アポロ月面着陸50年 世界は激動の宇宙時代へ

アポロ月面着陸50年 世界は激動の宇宙時代へ
「ムーンショット」という言葉を聞いたことはありますか?科学に関心のある方にはなじみのある言葉かもしれません。文字どおりの意味は、月へ向かう宇宙船を打ち上げることですが、1969年にアメリカが人類を初めて月に送り込んだアポロ11号の成功を機に困難かつ壮大な計画や挑戦の意味を持つようになりました。ことしは人類初の偉業からちょうど半世紀。宇宙をめぐる状況は、国際宇宙ステーションの民間利用、火星への有人飛行、月を周回するステーション建設計画、さらには“宇宙軍”の創設など激変しながら、新たなステージへと進もうとしています。各国が次々と打ち出す「ムーンショット」によって、私たちはどんな世界へと踏み込もうとしているのでしょうか。
(アメリカ総局記者 添徹太郎)

アポロ11号から50年 全米はアポロウィーク

アポロ11号が打ち上げられたのは、50年前の1969年7月16日。3人のアメリカ人宇宙飛行士が地球に無事帰還したのは7月24日でした。

人類初の月面着陸から50年となったことし、この期間は「アポロウィーク」と呼ばれ、全米各地でさまざまな記念行事が開かれました。
首都ワシントンD.C.にある「ワシントン記念碑」には人類を月に運んだ巨大なサターンVロケットの映像が映し出され、NYのタイムズスクエアでは、アメリカ人宇宙飛行士が月面に立つ映像が繰り返し流れました。
アポロ11号で月に向かった3人の宇宙飛行士のうち、いまも存命のバズ・オルドリン氏とマイケル・コリンズ氏の2人は、多くの記念式典で歓迎を受け、テレビの4大ネットワークは、当時のケネディ大統領のリーダーシップや困難な目標に挑んだ科学者や宇宙飛行士たちのチャレンジを、特集番組として大々的に放送しました。

1960年代は、公民権運動やベトナム戦争、冷戦の恐怖などでアメリカ社会が大きく揺らいでいた時代。地球上の厳しい現実を、月を見ることでしばし忘れられた…そうした思いとともにアポロ11号の月着陸はアメリカの人々に記憶されていました。

アメリカが成し遂げた歴史上の「偉業」を振り返ることは、いまのアメリカ国民にとっても、前向きな気持ちになれる話題だったのでしょう。

アメリカの宇宙開発を支えるのは…

この「アポロウィーク」にあわせ、私は、あまたあるイベントの中から、2つに注目して参加してきました。
最初に訪れたのは、南部アラバマ州・ハンツヴィル。「ロケットの街」と呼ばれるハンツヴィルは、アポロ計画で使われた巨大ロケット「サターンV」が開発され、いまもNASA最大の研究所があるアメリカのロケット開発の中心地です。
ただ当時と大きく異なるのはIT大手、Amazonの創業者、ジェフ・ベゾス氏が創業した宇宙開発ベンチャー「ブルー・オリジン」の巨大工場が建てられようとしていること。

ブルー・オリジンはここで、宇宙旅行などにも利用が可能な新型のロケットを製造し販売する計画で、NASAが中心だった宇宙開発にITを中心とした民間企業が参入し、大きなうねりとなって新たなステージを作ろうとしているのがよくわかります。

火星を目指してロケットを打ち上げているイーロン・マスク氏の「スペースX」など、宇宙開発が科学探査から巨大産業へとその姿を変えつつあることは日本でもよく報道されますよね。

私がここを訪れた7月16日、このブルー・オリジンの巨大工場が建設される敷地近くの広場には、全米各地から集まった若者たちがいました。50年前、アポロ11号が打ち上げられたこの日に、小型ロケット5000発を同時に打ち上げ、世界記録を作ろうというイベントが開かれたのです。
ロケットは全長およそ40センチ。火薬を使った本格的なもので、高さ100mまで達します。

