無給医なくせますか? 医学界の重鎮に直撃

無給医なくせますか? 医学界の重鎮に直撃
大学病院などで診療しても給与が支払われない「無給医」の問題。取材を始めてから1年近くたち、私はようやく医学界の重鎮に会うことができました。「無給医についてどう考えていますか?」こう問いただしたところ、返ってきた答えは意外なものでした。(社会部記者 小林さやか)

無給医 “白い巨塔”のトップに取材を申し込んだ

ことし6月、文部科学省が、無給医の調査結果を公表。2191人の無給医の存在を初めて認めました。

このテーマを1年近く取材してきた私は“ようやく国が動いた”と少しほっとしましたが、不安な気持ちが消えることはありませんでした。なぜなら、本当に各大学病院が無給医の待遇を改めるつもりがあるのか、確証をもてなかったからです。

だからこそ、話を聞いてみたいと思っていた人たちが、“白い巨塔”のトップでした。そこで、私が取材を申し入れたのが「全国医学部長病院長会議」です。聞いたことがない人がほとんどかもしれませんが、実は全国の医学部長らが集まる大変権威ある組織です。
「正直断られるだろう」と思いつつ取材を申し込んでみると、なんとスマホに電話が。この組織の重鎮が会議の合間の30分なら時間が取れるというのです。

30分でもこの機を逃すまいと、指定された山形大学医学部へと向かいました。

驚くべき回答!

院長室に通された私の前に現れたのは、脳神経外科医の嘉山孝正氏です。

白衣をまとい、穏やかな表情を浮かべていましたが、その経歴は圧倒的です。脳腫瘍の権威で、国立がん研究センターの理事長、全国医学部長病院長会議の委員長などを歴任し、今は山形大学医学部で参与を務めています。

私は開口一番「無給医についてどう考えていますか?」と切り出しました。

すると、嘉山氏の返答は驚くべきものでした。
「さすがに国立大はやっていないと思っていたので今回の結果は驚きました。地方では、処遇をしっかりしないと人が来ないので、山形大学では無給なんてありえない。払って当たり前ですよ」
まさか医局のトップからこんな回答が得られるとは思ってもみませんでした。取材した多くの無給医は、医局のピラミッド構造の中で、長年、声を上げることさえできませんでした。
私も、そんな人たちの思いを背負って取材に臨んだので、一瞬、この意外な回答にことばを失いました。

「大学病院はもうからない」

気を取り直して、実際、多くの大学に無給医がいることをどう受け止めているのか、聞きました。
「従来の考えであれば、病院長の先生方は無給医に給与を支払うのを難しいと考えたり、ちゅうちょしたりすることはあると思います」
「大前提として、大学病院は経済的に困難な状態です。大学病院で行うような高度な医療にはお金がかかります。ところが、そもそも日本の診療報酬は公定価格で決まっています。そのため、どれだけ高度な手術をしても、診療報酬は一定しか得られず、そんなに大きくもうからない仕組みになっているのです」
確かに、大学病院は一般の病院などと違い、診療だけでなく、教育や医学の研究といった機能も担っています。最先端医療のために、高額な薬剤や医療機器を使うことがあっても、収入には限りがあり、厳しい経営状況にあるというのです。
一方で、無給医が今も続いてる背景には、医学界に連綿と続く昔からの慣習もあると自身の経験談も交えて指摘しました。
「大学病院という場所は、昔からまっとうに働いても生活できないところでした。私も医師になって、30代前半までは大学からの給与は月5万円から10万円ほどでした。30代半ばで正式な助手になって、やっと普通の給料がもらえましたが、それでも決して高くない。教授になった後も、月月火水木金金と、休みなく働き続けました。やっと取れた休みの日に、遊園地に娘を連れて行ったところ、緊急手術があると呼び出され、妻子を置き去りにして車で病院に戻る、そんなことが日常茶飯事でした。山崎豊子さんは小説『白い巨塔』の中で、主人公・財前五郎の大学からの給与については触れていません。財前も、薄給だったはずです」
医局を一躍有名にした山崎豊子さんの名作を例に出して世間の誤解もあることを訴えました。

