Xジェンダーを知ってほしい

Xジェンダーを知ってほしい
「LGBT」という単語が次第に市民権を得るなど、性的マイノリティーに対する理解は日本でも少しずつ広がりつつあります。

しかし、こうした人たちの中には、レスビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーのいずれにも違和感を感じるという人も大勢います。

日本では「Xジェンダー」と呼ばれる人たちもその1つで、国内におよそ1万人いるとされています。

海外では法的な認定もされつつありますが、日本では、Xジェンダーの概念自体があまり知られておらず、多くの人たちはカミングアウトもできないまま、孤独を感じているのが実情です。(国際放送局 記者 望月麻美 ディレクター 常井美幸)

Xジェンダー、交流の場で辛さを共有

京都市で開かれた会合。
Xジェンダーの交流の場である自助グループ「label X」が主催しました。

この日は30人が集まっていました。参加者たちは、「Xジェンダー」としての悩みや思いを率直に語り、共有します。
「Xジェンダー」は、男女の性別の性質両方を持っていると感じたり、逆に全く性別を持っていないと感じるなど、従来のLGBTのいずれにも当たらないと意識する人たちです。

「もともと女扱いされるのが好きではないが、男でもない、という違和感があった。自分は人とは違うと思い、さみしく感じていた」
「セクシュアリティーについて聞かれると、自分のことを男とか女とか思えないんです、という雑な表現になってしまう。Xジェンダーを説明をしろと言われたら、何と言ったら良いかわかりません」

Xジェンダーを自認する人たちは、社会からその存在を十分に認知されていないため、同じ境遇の人と出会う機会が少ないことも、辛い思いをするひとつの原因になっていると言われています。
この会の会員も、現在はようやく100人を超えたところです。
自らもXジェンダーだと語る主催者の藤原和希さん。

「Xジェンダーは人数が少なく、一般的にLGBTと呼ばれる人たちとは共感しあえることが少ない。似たような人たちで集まり共感しあうことで、孤独感を軽減できると感じています」と話していました。

Xジェンダーが抱える苦悩

男性として生まれた藤原さんは、結婚し、就職もしました。
しかし、30代になり、性別の揺らぎを感じるようになりました。
「男性の体であることに違和感を感じたことから始まりました。自分の違和感について話すことで社会からどんな反応が返ってくるかわからないことが、つらいです」
自分のことを男性とは思えないーー。
では女性か、と自問しても答えは出ず、女性であることと男性であることのはざまで気持ちが揺れ続けていると言います。

藤原さんは、プライベートでは、しばしば女性の服を着ることもありますが、職場では周囲に気をつかい、Xジェンダーであることをカミングアウトしていません。
自分を常に偽って生きているようで孤独を感じていると言います。
「周囲からの偏見や無理解もありました。理解が得られるような世の中だったら良かったのに、と思います」
こうしたXジェンダーを自認する人たちは、心理的な孤独感だけでなく、実は社会的にも取り残されている現状が明らかになっています。

国際基督教大学ジェンダー研究センターなどは去年、Xジェンダーおよそ430人を含む、様々なセクシュアリティーの社会人3000人を対象にアンケートを行いました。

その結果、Xジェンダーのうち、非正規雇用で働いている割合は49%と、アンケートの対象者のそれ以外の人たちの割合の2倍近くになることがわかりました。
200万円未満の低所得者の割合も、特に戸籍が女性のXジェンダーの場合は48%で、Xジェンダー以外の人の場合の19%と比べると2.5倍以上になっています。
一橋大学でジェンダー問題を研究しているソニア・デール専任講師は、Xジェンダーの人たちの性別の揺らぎと経済的な安定度は密接に結び付いていると指摘します。
「性別という、人間の根幹をなすアイデンティティーが揺れ動くことにより、人生の階段を順調に上って行けない人が多い。学校でいじめられ、退学する人も多く、そのため低学歴になり、就職も困難になってしまうのです」