素人の集まりというイメージですが、そうではありません。アポロ15号に乗り込んだ宇宙飛行士のアル・ウォーデンさんや、ロケット開発の伝説的人物=ヴェルナー・フォン・ブラウンの娘、マーグリットさんなどの豪華なゲストも参加しました。

同時開催のワークショップには、年に一度開かれる小型ロケット打ち上げの全国大会への出場を目指す大勢の高校生たちの姿もありました。

大会の課題は、無料のロケット設計シミュレーターを使って指定の高さまで正確に到達させ、ペイロードと呼ばれる(本物のロケットなら衛星など)搭載物を無事回収すること。
指導するのもNASAでロケット技術者として長年働いた経験を持つ男性です。ついこの間まで火星を目指す次世代の大型ロケット、スペース・ローンチ・システムの開発をしていたといいます。

子どもたちはそれぞれの地元のクラブや講習会に参加して、数学や物理の基礎、化学の知識を身につけてロケット作りに臨むそうです。

この指導者の男性もアポロ11号が打ち上げられた時は高校生でロケット作りに夢中になったそうです。

活況を呈する宇宙開発産業の現場と、モデルロケット打ち上げに真剣に取り組む高校生たちを見ながら、50年を経ても、アメリカが宇宙開発をリードし続ける底力の源泉はここにあるのだと納得しました。

なぜ?オークションに登場した月面着陸ビデオが語るもの

そして私が参加した2つめのイベントは、NYのサザビーズのオークション会場が舞台でした。
「1人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」
アポロ11号で月に初めて着陸したニール・アームストロング船長のこの言葉、ご存じですよね。

50年前、38万キロ離れた月から地球に映像とともに中継された、月着陸船から月面に足を降ろすシーンや、月面に星条旗を立てているシーンを、おぼろな映像で覚えている方は多いと思います。
「おぼろ」という表現を使ったのには理由があります。実は、その後も私たちが度々目にする月面着陸の映像は、月から送られてきた元の信号を、テレビ用に変換したもので、衛星中継の間に画質が落ちてしまい、不鮮明な映像になっていたのです。

ところが月面から送られてきたデータをもとにした現存する中で最も鮮明と言われる月面着陸の様子を記録したテープが、月面着陸50年のことし7月20日、オークションに登場。182万ドル、日本円でおよそ2億円で落札されたんです。
この映像は、所有権の関係でインターネットではお見せできないのが残念ですが、私は会場で見ることができました。

ハードディスクにコピーされたものでしたが、私がこれまでに見たことがある、灰色の画面ににじむように人の姿が映っている映像よりはるかに鮮明で、月面の様子や宇宙飛行士の動きに興奮を覚えました。

興味深いのは、それが見つかった経緯です。NASAは、月面から送られた画像信号の行方を探したものの、すでに消去されていたと発表していました。

ところが、その信号をもとにした映像テープをある男性が持っていたのです。男性は40年以上前、NASAでインターンをしていて、ある日、職場で政府の放出品セールが行われているところに出くわし、このテープを購入して自宅で保管していました。

それにしても、なぜ、これほど貴重なものをNASAは売りに出したのでしょうか。宇宙開発の歴史を研究している専門家は、背景には厳しいNASAの懐事情があったのではないかといいます。

当時のビデオテープはとても高価で、使い回すのが大前提でした。購入した男性も、消去してテレビ局に売るだけで相当の利益になると考えたそうです。

泥沼化したベトナム戦争からアメリカが撤退し、栄光の60年代から失意の70年代にさしかかる時代。アポロ計画も、巨額の予算への批判を受け、1972年のアポロ17号を最後に終わらざるをえなくなります。

もちろん、NASAほどの組織の予算を、備品の販売で埋められるわけもありませんが、時折、NASAが保管していてしかるべき宇宙開発関連の品物がオークションにかけられるのは、こうした背景もあるようです。

新・月計画の裏にはあの人が

巨額予算への批判は、その後もずっと宇宙開発につきまといました。アポロ計画の後も、月に人類を送り出そうという計画は何度も浮かびましたが、「費用の壁」に阻まれてきたのです。

