こそが信頼関係作りにつながるというのだ。頭が下がる思いだった。
また、「インタビューを受けてくれない相手をどう取材するか」の講座では、非営利の報道機関「プロパブリカ」でピューリッツアー賞を受賞した記者が講演。

世間の注目を集める事件や事故の渦中の人物は、発生直後には各メディアが押しかけて取材が難しいが、数か月後や数年後に再びアプローチすると、取材が実現するケースが少なくないと語った。

発生直後の取材競争を否定はしないが、少し時間がたったあとにより深い取材を行うことの意義を強調していた。

厳しい環境でもがく記者たち

アメリカのメディアは、日本以上に厳しい状況に置かれている。アメリカ国内で勤務する記者などの数は2018年までの10年間に11万4000人から8万6000人へと25%も減少。経営難に陥った新聞社による解雇などが主な要因とされる。

地域のニュースをカバーするメディアが消滅する「ニュースデザート(ニュースの砂漠)」といったことばすら出てきている。
IREの会場に来ていたアメリカの記者に話を聞くと、試行錯誤を重ねながら活路を見いだそうとするさまざまな声が聞こえてきた。

読者をつなぎとめるために取り扱うニュースのジャンルが変わり、グルメ情報やセンセーショナルな事件報道が増えたと嘆く声。

一方で、政府や企業の発表など、どのメディアも内容が似かよる記事ではなく、ほかのメディアにはない独自の調査報道や、オリジナルコンテンツの制作に力を入れているとの声も多く聞かれた。

トランプ大統領がもたらしたもの

アメリカのメディアにとってさらに深刻なのは、信頼性が揺らいでいることだ。アメリカの調査会社ギャラップが2018年に行った調査では、メディアを信用すると答えた人は45%にとどまり、この40年でおよそ25ポイントも低下した。

メディアの信頼性には、トランプ大統領の誕生も大きな影響を与えているとされている。みずからを批判するメディアを「フェイクニュース」だと攻撃し続けた結果、大統領の支持者の中には一部のメディアの報道を信用しなくなる人も出てきているのだ。

「今ほど信頼される報道が求められる時代はない」

IREの事務局長を務めるダグ・ハディックス氏は、メディアの信頼性が揺らぐ事態の影響についてこう話してくれた。
「大統領という最大の権力者がメディアの信頼性を攻撃し、SNSでそれが拡散される。情報があふれかえる今の世の中で、人々は信じたいものだけを信じるようになり、社会の分断を招いている。報道の信頼性や重要性が揺らぐ社会では民主主義は危機に陥りかねない」
ただ、ハディックス氏はプラス面も指摘している。全米で記者の数が大きく減る中、IREの年次総会に参加する記者の数は年々増加。ことしの総会への参加者およそ2000人は過去最多だ。

トランプ大統領の登場以来、IREへの寄付金も増え続けているという。その背景についてハディックス氏は、信頼できる報道への期待の高まりがあると指摘し、こう強調した。
「信頼を取り戻すために、メディアによる調査報道や権力の監視機能が今ほど重要な時代はない。IREの参加者が増えているのは記者が取材スキルを磨き、視聴者や読者のニーズにより一層応えようとしていることの表れだ」

失われた信頼をどう取り戻すのか

トランプ大統領が攻撃の標的にしているメディアの1つが、有力紙ニューヨーク・タイムズだ。トランプ大統領は「国民の敵」だと強いことばを使って、同紙を名指しで繰り返し批判しているのだ。

NHKは去年、ニューヨーク・タイムズの編集長のディーン・バケ氏に読者とどう向き合い、信頼を得ようとしているのかインタビューしている。そこでバケ氏はキーワードとして「取材過程の透明化」を挙げた。
「メディアがどのように取材し、記事を書いているのか。間違いを認めたり、現場で悩みながら書いたりしていることを見せれば、記事を信用してもらえるのではないか」
実際にニューヨーク・タイムズは大胆な手を打っている。記者がどのように取材し、記事が出来上がっていくのか、取材・編集の過程を外部の番組制作会社に自由に取材させたのだ。

それは「ニューヨーク・タイムズの100日間(原題:The Fourth Estate -First 100days-)」(2018年)という番組になり、放送された。
番組では、情報の裏取りが十分でないと主張するデスクと、取材した記者がぶつかるシーンや、トランプ政権を批判する記事のトーンをめぐってワシントン支局とニューヨークの本社が、丁々発止の議論を繰り広げるシーンを包み隠さず見せている。