権利を勝ち取ったカナダの活動家

世界の少なくとも9か国では、すでにパスポートなどの法的な書類に、男性でも女性でもない「第3の性」を記載する権利が認められています。

そのうちの1つが、カナダです。ことし2月、カナダで「第3の性」に法的な権利をもたらしたカナダ人の活動家が来日しました。
ジェマ・ヒッキーさん(42)。ヒッキーさんは2年前、カナダで初めて、男性でも女性でもない性別の出生証明書を取得しました。

書類上、男性の「M」や女性の「F」とは別であることを意味する、「X」で表記されます。
女性の体に生まれたヒッキーさんは、幼少期から、自らの性に違和感を覚えていたと言います。その罪悪感から、自殺未遂に追い込まれたこともありました。

38歳のとき、ヒッキーさんは、性別適合手術を受けることを決意し、ホルモン剤の投与などを始めます。その後、両方の乳房を切除しました。手術の後、ヒッキーさんは「第3の性」を選ぶことを決めます。
「私にはすでに長年、女性として生きた時間がありました。その自分を放棄したくはないし、自分の名前も捨てたくない。自分自身を完全な男性だとも感じられず、『第3の性』が自分にしっくりくると感じました。私は私自身、“ジェマ”でありたい、と感じました」(ヒッキーさん)
第3の性として、法的にも認められたいとの思いを強めたヒッキーさんは、政府への訴えを開始。
メディアからも注目されましたが、一方で脅迫や嫌がらせも受けました。それでも活動をあきらめませんでした。

そして2年前、カナダで初めて、男性でも女性でもない「X」と記載された出生証明書を州政府から取得しました。去年10月には、連邦政府から「X」を記載されたパスポートも勝ち取ったのです。
ヒッキーさんは当時の思いを、「とても幸せでした。私が私自身であるための変容の過程の、最後の段階でした。自分自身でいられるということは、自分にとって、とても大きなことでした」と振り返っていました。

日本初、Xジェンダーも利用できるパートナーシップ制度

この4月、日本でもXジェンダーをめぐる大きな動きがありました。

神奈川県横須賀市が、婚姻に準ずる認証を与える「パートナーシップ制度」を開始したのです。制度では日本で初めて「同性に限らず性別を問わない」と明記し、対象をXジェンダーの人たちにまで広げたのです。

男性どうし、女性どうしの「同性パートナーシップ制度」が東京 渋谷区で始まったのは、4年前のことです。その後、19の地方自治体が同様の制度を取り入れてきました。

しかし、制度自体が主にレズビアンやゲイの人たちなどが対象で、自分自身の性を男でも女でもないと悩んでいるXジェンダーの人たちは想定されてこなかったのです。
「性別を問わない」という横須賀市の制度の開始を受けて、パートナーシップの届け出が相次いでいます。

ことし4月、市役所を訪れた、垣内貴子さんと渡邉美和さん。渡邉さんはレズビアン、垣内さんはXジェンダーのカップルで、制度を利用したいと横須賀に引っ越してきたのです。
パートナーシップを認定された2人は、晴れやかな笑顔を浮かべていました。垣内さんは「Xジェンダーでも利用できるようになったことは、とても心強いです。公的な証明書は、生きていくうえで心のよりどころになります」と話していました。
この取り組みを実現に導いたのが、Xジェンダーの自助グループの藤原さんでした。藤原さんは、去年の秋から横須賀市の担当者に対し、より良いパートナーシップのあり方を訴え続けてきたのです。

藤原さんの粘り強い取り組みが、横須賀市を動かしたのです。
藤原さんは「Xジェンダーの方や、まだ戸籍が変更できていないトランスジェンダーの方が性別に関係なく利用できるところが、とても意義深いところだと思っています」と感慨深げに語っていました。

多様性が受け入れられる社会を

取材を通して見えてきたのは、自分と異質な者に対する壁がまだまだ高い社会、そして、そのような中でも、自分自身でありたい、自分という存在をただありのままで認めてほしい、と願う人たちの姿でした。

カナダ人の活動家が語っていた「性の多様性を認めることは、生き方の多様性を認めること」という言葉が、強く印象に残っています。多様であることが受け入れられることが当たり前の社会になれば、性だけでなく、あらゆる面において、私たちは生きやすく感じられるのではないでしょうか。
国際放送局
記者
望月麻美
国際放送局
ディレクター
常井美幸