“勤務ではない研究” 大学教員の働き方を考える

“勤務ではない研究” 大学教員の働き方を考える
「土日に職場に出てきても『自主的な研さん』であれば、休日出勤には該当しない。大学も教員もそういう意識でした。好きでやっているのですから」
休日出勤の賃金が払われない”勤務ではない研究”を続けてきたある大学教員のことばです。
しかし、いま、こうした働き方は違法だとして労働基準監督署から是正勧告を受ける大学が相次いでいます。どんな働き方をしていて、何が問題になっているのか、取材を進めると複雑な実態が見えてきました。
(松江放送局 記者 山崎麻未)

教員の大多数は土日出勤が“当たり前”

「私も含めて、大多数の教員は土曜日とか日曜日とか出ることが多かったです。だいたい20年前からやっていました。大学に出てきていても『自主的な研さん』であれば休日出勤には該当しない。大学も教員もそういう意識でした」
これは取材を通じて出会った島根大学の教員が匿名を条件に応じたインタビューでの証言です。

さらに、この教員は、健康管理のために大学に申告していた勤務記録の書類も見せてくれました。
書類の土日の欄は空白、つまり、勤務をしていないはずでした。

しかし、個人でつけていたスケジュール帳には、土日に「卒論添削」とか「論文執筆」などと記載されていました。
大学に申告せずに働いていたのです。
別の教員は平日午後10時ごろまで働いたあと、家に帰って風呂などに入り、もう一度、大学に戻って朝まで研究を行っていたと取材に話しました。

この教員も大学には申告していなかったということです。

是正勧告の背景は

ところが、こうした働き方が問題視されました。

島根大学は、去年8月、松江労働基準監督署から深夜・休日の賃金未払いがあったのは労働基準法に違反するとして是正勧告を受けました。
労働基準監督署は「自主的な研さん」であっても「勤務」であり、深夜や休日の「割増賃金」が支払われるべきだとしたのです。

大学が調べた結果、過去2年間に未払い賃金があったのは松江キャンパスの教員の半数以上のおよそ200人で、総額はおよそ9000万円に上りました。

ただ、島根大学の例は決して特殊なケースではありません。
同じ国立大学では香川大学が約2500万円、私立では松山大学が約1億円、未払い賃金があったのです。

いま、各地の大学に相次いで是正勧告が出されています。

「裁量労働制」とは…

大学で何か起きているのか。
取材を進めると背景に「裁量労働制」と呼ばれる働き方があることが分かってきました。

「裁量労働制」は、仕事の時間配分などの裁量を労働者にゆだねる制度で、大学教員をはじめ、弁護士、コピーライターなど19の専門的業務などが対象です。

実際に働いた時間に関係なく、一定の時間働いたものとみなし、賃金が支払われます。いわゆる残業代などはありません。

ただ、無制限の長時間労働になってしまうと健康被害のおそれが高まります。

このため、導入には、労使間でさまざまな取り決めが必要となります。
島根大学でも、
▽午後10時から午前5時までの時間帯や休日に勤務する際には、事前に学部長などの許可をとること、
▽この時間分の割増賃金を大学が支払うこと、
などが定められていました。

ただ、大学側は「自主的な研さん」はその例外として許可は必要ないとし、一部の教員も、許可なく土日に大学で研究を行っていました。

大学、教員、双方了解のうえで行われていた“勤務ではない研究”
ここにメスが入ったのです。
是正勧告を受けて、島根大学は「自主的な研さん」であっても事前の許可が必要だと改めました。

教員の自己申告で勤務時間を把握するのではなく、IDカードで出勤・退勤の時間を管理する方法も取り入れました。
こうした取り組みで、勤務実態を正確に把握しようとしています。

島根大学はNHKの取材に対し「労働基準監督署からの指導を受けて適切に対応している」としています。

無報酬で働く理由

なぜ、”勤務ではない研究”を行うのか。
取材に応じた教員にさらに問いを重ねると、その理由を聞くことができました。
「休んでいると、世界のどこかで自分と同じ事をしている人がいるのではないかと不安。少しでも研究を進めたいので、土日も出ていました」

「研究は仕事ですが、一方では趣味であり生きがいです。やらされているのではなく好きでやっているのです」
研究の計画も健康管理も個人の責任の範囲。
自分の意志で、好きで研究を行っているため、勤務とは考えていないというのです。

さらに、この教員は、もう1つ大きな理由を挙げました。

これは島根大学のような国立大学法人に限った話ですが、こうした大学は文部科学省から「運営費交付金」を受け取り、研究費や人件費などに割りふっています。

しかし、運営費交付金は、国の財政難などを理由に毎年およそ1%ずつ減っています。
そのなかで、人件費に割かれて研究費が削られることに強い拒否感を持つ教員が多いというのです。
「休日出勤に賃金が出るというのは一般常識としては知っています。ただ深夜とか休日の割り増し賃金を出すと、その分だけ教育や研究に充てる経費が少なくなってしまいます。教育研究費はちゃんと温存したまま研究を進めようとすれば、残業代はまあいらないよということになると思います」(取材に応じた教員)

大学ならではの事情も

全国の大学教員の働き方について調べている東京大学環境安全本部の黒田玲子助教は、こうした背景には、大学ならではの事情があると指摘します。

まず1つは、教員の意識です。
「労働者・雇用者であるという認識は薄く、大学というデパートに入居するテナントの責任者というような意識で働いている」
もう1つは、研究という仕事の特殊性です。
「通常、労働とは、会社や上司に命じられて行うが、研究に関してはそうでない部分があり、定義や線引きが難しい。自分で決める裁量が大きい」
加えて、最近は教員が研究に専念できない環境もあるといいます。

黒田さんによると大学の教員の仕事は、「研究」「教育」「大学の管理運営業務」「社会貢献」の4つに大きく分けられますが、最近は「研究」以外の仕事が多くなりすぎ、落ち着いて研究をしようとすれば土日に、となってしまうというのです。

ただ、是正勧告を受け、見直しを迫られているのは事実です。

黒田さんは、急な意識改革や制度の押しつけではなく、労働当局・大学・教員が、納得できる方法で解決策を探るべきだと指摘しています。

その1つとして提言するのは、大学の仕事・労働とは何かを整理し、定義づけることです。
「裁量を残しつつも、健康を害さず継続して研究成果を出し続けられる働き方はどういうものかをそれぞれで考えていただく。実際、大学教員はどういう活動をどのくらいの時間行っていて、労働に組み入れるものは何なのかとか、労働に組み入れるものと、いわゆる自主的な研さんとの線引きとかを、関係者が同じテーブルについて議論をすることだと思います」(黒田さん)

納得感の得られる働き方とは…

働き方改革を推進する機運が高まる中、大学の教員の働き方にも透明性が求められています。

「自主的な研さん」と言いながらもそれが長時間労働につながり、健康被害につながることはあってはなりません。

しかし、その一方で、教員の中には、多様な働き方を求めるニーズがあることも事実ですし、世界の研究者としのぎを削るなかで、働く意欲が失われるような事態は避けなくてはなりません。

「自己研さん」か「労働」かといった二者択一なのか、そうではなく、より多くの関係者が納得感の得られる働き方が存在するのか。

今回の取材を通じていま、真剣に模索すべき時期に来ているのではないかと感じました。