京アニ 木上益治さん 「火垂るの墓」でも原画を担当

「京都アニメーション」のスタジオが放火された事件で、亡くなった木上益治(きがみ・よしじ)さん(61)は、アニメーターとして数多くのテレビアニメや映画の制作にたずさわってきました。
公開されている作品情報などによりますと、昭和55年に公開された映画、「ドラえもんのび太の恐竜」などのドラえもんシリーズや、平成13年に公開された映画、「クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」などのクレヨンしんちゃんシリーズ、それに大友克洋さんが監督を務め、国内外で熱狂的な支持を集めた「AKIRA」などに参加しています。

また、スタジオジブリ作品で高畑勲監督が手がけた「火垂るの墓」などでも原画を担当したということです。京都アニメーションでは会社として初めて自主制作した作品、「MUNTO」で監督・シナリオ・キャラクター原案・演出を務めるなど当初からいわゆる「京アニ」作品の制作の要として活躍しました。

その後も、さまざまな作品に携わりながら、平成17年には「MUNTO時の壁を越えて」で脚本・監督・演出を、平成21年には「空を見上げる少女の瞳に映る世界」でシリーズ構成と監督を務めました。

また、京都アニメーションが開設している「プロ養成塾」では講師を務め、アニメ業界を目指す若いクリエーターの指導にも当たっていました。

同級生「人一倍の努力で夢を叶えた」

木上益治さんの専門学校時代の同級生で、当時、一緒に住んでいたという静岡県の渥美敏彦さん(59)は、木上さんについて、人一倍の努力でアニメーターになる夢を叶えたと話しています。

2人は40年ほど前、アニメーターを目指して東京にある同じ専門学校に通っていて、アパートで一緒に暮らしていました。

木上さんは学費を貯めるため2年間アルバイトをしてから専門学校に入学し、同級生の中でも年上で、アニメーターになりたいという思いを誰よりも強く持っていたといいます。

木上さんは卒業の前にアニメ制作会社に就職したということで、渥美さんは「他の人とは全然違った。絵を描くのも上手いし早い。まさに天才だった。さらに、人一倍、努力する人でもあった。アパートの部屋でもいつも無我夢中で絵を描いていて、声をかけたら申し訳ないと思うくらい集中していた」と振り返りました。

また、人柄については「話しぶりはいつも穏やかで、決して怒ることのない優しい性格だった」と語ります。

渥美さんはアニメとは別の仕事に就き、木上さんと連絡を取ることは少なくなりましたが、子どもと一緒に映画「火垂るの墓」を見た際、制作者の中に木上さんの名前を見つけ、うれしい気持ちでいっぱいになったということです。

木上さんが事件の被害に遭ったことについて渥美さんは「まだまだこれからやりたいこともいっぱいあったと思うし、悔しい。本当に残念で犯人を許せない気持ちです」と語りました。