メディアにとっていわば心臓部とも言える部分を撮影させ、公開することなど、日本では考えられない発想だ。


これについてバケ氏は次のように語っている。
「私たちに番組の編集権はありませんからリスクを伴いましたし、見せたくない部分まで見られてしまいました。それでも読者が、私たちがどんな人間で、どのような思いで記事を執筆し、どれだけ普通の人間であるのかをつぶさに見てもらいたかったのです。自分たちの現実を見てもらうことで、私たちも血の通った普通の人間だと理解してもらうために」
放送の反響は大きく、視聴者から、信頼性が増したとの声も寄せられたとしたうえでバケ氏はこう話した。
「私たちの編集会議の様子などを通じて、記者たちが一方的な見方を押しつけようとする嫌な奴らではなく、世界を理解しようともがく人々であることを目撃したのです。これは大切なことです」

爆破されたラジオ局

4日間にわたるIREを取材したあと、私は地元ヒューストンの公共ラジオ局「パシフィカ・ステーション」を訪ねることにした。

同じ公共のメディアとしてどのような思いで放送を出しているのか、気になったからだ。住所を調べて行ってみると、2階建ての小さな一戸建て住宅を改装した建物にラジオ局はあった。
パシフィカ・ステーションは、ヒューストンと周辺の地域に向け、放送している。

25人のスタッフのうち、給料が支払われているのは3人だけで残りはボランティアによって運営されている。

放送時間のほとんどは音楽を流し、私の関心があるニュースは音楽の合間に短く放送しているだけだった。

少々落胆していると、案内してくれたボランティアのジェームズ・ナゲルさんが、見せたいものがあると言って、階段の踊り場にあった畳半分ほどの展示スペースに連れていってくれた。
そこにあったのは長さ1メートルほどの鉄の塊。これはラジオ放送に欠かせないトランスミッター(送信機)で、1970年に送信施設が爆破された現場から回収されたものだ。
爆破はKKK(クー・クラックス・クラン)と呼ばれる白人至上主義団体による犯行だった。ここは保守的な地域で、女性や黒人それに同性愛者の権利を訴えるこのラジオ局に反感を抱く人は少なくなかったという。

トランスミッターが使えなければ放送は出せない。爆破事件の後、予算が足りず復旧できずにいると、市民から次々と寄付が集まったという。その寄付金で新しいトランスミッターを購入し、放送が再開。しかし、トランスミッターはその翌年に再び爆破されてしまう。このときも市民の寄付で放送の再開にこぎつけた。
このとき購入した3代目のトランスミッターが現在も稼働中だという。ナゲルさんは「悪いことが起きると落ち込みがちになるが、その後には必ずいいことが起きる。報道の自由、言論の自由の封殺は許さないと、市民が支えてくれたんだ」と胸を張って話してくれた。

「信頼」こそが生き残りのカギ

最後にナゲルさんが見せてくれたのは、レンガと5枚の100ドル紙幣だった。
数年前にラジオ局を訪ねてきた男性が持ってきたのだ。レンガは、男性が放送内容が気に入らず、以前ラジオ局の窓に投げつけたものだった。

その後、男性は放送を聞くうちに人種差別の撤廃や同性愛者の権利保護などの訴えは正しいと考えるようになり、このラジオ局は信頼できると感じ始めたという。

レンガには、男性自身の過去の行為に対する謝罪が、そして100ドル紙幣には今後も放送を続けてほしいと応援する気持ちが込められていた。視聴者や読者の信頼を得るメディアこそが、市民に支えられ生き残っていける。そんなメッセージを感じた。

信頼され、必要とされるために

メディアを取り巻く環境が大きく変わる中で、アメリカの記者たちはどのようにして生き残ろうとしているのか。それを知りたくて始めた今回の取材。

取材の最終日に思わぬ形で、地域住民の信頼によって支えられているメディアに出会うことになった。

自分たちは視聴者や読者に信頼され、必要とされる存在たり得ているのか。そうあるために、何をすべきなのか。より厳しい環境でもがく“同僚”たちから少しヒントをもらうことができた気がする。
国際部 記者
辻浩平
2002年入局。鳥取局、エルサレム特派員、盛岡局、政治部などを経て国際部。