京都アニメ放火 友人の安否は… 手紙に託した思い

京都アニメ放火 友人の安否は… 手紙に託した思い
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京都市の「京都アニメーション」のスタジオが放火された事件で安否がわからなくなっている津田幸恵さん(41)の友人は津田さんへの思いを手紙にしたためました。
東京に住む35歳の女性は10年前に津田さんと音楽イベントを通じて知り合い意気投合し、その後も一緒にライブに行くなど親交を深めてきました。

女性によりますと、津田さんは相手のことを思って言いにくいこともしっかりと伝えるような「ツンデレ」な女性だったということです。

津田さんからは仕事の話もよく聞いていたということで、女性は「アニメーションは人に夢と希望、未来に与えてくれる仕事なんです」としたうえで、「後輩を指導していて『アニメの世界は人材が第一だから、人を育てないといけない』とよく話していました。『後輩がちょっとずつ一人前になるのが自分のことのようにうれしい』とも語っていました」と言います。

女性は「私が何年か前にすごく落ち込んだときにわざわざ京都から東京に駆けつけてくれて、『電話やメールで言いにくいことでもずっと待つから』って一晩中、私の話しを聞いてくれたことがありました。そんな友達いなかったから、私にとってかけがえのない友達でした」と涙を流しながら話していました。

事件のあと連絡が取れなくなったことを心配して、女性は、事件当日の夜に仕事を早退して、東京から津田さんが1人で暮らしている京都市のマンションを訪ねました。

女性は、そのときの心境を、「新幹線の中で死傷者の数が増えていくニュースをみてどんどん怖くなりました。京都に着いてから、病院や警察をまわってとにかく幸恵ちゃんに会いたいと思って京都の街を歩き回りました」と話しました。

マンションでも津田さんに会えず、ドアの前の廊下で持っていたノートの紙に津田さんへの思いをつづったといいます。

女性は「手紙を書き始めてどんどん幸恵ちゃんへの思いがあふれてきて、筆が止まらなくなって、アパートの前で泣きながら手紙を書いていました」と話していました。

手紙はその直後、マンションを訪ねてきた津田さんの父、伸一さん(69)に手渡しました。

伸一さんが開封した手紙は合わせて14枚にわたり、こう記されていました。「私が落ち込んでいたとき、君は仕事が忙しいのにも関わらず、京都から東京に駆けつけてくれて一晩中、私の話を聞いてくれた。あのときほどうれしかったこと、あのときほど誰かに感謝したことはないよ。あのとき私はいつか君に何かあったらどんな時でも駆けつけようと決意したんだよ。君が何よりも大切なものを壊されているのを見て正直、私に何ができるかわからない。それでも君の力になりたいんだ。君が無事だったらいつになってでもいいから連絡ください」。

そのうえで青葉容疑者については「怒りというよりもいまは幸恵ちゃんを失った喪失感しかありません」と話していました。