とり憑かれてませんか? “べきおばけ”

とり憑かれてませんか? “べきおばけ”
「正社員としてきちんと働くべきじゃない?」「やっぱり結婚して子どもを産まないと」「仲間とはみんな一緒に盛り上がるべきでしょ」こんな言葉に傷ついた経験、ありませんか。周りの人や社会から押しつけられた「~するべき」「~しなければならない」という考えを、プレッシャーに感じる人は少なくないと思います。時には、その「すべき」ことができないだけで「甘えだ」「空気が読めない」などと非難されることも。やっかいなこの「べきおばけ」ともいうべき存在にどう向き合ったらよいのでしょうか。(べきおばけ取材班:記者 高橋大地 ディレクター岡田歩 池上祐生 木原克直)

見えてきた“べきおばけ”

「母から『何でもいいから働いてほしい。就職がだめなら婚活して結婚すれば』とハッパをかけられます。自分でも一日も早く再就職しなければと思っていますが、一歩前に踏み出せません」

「親に『私たちもいつまでも生きてないんだから、働いてちゃんとしないといけないよ』と言われるたびに、『分かっているけど出来ないからこんなに苦しんでいるんだよ!』と思っていました」
特設サイト「ひきこもりクライシス“100万人”のサバイバル」に寄せられたひきこもりの当事者たちの声です。

1000通を超えるメッセージの一つ一つに目を通していくと。
「誰にも頼らず生きるべき」「外に出て人と話すべき」「恋人がいるべき」と言った「~すべきだ」「~しないとダメ」という趣旨の言葉や観念にとらわれ、苦しんでいる当事者の姿が浮かび上がってきました。

そこで、私たちは、強迫観念のようになっているその存在を「べきおばけ」と呼ぶことにして、取材を進めることにしました。

働くべきおばけ

特設サイトに声を寄せてくれた1人、宮城県に住む元ひきこもりの30代の男性に話を聞きました。

男性は就職活動に失敗。大学を卒業して実家に戻ったあと3~4年間、ひきこもりました。自宅で公務員になるための勉強を続けていましたが、うまくいかず、家でインターネットをしたり、ゲームをしたりと言った日々が続きました。

強くは言われなかったものの、親からしばしば「こういう求人があるんだけど…」とチラシなどを手渡されました。そのたびに、まるで「早く働きなさい」と言われているような気がして、つい怒りをぶつけてしまったと言います。
知り合いとも顔を合わせるのがつらかったと言います。

「『今、何しているの?』と聞かれたときに、うまく答えられなくて。アルバイトもしていなかったのに『バイトとかしてる』と答えていました」

「やはり、正規雇用を目指したい」と、ある企業の面接に行った時のことです。履歴書を見た面接官の言葉に打ちのめされました。

「『大学終わって3~4年間何していたの?遅すぎない?』といきなり問い詰めるように聞いてきたんです。とても惨めな気持ちになりました」

男性は、この時、「大学を卒業すると就職するのが当たり前で、空白期間があることがおかしい」、という「べき」を突きつけられていたのです。

一方で、「友人や周りの人たちはちゃんと会社に勤めていて、すでに家庭も持っている。しっかりしているなぁと思います。でもそれに比べて自分は劣っているのかもしれないと思いとてもつらかった」と話します。彼自身も「ちゃんとした会社」や「家庭」などの観念にとらわれていたのかもしれません。

“普通”であるべき

「べきおばけ」はどこから生まれてくるのか。

ひきこもりの当事者にさらに話を聞いていきました。

神奈川県に住む10数年ひきこもった経験がある30代の男性です。
男性は、今はアルバイトとして働いていますが、ふるさとの実家近くでは「自分は、資格を持った正社員で管理職として働いていることになっている」と打ち明けました。

「親が作った、そういう『キャラ設定』なんです。親からすると親戚づき合いなどでそうせざるをえないと」
また、20年以上ひきこもっているという愛知県に住む小崎悠哉(39)さんは、20代のころ、人づき合いがうまくできなくなり、孤独に苦しんで、毎日自殺を考えるようになりました。

ある日、精神科を受診したいと思い切って親に伝えたところ、「精神科なんて世間に知れたら恥ずかしい」と、強く拒まれたと言います。

「どうしても体調が悪くて、行ってみたかったのに。自分のことを何もわかってくれていないんだな、とショックでした」男性は当時の思いをそう語ります。

「ひきこもり」や「精神的な病気」であることを世間に知られることは恥ずかしい、親からすると当然の思いかも知れません。

しかし、話を聞いた男性は、「あ、自分って恥ずかしい存在なんだ、普通じゃないんだ」、そう思い、深く傷つけられていました。“世間体”“普通”というよく聞く言葉の裏に、「べきおばけ」は潜んでいます。

「べきおばけ」の正体は?