自分たちも経てきた道と考えてはダメ

でも、やはり医師の収入は多かったのではと思いますよね?
また、問題があったのならば、なぜ今まで、変わらなかったのでしょうか?
「昔はよかったんです。消費の水準も今と違うし、将来にあまり不安もなかった。『武士は食わねど高楊枝』、『清貧が尊い』といった考えが当たり前でしたし。それに昔の大学病院の医師は、いわばお布施で生きていけました。手術して患者からお礼をもらう、結婚式の仲人をしたり、若い医師の論文を書く面倒をみたり、そのつど『はい、いくら』といって包んでもらっていました。裕福な家庭の出身者も多かったのです」
しかし、こうしたかつての精神論は限界だと断じました。
「まず、今の若い人が置かれている状況は昔と違います。医学部の定員が増え、さまざまな経済状況の家庭から進学する学生が増えました。私の教え子にも、親に月何十万円も仕送りしている人もいました。ノブレス・オブリージュだけではやっていけなくなっています。自分たちも経てきた道だからとトップが考えてはいけない時代なんです」

医師の担い手がいなくなる…

さらに、嘉山氏が無給医の改善が必要と考える理由は“人権を守るため”だといいます。
「労働に対価が支払われるということは、基本的な権利です。医師も例外ではない。自己研さんを理由に『技術がないから、お前はタダ』というのでは、今話題の芸能界と同じです。いくら自己研さんといっても医師免許を持った人が医療行為をして、その結果、病院には診療報酬が入っているのです。同じ医師がよその病院にアルバイトに行って、そこでは同じ医療行為に対して給与が支払われています。これは矛盾しています」
質問するこちらの切っ先が鈍りそうになるほど、若手医師への理解がある発言が続きます。でも、ここまで率直な思いをどうして吐露するのか、あえて確認すると、真剣な表情でこう訴えました。
「このままでは、若い世代が大学病院から去ってしまう。今はネームバリューのある市中病院も人気です。しかし、先端医療の研究、教育は環境が整った大学でしかできません。このままでは日本の研究体制が壊れていってしまう。最終的には診療の質も保てず、患者さんに影響してしまいます」

やれることをまずやる、その先に国民的議論を

医学界の重鎮が若手医師、さらには医学界の将来を考えて「今、変わるべきだ」と主張したことは大きな意義があると感じました。ただ、嘉山氏も指摘したとおり、大学病院の経営が厳しい中で、本当に給与を払えるのか、最後に疑問をぶつけました。
「私の所属する山形大学では、さまざまな工夫をした結果、人件費を捻出し、日本で初めて『ドクターズフィー』を出しました。高度な医療にあたった医師には技術に応じた手当を支払う仕組みです。当然、無給医はいません。確かに大学病院の経営は厳しいですが、それでも医業の収益分岐点からみると、5%程度は利益があるのです。その中から、若い人に給与を支払うことは可能だと思います。まずはトップが経営努力をして支払う。そこから始めるべきです」
「給与を支払うことはできる」と言い切った嘉山氏。しかし、できる努力をすべてやった後でと断ったうえで、こんな提言もしました。
「医師全員に全額を支払うことは難しい大学は、医師の数が多すぎるのではないでしょうか。無給医がいる大学の多くは都会の大学です。こうした大学は、支払うことができる人数だけを採用し、それ以外は、医師が不足している地域に回るようにすべきです。それでも人件費が足りない場合は、国民も含めた議論を求める必要があります。日本の医療費は諸外国と比べて少なく、患者の自己負担が低いことも事実です。1つ1つの医療にかかる費用と効果を、目に見える形で提示することが必要でしょう」
「医学界から批判があるかもしれないな」と言いながら、予定を大幅にオーバーし、2時間にわたってインタビューに応じた嘉山氏。そのことばからは、今の医学界の置かれた現状への強い危機感が伝わりました。

皆さんはどう感じましたか?私は今後もこの取材を続けます。ぜひ意見や感想をこちらまでお寄せください。アドレスは次のとおりです。
投稿には「無給医問題」とお書きください。
社会部記者
小林さやか