しかし、この状況があの人のために、変わろうとしています。そう、トランプ大統領です。
トランプ大統領は就任後、前のオバマ政権時代に「費用」を理由にキャンセルされた有人月飛行計画を復活させ、さらにはその先の火星にまで宇宙飛行士を送り出すことを宣言しました。現在の目標は2024年の月面着陸、さらには2033年の火星着陸です。
宇宙計画を統括するペンス副大統領も、「50年前に8年でできたことが、いまの時代に(大統領の宣言から)11年もかかるはずがない」と演説し、NASAのネジを巻いています。

6月には、NASAの有人宇宙飛行プログラムの責任者が更迭されましたが、計画の遅れの責任を問われたのだろうと言われています。

軍・民で宇宙開発戦国時代

トランプ大統領がこうした政策を次々と打ち出すのは、自身に注目を集めたい大統領としての野心があると言われる一方、世界的な宇宙開発競争の過熱で、アメリカがおちおちしていられないという背景も色濃くあります。

アポロ計画の頃は米ソという2大国の競争でしたが、いまは多数の国が軍・民の分野での宇宙開発プログラムでしのぎをけずる戦国時代。中でも、地球にほど近い軌道上では、防衛上の優位を確保するための競争が本格化しています。

現在の軍事技術は、衛星からの情報や通信に大きく依存するため、地球近くの軌道での宇宙開発で優位に立つことは、大きな意味を持つからです。
アメリカにとって最大のライバルと目されているのは、ここでも中国。世界で3番目の有人宇宙飛行を成功させてからの進歩はめざましく、すでに2つの宇宙ステーションを打ち上げ、2022年ごろには、長期滞在や数々の実験ができる宇宙ステーション「CSS」を建設する計画です。独自のGPS網も構築するなど、軍事的にもアメリカなどとの競争が激しくなっています。

冷戦時代から、独自の宇宙開発を進めてきた中国ですが、現在ではパキスタンやイランなど、友好国との技術協力提携を進めているともいわれます。
NASAは中国への技術移転を防ぐために、議会の決定で中国との共同研究を禁じられていますが、ことし1月、中国の月探査機のデータを共有するなどの協力を進めていることを明らかにしました。

技術交流にならないという前提の、限られた範囲ではありますが、アメリカにとって無視できない存在になっているのは間違いありません。
またインドも注目です。7月22日には2機目となる月探査機を打ち上げました。

目指すのは月の南極。月の南極には水が氷として存在する可能性があるとされています。水が発見されれば、人類の月での滞在に極めて大きな意味を持ちます。

着陸は9月を予定していて、成功すれば、世界初です。

この月探査衛星にはNASAが開発した調査機器が搭載されていて、世界最大の民主主義国を自認するインドを、宇宙開発でも西側諸国にとりこみたいという意図がみてとれます。

また日本もインドとの間で、月の南極などでの無人探査を目指す本格的な協議を始めています。

一方、宇宙に兵器を配備する考えも生まれています。いま各国では、これまでの弾道ミサイルよりはるかに速いスピードで宇宙空間を飛行し、迎撃が難しい「極超音速兵器」や、軌道上の衛星を地上からのミサイルで破壊する「衛星破壊兵器」の開発が進んでいます。さらに、こうした兵器を、宇宙の衛星に積み込む構想まであります。

1967年に発効した宇宙条約では、軌道上に大量破壊兵器を配備することは禁じられていますが、軌道上の兵器が防衛に使われることまでははっきりと禁じてはいません。

宇宙空間では、軍事的に重要な衛星を攻撃する兵器の開発を進めるロシアや中国に対抗するため、アメリカのトランプ政権が、「宇宙軍」の創設を目指すなど軍拡競争が加速していて、今後目が離せません。
50年前の月着陸はアメリカの威信をかけた壮大な計画でした。たしかに政治的、軍事的な思惑から無縁の宇宙計画は現実的ではないでしょう。それだけに「次に人類が月へ帰るときは、一国の威信ではなく、人類の協調のたまものとして戻りたい」と語ったある宇宙飛行士の言葉が深く心に残りました。
アメリカ総局記者
添徹太郎