特設サイトには、ひきこもりの当事者だけでなく、親や第三者からも意見が寄せられています。

18歳のひきこもっている娘がいるという50代の父親に電話で取材すると。
「もう万策尽きました。ただ甘ったれて、家で親からメシ与えられて、金をかっぱらってぐうたらしている。自分の人生を作り出すってこと自体が発想から欠落している。甘ったれているなと、生きる努力をしていない」とかなり手厳しい言葉。

また第三者からは。

「ひきこもりは単なる甘えとしか思えない。親など頼るものがある人間が、甘えてグダグダと働かずに生きているだけではないのか」「ひきこもりの方は、社会を支え、税金を払い、子育てをして次世代のために尽くしている人たちのことをどのように思っているのでしょうか。申し訳ありませんが、甘えが甚だしいです」
ひきこもりの当事者や親の支援を長年続けている白梅学園大学の長谷川俊雄教授は、「べきおばけ」は、私たち自身が生み出したもので、みんながそれに苦しめられているのではないかと指摘します。

「あるとき、相談を受けたひきこもりの息子を持つバリバリの企業戦士のお父さんがこういったんです。『私と息子は一緒なんです。私はただ会社に行けて、給料をもらっているだけなんです。でも、職場のみんなは敵。飲み屋に行っても安心できずに本音を語れない。結局、私も彼と同じで、孤立しているんです。ひきこもりなんですよ』と」

「私たちはみな、人とのつき合い方や関わりについて、『こうあるべきだ』、『こうあらねばならない』という強迫的な観念を持っていて、それに苦しんでいる。そして、ひきこもりの人たちは、もっと困っている。つまり、私たちとひきこもりの人たちが困っていることは連続線上にある。自分たち自身の生きづらさをよく見ていくと、ひきこもっている人たちの生きづらさが理解できるはずです。それがすごい大事。特別視しない。差別化しないということですね」

きちんと働くべき、結婚して子育てするべきといった考えを多くの人がもつことで、いつの間にかその考えがほかの人にもすり込まれていき、結果として社会全体に「べきおばけ」という意識がまん延していく。それがまたひきこもりの人たちを作り出し、苦しめている。「べきおばけ」は、私たちが暮らすこの世の中に広く浸透する社会意識と言えるのかもしれません。

「#べきおばけ」プロジェクト

「べきおばけ」にどう向き合っていけばいいのか、私たちは、ひきこもりの当事者と一緒に考えるプロジェクトを進めています。いじめをきっかけに、ひきこもった経験のある女優で歌手の中川翔子さんも参加してもらっています。
中川さんが、ひきこもっていた当時、苦しめられていたのは、「学校へいくべき」や「空気を読むべき」「友だちと盛り上がっているべき」といった「べきおばけ」でした。

一方で、中川さんは、経験者としてならではの提案をしてくれました。

「『こうするべき』みたいなものって、『確かに』っていう部分もどこかにあるから、全部失くしてしまうというのも怖い気がするなと思うんですよね。好きなことを見つけて、気を紛らわす。『ま、いいか』って思えることを見つける。そんな中で、心が温かく、柔らかくなった瞬間に外に飛び出す勇気を、きっかけをつかめるかもしれない。だから『こうしなきゃ』っていうのは、どこかしら少しあっていいんじゃないかなと思います」「べきおばけ」は退治するものではなく、うまくつき合っていくものではというのです。
私たちは、ひきこもりの当事者の人たちが集まってオンライン上で会話できるグループを作ったり、「べきおばけ」について考えるワークショップを開催したりする取り組みを進めています。
皆さんにとっての「#べきおばけ」をツイッターで集めています。
ぜひ、皆さんの声を、体験談とともにお寄せください。

取材の経緯や結果は、8月8日(木)放送予定のクローズアップ現代+で紹介します。

ご意見や経験談は下記のホームページにお寄せください。
「ひきこもりクライシス “100万人”のサバイバル」